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暁の芽吹 -レスティン・フェレスⅠ  作者: Ruri Lesewolf
Episode41「遅れたフーガ」
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㊶-2 微笑みの代償

 眠るレンは、小さな寝息を立てていた。マリアはレンと呼吸を合わせていた。


 後ろに控えている男二人は、マリアが何をしているのか分からないようだった。


 屈んでいたマリアは、ゆっくりと立ち上がった。眼には涙が浮かんでいたのか、振り返った拍子に頬を流れていった。


「ねえラウル。……眼帯外してよ」


 マリアは、自分の声が震えていることに気付いた。


 ラウルは無言のまま、眼帯に手を掛けた。

 紐を外す音だけが部屋に響いていた。

 眼帯の奥からは、僅かな光を反射して輝く金色の瞳が現れた。


 その瞳は、マリアを見つめていた。


「……きれいな金色の瞳だわ」


 マリアの頬を、再び涙が伝っていった。


「ねえ、ラウル。私がレンを壊すには、どうしたらいいの?」

「……今、ここでか」

「うん」

「ま、待ってくれ……!」


 アルベルトはマリアではなく、ラウルを見つめながら首を横に振った。


「話を聞く限り、お前が覚醒したら、ラウルが壊すんだろ? そんなことはさせられない。俺が……」

「何言ってるのよ。アルベルトにそんな事させられないわ。大体、アルベルトには無理よ」

「……俺、懐中時計に触れるよ。エーテルに。俺が覚醒する。マリアは、フローリストになるんだろ」


 アルベルトは、懐中時計をポケットから取り出した。傷跡の目立つ懐中時計が、きらりと光った。


「今更そんなこと言わないでよ。押し付け合いたいわけじゃないの。それに、庇いたくて言っているんじゃないのよ。……私は運命なんて、今の行動で何でも覆せると思っていた。でもね、抗えないこともあるの」


 アルベルトは優しい。そして、黙って聞いているラウルも。

 マリアは服の袖で、涙を拭った。


「私は、ヴェルローラから。黒龍から離れた筈だった。でも、離れられていなかった。何年経っても、逃れることは出来ない呪いみたいなものなのよ」

「そんなことはない。ラウルが、ヴェルローラを潰してくれたんだろ?」

「そういうことじゃないのよ。生まれ持って備わった異形の力、そして黒龍という存在が、私に囁くの。お前は、黒の巫女——母なる器なんだって」

「——囁く?」


 ラウルは、その言葉に反応した。


「ずっと夢を見ていた。紫がかった空。広い草原。でも、それだけじゃないの。真っ黒で何もない寂しい影……それが、黒龍なんだと思う。黒龍は、ずっと私を視てるのよ」

「……馬鹿な。少なくとも、黒龍はレスティン・フェレスにいるんだ。こんな遠くまで、視るだなんて」

「私は、覚醒してもしなくても、壊れなきゃいけない。そんな気がするの。ただ壊れるだけなら、友として——私がレンを討ちたいの。終わらせてあげたいのよ」


 言葉にすれば、成るものも成る。

 言葉にしたことで、もう後には引けぬ決断を下したのだという実感が湧いてきた。


 マリアは振り返り、眠るレンを見つめた。

 ティニアとして、マリアの側に居続けてくれたレン。

 本当の彼女は、どんな素顔をしていたのだろうか。

 アルビノの少年レンを思い出しながら、彼女の笑顔を想像した。


 柔らかく微笑んでいたのだろう。

 直ぐにお道化て、周囲の人々の調子を狂わせていたのかもしれない。


 お手製のスムージーを用意して、髪を結わう紐を用意してくれて、ブラウスにアイロンをかけてくれて。

 一緒に食事に行き、共に笑い、語り合う。


 これは作られた日常などではないと、そう彼女に伝えたかった。


 マリアはスカートをたくし上げた。足には、ティナのように拳銃が括りつけられていた。


「ろくに整備もしていない拳銃で、レンを撃てるとでも思っているのか?」

「あの船には、色んな設備があったわ。武器や弾薬については、不必要なものとして、製造が禁じられていたそうよ。でも、材料は十分揃っていたわ。乗船していた二人なら、分かるわよね?」


 マリアは拳銃を抜き取った。


「マリア……! やめろ!」

「……アルベルト、心配しないで。こんな拳銃で壊せるなら、ラウルは別の人にだって頼んでるわ。それに、アルビノだったレンが言っていたの。僕はそんな拳銃では死なないってね。……教えて。どうしたら彼女を壊せるの?」

「……本気なのか?」


 ラウルの言葉には、何の感情も込められていないようだった。

 ラウルにとって大事なのは、レンだ。

 いつだってそうだった。


 レンを救うことが出来たら、少しは見直してくれるだろうか。


「本気よ」


 マリアはラウルを見据えた。

 ラウルの二つの眼は、マリアをじっと見ていた。


「さあ、教えてラウル。どうすれば、彼女を殺せるのかを」

「……確かに、あの時のレンはまだ精霊に近い存在だった。守護獣の化身に他ならなかったからだ。だが、今のレンは機械人形として、ティニアとして動いている。つまり……」

「コアを狙えってことなのね……」

「そうだ」


 ラウルはそう言うと、自らの額を指で軽くつついた。


「……俺と同じく、レンの額にはコアがある。それを撃ち抜けば——」

「ラウル!」


 言葉を遮ったアルベルトに対し、ラウルは声を張り上げた。


「これはあんたの問題じゃない!」

「……ッ」

「あんたには無理だ……。ラーレが覚醒すれば、そうすれば——」


 ラウルは笑っていた。


 微笑みとは程遠い笑みだった。

 ラウルが心の底から怒りを露わにしている所を、マリアは何度も目にしてきたつもりだった。

 隠せぬほどの殺意を周囲に浴びせながら、どうやって二重スパイをしているのかと思ったほどだ。


 彼にとって、剥き出しの殺意など大したものではなかった。

 意志とは裏腹に無力な自分への憤り。

 様々な感情の揺らぎ、弱み。


 それらを、ラウルはずっとしまい込んでいたのだろう。

 前世は心許せる仲だったアルベルト、そしてティナという姉機体。レンを合わせた三人を前にすると、ラウルは冷静ではいられなくなるのかもしれない。

 その対象者に、自分が含まれていないことを、マリアは寂しく感じた。


 ラウルはマリアへ歩み出ると、身体を屈めた。

 予想だにしなかった動きだった。

 間合いなど、彼にとっては無いに等しいということを、マリアは思い返した。

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