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暁の芽吹 ―レスティン・フェレスⅠ  作者: Ruri Lesewolf
episode13「甘い誘惑」
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⑬-3 緩やかな変化

 シェアハウスの前で抱き合い、無事を祝うマリアとティニア。

 ティニアは、マリアの朱色の髪をすくい取るように髪を撫でていく。


 マリアはティニアの胸に顔を押し付けたまま、動けなかった。

 マリアは思わず涙を流しそうになり――アルベルトがいることを思い出し――目に力を入れた。

 それを知ってか知らずか、ティニアは三度軽くマリアの頭を優しく叩きながら、その言葉を唱えた。


「トイトイトイ」


 「toi,toi,toi」は、主にドイツで知られている、おまじないの一つだ。

 マリアがこのおまじないを受けるのは、何度目だろうか。

 ティニアはこのおまじないを好んでよく使う。


 初めておまじないを受けた時は、これがおまじないであるとは思わなかった。


「ありがとう」


 感極まり、涙が出そうになったため、マリアは眉間に力を入れた。最近よく泣いているな、と感じている。半場泣かされているような場面が多すぎるせいだと思うことにしたが、なんだか恥ずかしくなった。


「唾を吐く音から来ているっていうか、昔は唾を吐きかけたんだ」

「そうなの? 幸せのおまじないなのに、汚いわね。悪魔のトイフェルから来てるのかしら」

「さぁ、どうだろうね」


 ティニアは体を起こしながら、マリアの頭を撫でた。マリアは服の袖で顔を拭った。

 ティニアは微笑むと、アルベルトを見上げた。


「先入っていて。荷物は適当に置いてもらっていいかな」

「わかった」


 部屋へあがろうとするアルベルトの服の裾が、引っ張られた。ティニアだ。

 ティニアは服を引っ張りながら、気恥ずかしそうに見上げた。


「ありがとう。君が抱きかかえて診療所まで行かなかったら、どうなっていたか」

「それはもういい。お前が無事で良かった。それに、レオンたちの看病と、お前のリハビリのおかげだ」

「うん……。ありがとう」


 無邪気に微笑むティニアに、アルベルトが頬を染めた頃、マリアは漸く顔を上げた。


「私もいるんだから、あんまり二人の世界に入らないでもらえる?」

「二人の世界って何!」


 ティニアの頬はみるみる赤く染まっていった。マリアは一方的にティニアの腕に手を絡めると、アルベルトを牽制した。

 ティニアはすっかり乙女のようにしおらしくなってしまった。


 シェアハウスに入ってすぐにある、ダイニングキッチンは掃除が行き届いていた。

 ティニアは少し俯き、一瞬だけ寂しそうな笑みを浮かべると、すぐに笑顔で二人へ振り返った。


「お茶、入れようか」

「ティニアは座っていて。病み上がりなんだから。珈琲で良ければ、私に淹れさせて」

「マリアの珈琲、久々だね。お願いするよ」


 マリアがお湯を沸かし始めると、アルベルトもソファーに座ったが、ティニアのすぐ隣だった。ティニアは近い距離に、驚きつつも、どこか照れているようだった。

 ティニアのそんな様子に、アルベルトの口元は緩んでいた。

 アルベルトは落ち着きがない。何を話せばいいのか、迷っているのだろうか。


 マリアは嫉妬とは言い難い、何とも言えないモヤモヤとした気分になると、そのままアルベルトへ助け船を出した。


「アルベルト、今日の仕事は?」


 マリアの問いかけに、アルベルトは笑いながら返答する。


「休みだよ。親分が、今日は迎えに行ってやれって。一日な」


 アルベルトの言葉を聞いたティニアは不意に俯くと、アルベルトを見上げた。


「ごめん」

「なんで謝るんだ」

「……孤児院で使う椅子の発注、ダメにしちゃったから」


 椅子の発注がなくなったのは、孤児院が閉鎖するからだろう。ティニアはしゅんとしてしまい、再び俯いてしまった。


「そんなことは無いぞ。子供向けの椅子のデザインは、皆いい勉強になったし、色々俺も吸収したよ」


 ティニアはすぐにアルベルトを見上げたが、目が合ったと思うと慌てて視線を逸らした。顔を赤らめたティニアに、アルベルトもティニアとは別方向へ視線を送った。


「こ、孤児院はまだ数か月も続くんだ。そう気落ちするなよ」

「……うん、ありがとう」

「今は無償で俺の試作品をいくつか、孤児院で使ってもらってるんだ」

「え?」


 ティニアは顔を上げた。

 アルベルトは胸ポケットから写真を取り出すと、よりティニアの方へ座り直した。

 距離の近さに驚いたティニアは、緊張しつつもその写真を半分持った。

 写真は、子供たちが笑顔で並んでいた。


「テーブルもな。かなり古かっただろう。アドニスさんとシャトーさんの許可で、それらは積み木とかに作り替えたんだ」


 写真の子供たちの足元に、積み木が並べられている。


「思い出の品として持っていけるように、作ってみたんだ。多少はかさばるがな」


 アルベルトはそう言って微笑むと、写真をティニアへ手渡した。


「皆、孤児院のこと、覚えていてくれるかな。でも、忘れたほうがいいんだよね、きっと」

「覚えているさ。……お前がそんなだと、調子が狂うな」


 アルベルトはティニアの頬へ触れようとした。


「だから二人の世界はまだ止めてくれない?」


 マリアは腰に手を当て、溜息をついた。言葉の意味を理解したティニアは、立ち上がって顔を真っ赤にした。


「だから二人の世界ってなに!」

「マリア、お湯が沸騰してるぞ」

「私が沸騰しそうよ!」


 アルベルトの指摘に、マリアはくまちゃんのミトンを両手にはめながら、再び溜息をついた。

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