㊵-4 貴女の眠る森へ
サーチを始めたマリアを、ラウルは見つめていた。見守っているというよりも、見張りに近い。
「結界も、あいつの魔法か?」
アルベルトはラウルに声を掛けた。ラウルはマリアから視線を外すことなく、軽く頷いた。
「はい。その結界内——屋敷の中で、レンは眠っています。……アルベルト様」
「なんだ、ラウル」
「……懐中時計をお持ちですか」
「ああ。二つとも、俺が持っている」
アルベルトは、ズボンのポケットを軽く叩いた。
「あんたの懐中時計を回収したのは、……俺ですから」
「じゃあ、俺の遺体は……」
「遺言通り、誰も遺体を利用できないように、処分しました」
「そうか。悪かった」
ラウルは首を横に振った。
「……それからずっと、懐中時計は俺が持っていました。ですが、俺は敵の罠にかかり、狂わされた。その時、当時のバレンシュテット伯だったエジコ様に、懐中時計を託したのです。レンが地球へ来るとは思いもしませんでしたが、懐中時計がなければ、レンと再会することも無かったと」
アルベルトは、ポケットから懐中時計を取り出した。
傷跡が一つある、前世のアルブレヒトが持っていた懐中時計だ。
ラウルは懐かしそうに懐中時計を見つめた。
「壊れなくて良かったです。あんた、自決のために思いっきり魔法弾を撃ったから……」
「そうだな。……よく壊れなかったよ」
「もう自決は辞めて下さいよ。レンだけじゃありません。あんたも死に過ぎだ」
「……悪かった」
アルベルトはもう一つの懐中時計をポケットから取り出した。二つの懐中時計には、同じ模様が描かれていた。
——グリフォン。
意思を伝達するもの。
想いを届けるもの。
彼の雄姿を讃え、懐中時計に描いた。
アルベルトが懐中時計を握りしめた時、マリアが顔を上げた。
「見えたわ。ハルツって、とっても広いのね……」
「ブロッケン山が有名だな」
アルベルトの言葉に、ラウルも頷いた。
「ゼルケ川の近くなら飛べそうよ」
「成るべくバレンシュテットに近い方へ降りろ。歩いていくことになるからな」
「分かったわ。それじゃあ、早速行きましょう。フリージアたちには、ティナたちに説明してもらうとして——」
マリアが腰に手を当てた時だった。
「待って下さい」
後ろで控えていたティナは、不安そうにマリアを覗き込んでいた。
ティナは、マリアの腕を優しく握りしめた。
「私も行きます。……危険です。それに——」
「姉さんはここに居てくれ」
「何故ですか、ラウル……」
「足に怪我をしただろ。……足手まといだ」
「足なら、アドニスさんに治して頂きました。何の問題もありません」
ラウルは首を横に振った。
ティナはマリアの腕から手を離すと、スカートをたくし上げた。ティナの足には、拳銃が括りつけてあった。
「残党がいるかもしれません。私はまだ戦えます」
ティナにとっては、守るべき相手であるマリアと、弟であるラウルと、主人であったアルベルトがいる。共に現地へ赴き、守ろうとするのは自然なことだ。
ティナは足から拳銃を抜いた。マリアは、拳銃ごとティナの手を優しく包み込んだ。
「……ありがとう、ティナ。心配してくれてるのね」
「…………」
「ティナは、私の気持ちをよく理解してくれているわ。私が行動しそうなことを予測して、私を導いてくれる。とても感謝しているのよ」
マリアはクスリと笑った。
「でもね、たまには私にも質問してよ。どう思ってるの? とか、何がしたいの? って……」
「……どうしても、三人で行きたいのですか?」
「うん」
拳銃を握るティナの指に、一瞬だけ力が込められたようだった。
ティナは目を閉じると、観念したように笑みを浮かべた。
「……分かりました」
「大丈夫よ。ラウルも、アルベルトもついているんだから」
「……気を付けて下さいね。ヴェルローラの残党が、どこに潜むのか、分からないのですから」
「うん。でも、ラウルも素直に言ったらどうなの? 危険だから、ティナを連れて行きたくないんでしょう?」
「黙れ、ラーレ」
「……有難う御座います。ラウル……」
「フン」
マリアが頷くと、ティナはレオンに抱きかかえられる形で、後方へと後退りした。
腕を組んだままのアドニスは、何かを考えているようだった。
マリアは目を閉じた。
「サーチ開始。……ゲートを確認」
ゲートと唱えた瞬間、マリアはアルベルトの言っていたゲートのことを思い浮かべた。
まさかとは思うが、自分の使っているゲートとは何だろうか。
ラウルも話していないことが、多くありそうだった。
マリアは雑念を払うと、集中した。
「……ゲート、開放を指示。直ちに我の命に従え。我、汝の地に降り立つ。許可を受諾せよ——」
マリアだけではなく、アルベルトとラウルの身体が朱色に光り出した。
ティナは息を飲むと、祈るように手を握りしめた。そんなティナの肩を、レオンは優しく抱き寄せた。
『実体を基に、汝の地に降りたつ……。我が名はマリア』
次の瞬間、マリア達三人は、薄暗い亜空間へと入り込んだ。
「実体転送!」
マリアは目を開けた。そこが亜空間でないことは分かっていた。
地に足がついているからだ。
鬱蒼とした森。川のせせらぎ。
まるで死地を思わせる空気。
紛れもなく、ドイツのバレンシュテット南方、ゼルケ川近くの森に、三人は降り立っていた。




