⓪-6 異質
通路を戻っていくと、話し声が聞こえた。話している内の一人は、紛れもなくレイスだ。
「……それでも構いません」
レイスだ。普段と変わらない声だ。
「ラーレ?」
聞こえた声は、妙にクリアだった。
「待って。いるのはラーレです。あの殺気、気配が貴方達だとは思わなかったのです。しんがりをして、彼女を逃がすつもりでした」
やはりレイスは、ラーレを逃がして死ぬ気であった。ラーレは頭に血が上る感覚を味わった。
相手は一体誰なのか。
どう考えても、襲撃者だろう。
「ラーレ、ここは大丈夫ですよ」
レイスの言葉が、頭に入らない。徹夜明けのような、興奮するような息の乱れ。そして、鈍い考えが浮かんだ。
(レイスが裏切りを――?)
信じたくない考えが頭にしがみつき、首を横に振った。
退路で絶命していたマイクの存在を、レイスは知らない。レイスは退路が保たれていると信じていた。
「やめて! 彼女はラーレよ、お願いです!」
殺気だ。レイスからではない。
「誰?」
別の声が聞こえた。ラーレと大して変わらないような、少女の声だ。声変わり前の少年の声のようでもある。
「ラーレです! そうですよね、ラーレ」
「じゃあ、さっきからあるこの気配は何?」
姿の見えぬ声の主は、ラーレの発する敵意、殺意を見抜いていた。当然だが、ラーレに隠す気などなかった。
ラーレは拳銃を強く掴み直し、突入しようとした。その瞬間、再び少年のような声が響いた。
「君は、何も話さなかったの?」
改めて聞けば、あどけなさを残す声。相手は自分よりも年下だろうか。
「ごめんなさい。どうしても、言葉に詰まってしまって」
「そう。……あいつ、なんだっけ。確かマイクっていう名の」
淡々と語る声の主に、緊張が走った。ラーレは全身が熱くなるのを感じた。
「君、聞こえてるよね? 先に言っておくけど、あいつを撃ったのはレイスじゃないし、僕らでもないから」
ラーレは目を見開き、呼吸を忘れた。
「どういうことですか。……まさか、この先にマイクが?」
レイスの声は、酷く動揺しているように感じた。冷静な彼女らしくない。
「いたらしいよ」
「まさか外から……?」
「裏切ったくせに、襲撃には加われなかったみたいだね。罪の意識から救われたくて、現場を見に戻って来たってところかな」
現場を見に戻ってきた。その言葉に、ラーレの身体は一瞬跳ねあがり、髪が揺れた。
「撃った、というのは……」
「そのままの意味だよ。裏切ってまで救おうとした娘さんが、もう助かるはずがないと、漸く理解したみたいだね。娘さんは天国へ行くから、自分はどうあがいても会うことは叶わないって嘆いてた。奥さんも天国にいるんだっけ?」
重苦しい空気と重圧を、レイスは感じ取ってないのだろうか。幼い声は、人間味を感じさせない。
「自決なんてしても、奥さんや娘さんには会えない。組織を裏切った罪人は、天国へ行くことは出来ない。このまま生きることも出来ない。……傲慢だよね」
まるで人を何とも思っていないような、淡々とした声が響いた。声の人物は、何の感情も抱いていないのだろうか。
「裏切り者として、ここで撃ち抜いてほしい、そう懇願されたんだって。でも、彼の罪が消えるわけじゃないんだよね。だから、断ったよ」
声は止まらずに発し続けられた。
「断ったのに、こう、自分の銃口を額に押し当ててね」
「黙りなさいよ!」
ドアを蹴り上げて対象に銃口を向けた。我慢の限界だった。酷く吐き気がした。
室内には二人。
こちらへ振り返ったレイスと、レイスの背後に居る少年だった。少年は隙だらけの棒立ちで、その表情からはなんの感情も見受けられない。
自分を子供だと思っているラーレよりも、ずっとずっと幼かった。
白銀の髪、肌は青く色白く、瞳は金色。
アルビノの少年がそこにいた。




