㊷-2 暗
「覚醒の仕方、なんとなく分かるの。黒龍に思いを馳せて、黒龍という存在を受け入れたらいいのよね」
ラウルは腕を組んだ。
「何で何も言わないのよ。流石にそこは、アドバイスしてくれてもいいじゃない」
「お前の思う通りにしたらいい」
ラウルの視線は天井へ向いていた。
「失敗したらどうする気なの?」
「失敗は無い」
ラウルの視線は下へ落ちたが、マリアを見ようとはしなかった。
「そう? まあ、あんたがそういうなら、そうなのね」
マリアは目を閉じた。
アルベルトはどうしているのだろうか。
よく見ておけばよかった、とそう思った時だった。
心の奥底から、どす黒い沼のようなものが湧き出てきた。
怒り、悲しみ、僻み、嫉妬——。
全てが大きな波となって、心に覆いかぶさろうとしていた。
今なら分かる。
それが、黒龍の正体であるということが。
黒龍は、ずっと一人で居た。
長い間、誰とも会えないまま。
黒龍の意志など関係なかった。
負の感情は、人や獣にとって不要なものだった。
人や獣は、不要なものを捨てたかった。
暗い闇として、蠢くものを吐き捨てていた。
それは力を持ち、自我を持った。
気付けば、黒龍はレスティン・フェレスで存在していた。
人々や獣たちは戦争を経て、負の感情を積もらせた。
黒龍はどんどん成長したが、一人きりだった。
そんな黒龍に、声を掛けた者がいた。
その者の名を、レン・ケーニヒスベルクと云う。
彼女は、泥沼のゆりかごから、黒龍を救い上げようとした。
しかし、救い上げる前に、彼女は戦争の毒を食らって死んだ。
気付けば、彼女は生まれ変わり、遠く遠い地球で生きていた。
黒龍は彼女を求めた。彼女は応えなかった。
まるで、黒龍など存在していなかったかのように。
黒龍は叫び続けた。
竜の咆哮に気付いたのは、ヴェルローラの者たちだった。
黒龍は今も、彼女を求めている。
レン・ケーニヒスベルクを、母を。
自分自身のマリアを——。
マリアが目を開けると、視界には黒い靄が掛かっていた。
マリアの朱色の髪は黒く染まり、瞳も黒一色となった。
重い。
身体だけではない、心も、感じる空気でさえも。
自分のものではない負の感情。
マリアは、目の前の男二人を見つめた。
一人は無表情のまま、マリアを見つめている。
もう一人は、今にも泣きだしそうにしながら、マリアを見つめていた。
こんなものが、覚醒だというのか。
マリアは湧き出る感情を抑えなければならなかった。
マリアは両手の掌を見つめた。
何かの力を得たとは思えなかった。
「ついに、この時が来た……」
ラウルはそう言うと、マリアの前に跪いた。マリアは視線だけを落とし、ラウルを追った。
「拳銃を」
ラウルは掌を掲げた。
マリアは拳銃を抜き取ると、ぼんやりと見つめた。
アルベルトは奥歯を噛み締め、耐えるようにマリアを見ていた。
マリアは拳銃を、ラウルの掌に乗せると、手をかざした。
(ああ、真っ暗だ)
眼を閉じたわけではない。
何かの囁きが聞こえた。
未だにマリアを、母を求め、探し続けているのだろう。
(そう、貴方が黒龍なのね)
マリアの目の前には黒い拳銃が、ラウルの掌に乗っていた。
何の変哲もない拳銃は、変わらない黒光りを見せていた。
マリアに力があれば、レンと共に戦うことも出来ただろう。
マリアは、そっと拳銃を手に取った。
「…………」
かちゃり。
銃口は、レンの額へと向けられた。
ティニアと過ごしていたレンは、よくおでこを隠していた。
前髪がめくれ上がると、直ぐに手直ししていた。
そこにコアがあったからなのだろうか。
それとも、単なる癖だったのか。
だが、ティナにはない癖だ。
レンの癖なのかもしれない。
命を奪うという罪。
決して、楽にさせるという事実だけでは片付かない。
マリア自身の苦しみにも、終わりは訪れるのだろうか。
「さようなら。そして、おやすみ。レン……」
マリアは、引き金を引いた。




