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暁の芽吹 -レスティン・フェレスⅠ  作者: Ruri Lesewolf
Episode42「目覚めへのレクイエム」
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㊷-1 変

 アルベルトは納得していなかった。

 

 ウイルスに侵された機械は、廃棄するしかない。狂っていく機械を止めることは不可能だ。その為にセキュリティーを強化し、対策する他なかった。

 「壊す」以外に選択肢がないことは、前世での知識と記憶を思い出せば思い出すほど、アルベルトへ重く圧し掛かった。


 物事を分析し、冷静な判断を下してきたティナの前世であるティニアが、爆散する選択肢しか持てなかった。

 それが、ウイルスの脅威だ。


 上書きされ、記憶のほとんどが書き換わっていく虚しさ、そして恐怖。

 全てを抱えた上で、レンはヴェルローラと、黒龍と戦い続けてきた。


 その苦しみを終わらせたい気持ちがないわけではない。

 マリアもレンも、「壊す」という選択肢を選ぶことしか出来ない。

 その現実が、歯がゆいのだ。


「ラウルが前に言っていたわ」


 マリアの声は落ち着いていた。


「今のレンは、生きているとは言えないって」


 マリアは眠るレンを見つめた。

 彼女は——アルビノの少年レンは、あの時で亡くなった。


「レンは『壊れる』のかもしれないけれど、来世の為に一度眠りにつくだけなのよ」


 レンの歩んできた軌跡。

 マリアとシュタイン・アム・ラインで暮らしたことも。

 ——全て、泡となった。


 上書きされていく中で、彼女がしていたこと。

 記憶を第三者に伝え、懐中時計を握りしめ、思い出を取り戻そうとしていたことを、マリアは知っている。


「アルベルトは、生きていかなきゃ。レンが生まれ変わるその時まで。ううん、一緒に生まれ変わって、幸せにならなきゃいけないわ」


 アルベルトは、マリアと目線を合わせることは無かった。


「でもその前に、ラウルとやり合わなきゃいけないわね」

「マリア」

「どっちがレンをお嫁さんにするのかって。ああ、レン本人の気持ちが大事だわ。そうよ、レンはどっちが好きなのかしら?」

「マリア!」


 早口のマリアは、笑おうとしていた。顔を拭うと、名を呼ぶアルベルトから視線を外した。


「あいつの隣にいるべきなのは、お前もだろ! なんであいつの話に、お前が出てこないんだ」

「だって、私は——」

「お前はお前なんだろ? 自分でそう言っていたじゃないか」

「……私も、生まれ変われるかな? 人に生まれたいの。家族がいて、友達がいて、……恋をしてみたい」

「お前も死なせたくないんだ」

「ふふ、ありがとう」


 素直に嬉しかった。

 言葉にしないだけで、ティナもそう思ってくれているだろう。


 『生きて』

 そう言ってくれた、アルビノの少年レンも、きっと目の前で眠るレンも。


「そっか。声に出さなきゃダメなのよね。……成るものも成らないわ。レンが、教えてくれたことなのに……」


 物理法則を超える。

 ティニアとして生きていたレンの言葉だ。

 

 アルベルトの瞳が、一瞬だけ煌めいたような気がした。レンの言葉を、アルベルトも知っているのだろう。


「私も物理法則を超えられるかしら……」

「超えられるさ。俺が加護を与える。竜として覚醒して、お前が生きられるように祈る」

「それはダメよ。アルベルトの力は、レンとまた出会う時に使わなきゃ」

「……優しさは自己犠牲に過ぎないそうだ。アドニスが言っていた」

「アルベルトは、私をどうしたいのよ。私、困っちゃう」


 マリアは笑った。


「アルベルトも優しいから、壊してくれだなんて言えないのは分かってるし、言わないで欲しい」

「ッ……」

「大丈夫。私の決意は固いのよ?」

「酷な役割をさせる」

「ふふふ。生まれ変わったら、大きな借りを返してもらうわよ」

「分かった。必ず、お前の力になるよ」


 マリアは頷いた。涙はもう、頬を流れてはいなかった。


 二人の話を、ラウルはただ黙って聞いていた。

 ラウルの心情は理解出来ない。一人で苦しんでいるのであれば、理解してあげたいと思っていた。ラウルは、ずっと選択していたように感じられた。


 マリアを見守っていたのも、手助けしてくれたのも、全てはレンの為なのだろう。

 それでも嬉しかったのは事実だ。


「ラウルも」


 マリアは、ラウルへ向き合い直した。


「レンの為、レンの為っていうのを改めてね。レンの喜ぶことをしなきゃ」

「それがレンの為だろう。何を言うかと思えば」

「分かってないわね。レンなら、ラウルにだって生きて幸せになって欲しいって思ってるわよ」


 ラウルは何も答えなかった。返答など、今更期待していない。


「生きて。私は、アルビノのレンにそう言われたわ。私は今まで、幸せだった。辛いこともあったけど、フローリストになりたいって夢まで描けたわ。本当に楽しかった!」


 窓に掛かったカーテンの隙間から、僅かな光が漏れてきた。

 森は夕日に染まり、静かな夜を迎えようとしていた。


「だから……。悔いはないわ」


 マリアは二人を交互に見つめた。


 レンがどちらを選ぶのか、出来ることなら見届けたかった。それだけは悔いとして残っている。言葉にしてみたとはいえ、直ぐに揺らいでしまった。


 それがおかしくて、マリアは笑った。


「私、覚醒するわ。黒龍の母として、黒き巫女として——」


 二人とも、何も言わなかった。

 ラウルだけが、静かに頷いていた。

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