㊶-3 朱の福音はどんな音か
ラウルの表情は微動だにしなかった。
「迷いのない眼だ」
ラウルの声が、至近距離から発せられた。
マリアはラウルの右眼にある金色の瞳ではなく、ラウル本来の青い瞳を見ていた。
ラウルは、ゆっくりと顔を離した。ラウルにとって、距離感や間合いは存在していないのかもしれない。
「……だが、普通の銃弾で、我ら機械人形を壊すことなど出来ない」
「やっぱりね。そうだと思ってた。じゃなきゃ、覚醒する意味がないものね」
マリアは微笑みかけたが、ラウルだけではなく、アルベルトも視線を落としたままだった。
「で、覚醒するとどうなるの? 凄い力でも得られるの?」
「……対象物の価値を高める力を得られる」
「価値を高める……?」
「機械や道具が持つ力を、最大限まで引き出すことが出来る。魔法で物を強化する、と考えればいい」
もっと悍ましい力を想像していたマリアは、首を傾げた。
アルベルトはラウルを見つめたまま、何かをじっと考えているようだった。
「この拳銃でも、コアを撃ち抜けるように出来るのね?」
マリアは、拳銃をくるくると回し出した。
そして、拳銃の回転を止めると、ラウルを見上げた。ラウルは何も答えなかった。
言葉にすることを避けたのだろうか、マリアはそう思うことにした。
「……増幅出来るっていうのは、例えば機械人形のあんたの力を強化することも出来るの?」
「出来るだろうな」
「そうなのね。ああ、心配しないで。あんたを強化しても、レンを壊せないことは知っているから」
ラウルはコートのポケットに手を突っ込んだ。
ヴェルローラの残党を殺すことは出来ても、レンだけは殺せないのだろう。マリアは、彼なりの愛情を感じた。
「……ねえ、その魔法をレンに掛けたらどうなるの?」
「機械人形としての力を増幅させるだけだ。壊れている上にウイルスの命令もある。単に暴走の力を強めるだけだろうな」
「レンの力を増幅させるんじゃなくて、あくまでティニア化してる部分を増幅させるってことなのね」
「……暴走を助長する事になるだろう」
「なんだ、そうなのねえ」
自分は拳銃などでは死なない、そう言っているように聞こえた。
ラウルは、セシュールの里に到着してすぐに、コアは額にあると言っていた。拳銃で壊せないのだとしたら、あれはただの方便だったのかもしれない。
本当に、抜け目のない男だ。マリアは改めてラウルを見直した。
「……じゃあ、覚醒するにはどうすればいいの?」
「ッ……! 本当に……、今ここで、あいつを撃つのか……?」
言葉を遮ったのは、アルベルトだった。アルベルトは、まだ躊躇しているのだろう。
「……ここに来たのは、彼女を撃つ覚悟を決めることだった。でも、レンに会って分かったの。こんな身になっても、彼女はずっと苦しみ続けていたんだって。……さっきも言ったでしょう。早く壊してあげなきゃ。楽にしてあげたいのよ」
マリアはスカートを捲ると、拳銃を足へ戻した。
「まずは無事に覚醒しないとね」
「……もう分かっているだろうが、お前は黒龍の母になるべくして作られた存在だ」
やはりそうか。マリアは心の中がカミソリで切り刻まれるような感覚に陥った。
心が痛い。血が滲み、溢れ出てきそうだ。
「……黒龍とは、レスティン・フェレスにおける月の幻影そのもの。ヴェルローラは、そう言っていた」
「月、そのもの……」
マリアは窓の向こうを見つめた。カーテンの掛かった窓から、空は確認できない。
「お前が黒龍という存在を認め、求めることで、母として覚醒する。黒龍の存在そのものを明かさなかったのは、レンの指示があったからだ」
「そうなのね。知らなければ、関わることもないと思ったのかな……」
ティニアとして過ごしていた彼女のことは、今でもはっきりと思い出せる。
「私が覚醒してレンを撃ったら、アパートにいるリェイラとメイを保護して欲しいの」
「分かった」
「リェイラにも伝えてあげて。ヴェルローラはもう壊滅したんだって。もう利用なんてされないんだって」
「分かった」
マリアは振り返り、眠るレンを見つめた。
ティニアとして存在しているレン。
本当の姿は、アルビノの君。
いつかまた、会えるだろうか——。
マリアは笑みを浮かべた。
「私がレンを壊す。殺すわ。それでいいわね」




