⓪-7 異質
通路を戻っていくと、不意に話し声が耳に入ってきた。
聞こえていた話し声は瞬時に止まったが、気配は消えていない。ラーレに気付いたのは明白で、殺気は隠す気がないようだ。
会話の一方がレイスであることは認識できた。
「ですから……」
レイスの声は思っていたよりも落ち着いているが、言葉を聞き取ることは出来なかった。防音の部屋ではなかったはずだ。
「……それでも構いません」
確かに聞こえている。声もレイスで間違いない。
不意に、違う者の声がしたかと思うと、急にクリアな声が聞こえてきた。
「ラーレ?」
レイスだ。普段と変わらない声だ。
「待って。いるのはラーレです。あの殺気、気配が貴方たちだとは思わなかったのです。しんがりをして、彼女を逃がすつもりでした」
やはりレイスは、ラーレを逃がして死ぬ気であった。ラーレは頭に血が上る感覚を味わった。
「ラーレ、ここは大丈夫ですよ」
レイスの言葉が、頭に入らない。徹夜明けのような、興奮するような息の乱れ。そして、鈍い考えが浮かんだ。
(レイスが裏切りを――?)
信じたくない考えが頭にしがみつき、首を横に振った。
退路で絶命していたマイクの存在を、レイスは知らない。レイスは退路が保たれていると信じていた。
「やめて! 彼女はラーレよ、お願いです!」
殺気だ。レイスからではない。
「誰?」
別の声が聞こえた。ラーレと大して変わらないような、少女の声だ。声変わり前の少年の声のようでもある。
「ラーレです! そうですよね、ラーレ」
「じゃあ、さっきからあるこの気配は何?」
姿の見えぬ声の主は、ラーレの発する敵意、殺意を見抜いている。当然だが、ラーレには隠す気などない。そして室内からは、最大限の警戒と殺意が返ってくる。
ラーレは拳銃を強く掴みなおした。突入しようとした瞬間、再び少年のような声が響いた。
「君は、何も話さなかったの?」
あどけなさを残す声が、本当に疑問を持っているかのような、疑いしかないような言葉を発している。
「ごめんなさい。どうしても、言葉に詰まってしまって」
「そう。あいつ、なんだっけ。確かマイクっていう名の」
淡々と語る声の主に、緊張が走った。ラーレは全身が熱くなるのを感じた。
「先に言っておくけど、あいつを撃ったのはレイスじゃないよ」
「どういうことですか。……まさか、この先にマイクが?」
「いたらしいよ」
「まさか外から……?」
レイスではないという謎の声の主に対し、安堵するのを拒絶したラーレはそのまま拳銃を握り締める。
「裏切ったくせに、襲撃には加われなかったみたいだね。罪の意識から救われたくて、現場を見に来たってところかな」
無意識に朱色の髪が揺れ、引き金に指がかかった。更に呼吸を忘れ、歯を食いしばった。
「撃った、というのは……」
「そのままの意味だよ。裏切ってまで救おうとした娘さんが、もう助かるはずがないと、漸く理解したみたいだね。娘さんは天国へ行くから、自分はどうあがいても会うことは叶わないって嘆いてた。奥さんも天国にいるんだっけ?」
ラーレは拳銃を握る手に汗を感じるものの、握る手を離す気などない。重苦しい空気と重圧を、レイスは感じ取ってないのだろうか。人間味を感じないその口ぶりの人物は、尚も言葉を続ける。
「自決なんてしても、奥さんや娘さんには会えない。組織を裏切った罪人は、天国へ行くことは出来ない。このまま生きることも出来ない。……傲慢だよね」
まるで人を何とも思っていないような、淡々とした声が響いていく。何の感情も抱いていないのだろうか。面白そうに話しているわけではないものの、小馬鹿にしたような口ぶりだ。
「裏切り者として、ここで撃ち抜いてほしい、そう懇願されたんだって。でも、彼の罪が消えるわけじゃないんだよね。だから、断ったよ」
声は止まらずに発し続けられた。
「断ったのに、こう、自分の銃口を額に押し当ててね」
「黙りなさいよ!」
ドアを蹴り上げて対象に銃口を向ける。我慢の限界だった。吐き気がする。
室内には二人。
レイスと、レイスの背後に居る少年だった。少年は隙だらけの棒立ちで、その表情からはなんの感情も見受けられない。
自分を子供だと思っているラーレよりも、ずっとずっと幼い。
白銀の髪、肌は青く色白く、瞳は金色。
アルビノの少年がそこにいた。




