⓪-5 不協和音
視界は一瞬で足元から揺らいだ。
退避通路の最深部には、座り込んで動かない男が血だまりを作っていた。見覚えのある男は、既に絶命していた。
「工作員のマイク・レイリー……」
ここに至るという事は、襲撃者の一人として待ち伏せをしていたということを指すのか、それとも逃げ込んできたのか。
ならば、彼を撃った者はどこに行ったのか。襲撃者の一員なら、何故ここで息絶えているのか。疑問は尽きない。
マイクの左手の中には、ひしゃげた紙が握られていた。手はまだ完全に固まっておらず、紙を取り出すことが出来た。血液が乾いていないことからも、まだ死んで時間が経っていないのだろう。
紙は写真だった。マイクの妻が出産してすぐ撮った、赤ん坊の写真だ。
そして、マイクの右手にはラーレと同じ拳銃が握られていた。その拳銃を拾い上げると、シリンダーを覗いた。銃弾は一発だけ使用されている。
「……助かった」
焦る気持ちを抑えながら、シリンダーを開いた。
からんからん。
銃弾が床へと落下した。予想以上に音が大きく、ラーレは慌てて拾い上げた。銃弾を装填し終えると、一発だけ残った。残った一発を胸ポケットにしまうと、心は安定した。満たされたような気分だった。
背後からの銃声音、戦闘音は聞こえない。
「皆やレイスが居ない世界で、ひとり生きて、どうなるっていうの」
ラーレにとって、今の家族はレイスだけだ。
突然耳鳴りのような、つんとした頭痛が頭を襲う。
青空はどこか紫がかった色合いで、島には草花が咲き誇っていた。黒い影が見えたところで、思考は途切れた。
「まただわ……。こんな時に」
ラーレにとっては度々起こる、怪現象だ。やがて鳴り止んだ耳鳴りにより、進んできた通路のコンクリートが、白く輝いているように見えた。
憧れ、愛する家族がその先に居る。
銃弾の満たされた拳銃をレイスに渡すだけでも、力になれるかもしれない。
「私だって逃げられない。物分かりの良いラーレはもういない……!」
朱色の髪を靡かせ、少女は通路を戻っていった。




