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⑪-5 嵐の午後

 ティニアの容態が落ち着いたという知らせは、昼頃にアドニスからシュタイン親分へと言伝された。

 それは、シュタイン親分の元で生活していたアルベルトの耳へも届いた。

 その日の午後、アルベルトとシュタイン親分は揃って診療所へ見舞にやってきた。


 雨がより雨を呼び、風が唸るように雷を呼ぶかのような、嵐の午後であった。


 親分はアルベルトを待合室の椅子に座るように促した。

 アルベルトは項垂れるように座ると、ゆっくりと息を吐き出した。


「お前なァ。なんでまだ面会してないんだヨ。あれから会ってないんだろーがァ、あア?」

「それは、その……」

「あぁン?」


 一瞬間を置き呆れると、親分はアルベルトの背中を三度叩き、やってきた看護師に頭を下げた。黙って頷く看護師は、病室ではなく診察室へと案内した。


「こちらでお待ちください」

「オウ!」

「それから、親分は声を抑えてくださいね」

「オ、オウ……。ヘヘッ、怒られちまったなァ」


 外は相変わらず大雨であり、雷が荒れ狂っている。親分は窓の向こうを見ながら、アルベルトへ語りかけた。


「俺の子供、二十人は居るんだぜェ!」


 突拍子のない話だったが、アルベルトへの気遣いだろう。

 アルベルトは膝の上で手を組むと、親分と同じく窓の向こうを見つめた。


 轟々という風の音や、稲光が見える。

 親分の陽気さは、場の重苦しい空気を一蹴するかのようだった。


「……マリアも、親分の娘だそうですね」

「オゥ! 親なしハ、職探しにも影響が出るからナ!」

「ティニアからの依頼ですか?」

「そうだなァ~。手始めニ、“ボクを娘にしませんか?”と来たもんダ! 最初は驚いたもんだゼ」


 照れ笑いを浮かべつつ、シュタイン親分は豪快に笑った。その笑い声は、雨音にかき消される事をもろともしない。

 アルベルトの中では、後悔と自責の念が雨のように溢れだしていた。


「お嬢サンが無理するのハ、何も今始まったことジャァなイ」


 雨は止む気配などなく、窓ガラスに雨粒をぶつけていた。アルベルトは窓の外の水滴が流れ落ちるのを目で追い、耳だけ親分へ向けた。


「財団の責任者ヲ引き受けさせなかったのハ、アドニス神父ダ。お嬢サンが責任者になれバ、身を粉にして粉砕するだろうからなァ」

「そうでしょうね。止めても無駄なんでしょう」


 親分は遠い目をすると、椅子に寄りかかりながら腕を組んだ。


「お嬢サンたちの財団、アレン財団ハ、元は商隊だったんダ。ズゥ~~~と昔のことダ。キャラバン隊アレンなんて言えバ、どこの国でも通じたほどにナ」


 アルベルトは無言で手を組んだまま、窓や天井に視線を送った。親分は気を紛らわそうと、話を始めたのだろう。


「それガ、大戦争時にはスパイだのなんだのと騒ぎ立てられタ。サーカス団にでもするかト、散々言ってたもんだァ。アレン財団にニャ、どんな人間も揃ってやがったかラ、サーカス団でも良かったんだガ」


 親分はアルベルトを横目で見ながら、言葉を続ける。


「そんでなァ。当時の代表がとある恩人の死をきっかけにして、商隊を解散。財団を作らせタんダ」


 外の荒れ模様は相変わらずで、かつて彼女が弾いたピアノの音とは違い、乱暴であった。親分はアルベルトが聞いているのかも確認せず、語っていた。

 アルベルトは呼吸しているのかわからないほど、静かだ。


「その後は早かっタ。すぐにスイスへ身を移シ、拠点を作っタ。アドニス神父の教会もその後ダ。神父は財団の人間ジャァなイ。どっちかってート、恩人の身内の者でなァ」

「何を、勝手にヒトの個人情報をお話しているのですか。ティエリーさん」


 音も無く扉が開き、アドニスが診察室へ入り込んできた。背後では気まずそうに看護師が控えている。


「イヨウ、神父! 相変わらず湿気た面ダナァ! ガッハッハ! っつーかヨォ、オヤブンサマと呼べヤァ」

「義父さん、流石にうるさいです。大体、言葉が訛りすぎてわけわかんないのですよ。追い出しますよ? 酔いもせず、よくもまぁそういった言葉が出てこれますね」

「マナっ子ヨォ~~~、たまに会ったからっテ、父さんに冷たいジャァ無いかァ!」

「帰・り・な・さ・い」


 マナ看護師が親分とにらみ合った瞬間、医師であるレオンが現れた。


「マナ看護師、診察室で親子喧嘩は止めなさい。申し訳ない、遅くなりました」


 レオンの登場に、アドニスは胸を撫で下ろした。アルベルトだけが立ち上がり、レオンを見つめていた。

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