⑫-6 とけていく、わだかまり
(どうしてあの子が思い浮かぶんだろう)
マリアは首を強く横に振った。
ティニアはベッドから降りており、描き散らした残りの絵を拾い集めている。淡々としてはいるものの、動きは鈍い。
「……アドニスさんの独断かもしれないけれど、英断だったと思うわ」
「…………」
「里親が見つからない子は、別の孤児院へって話だけど、ほとんど皆見つかっているって聞いてる。シュタインさん――アデライド・ティエリーさんが、色々手回ししてくれていて」
「其の子達の帰る場所は? 行先のおうちが合わなかったら? 悩みは、何処に相談したらいいの?」
ティニアは泣きそうになりながら、落書きといった絵を見つめていた。すぐにしわくちゃにしてしまうと、ゴミ箱へ捨ててしまった。
ゴミ箱は彼女の書いた絵で一杯になっていた。
「その子供たちが、一番に、ティニアの心配をしているのよ」
「ボクは可笑しくなってしまったのに、孤児院なんて始めてしまった。無責任だ」
ティニアはマリアと目線を合わせようとはせず、散らかした紙を拾い上げる。
今の発言は、どういう意味だろうか。
孤児院を始める前から、体に異常があったかのような発言に聞こえる。
それ以上を聞いてはいけない。
そんな気がした。
それに、マリアはもう決めている。
マリアはティニアがベッドの脇に屈んだのを見ると、彼女を背後から抱き締めた。
「ごめんね。私もずっと、側にいられたら良かったのに」
レイスが、ティナとして見つかった以上、マリアのやるべきことは彼女の側に居ることではない。
アウローラのために。
死んでいった仲間たちのために。
全てを知らなければいけない。
「……どこか、行くの?」
ティニアらしくない言葉だと、マリアは思った。
胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。
こんなに弱った彼女を、理由のわからない事案に巻き込むなんて、誰ができるだろう。
「わからない。まだ、わからないの。でも、ティニアを巻き込みたくはないの」
「…………」
「ティニアはね、私にとって初めての友達なの。すごく大切なの。ミランダさんやディートリヒさんとは違うの。でも、私ね。みんながだいすきなの……」
ティニアのうなじを、ゆっくりと温かな水滴が滴る。マリアは言葉に詰まりながらも、丁寧に一つ一つ言葉を紡いでいった。
ティニアはマリアの手を優しく掴むと、ゆっくりと撫でた。
「マリアが辛いときに、ボクはこんな風に入院してしまっていたんだね。傍にもいなくて、なんて独り善がりだったんだ。ごめんね、マリア……」
「謝らないで。独り善がりなんかじゃないわ。ずっと、昔からあったことなの。黙っていたのは、私なの……」
マリアは抱きしめていたティニアから身を起こすと、涙を袖で拭った。
ティニアは振り返ると、白いハンカチでマリアの頬を撫でた。
「泣かないで」
「むり……」
「ボクは、マリアに泣いて欲しくない」
「うん、わかってるけど。無理だよ。……本当にね、わたし、ティニアといっしょにいたいの」
ティニアは腕を伸ばし、マリアを正面から抱きしめた。
「……ボクの不手際で、すっかり心配かけちゃったね」
「違うの、距離を、私がっ……」
マリアは吃逆をしながら、なんとか言葉を伝えようとした。絶えずに喉の奥底から、言葉を飲み込んでしまう。
「落ち着いて。ゆっくり、息を吸って。今は一緒だよ。ここに居るよ」
「……うん」
「ゆっくり吸って、大丈夫、出来るよ。そう。うまいよ。ゆっくり吐いてね、出来なかったらもう一度ね、やってもいいんだよ」
マリアは落ち着くまで、ティニアの胸で頬を濡らした――。




