㊵-3 私という存在のもたらすモノ
ラウルの冷たい眼差し。
殺意こそ感じられなかったものの、戦場でのラウルを彷彿とさせるものだった。
「そんな簡単な話ではない。コアの上書きがされているのだぞ! 記憶も、壊れた躯体も元には戻らないんだ……! お前は機械に対する認識が無さ過ぎる。一度ウイルスに入り込まれた機械は、修復できないんだ!」
「じゃあ、眼を戻してもレンは元に戻らないの……?」
「眼を戻すって……。どういうことだ、人形」
「ラウルの眼はレンの眼でしょ? 私は、それが意味のある事だと思うのよ……! ラウルまで諦めないで。レンは諦めてない、そうでしょ?」
ラウルは黙り込んでしまった。
彼は何年もの間レンに付き添ってきた。
そして、壊れてしまったレンと共に、ヴェルローラと戦った。
レンをよく見てきた彼が諦めてしまっていることを、アルベルトは認めていないようだった。アルベルトは黙り込んだラウルを、じっと見つめていた。
「ラウル。レンのいる場所に、俺とマリアを連れていくことは出来ないか?」
「ヴェルローラが虫の息とはいえ、こいつが存命だと知られるのは都合が悪い。それに、アルベルト様がここを出るのは危険だ」
「何もあいつを再起動させにいくわけじゃない」
「ですが……」
「……ヴェルローラはほぼ壊滅状態なんだろ? だったら、今しかない」
ラウルは俯くと、何かを考えているように黙り込んでしまった。
「ねえ、アルベルト」
「何だ?」
「レンに会って、どうする気?」
「分からない。……ただ会いたいだけという、軽い気持ちじゃない。お前は?」
「……私も同じよ。彼女を壊せる決意が出来るかどうか。会って確かめたいの」
マリアはそう言うと、跪いたままのラウルを見下ろした。ラウルは目を見開いたまま、マリアを見上げていた。
「お前が……?」
「そうよ。私だって、レンを破壊出来る候補者よ。それに、あんたの眼をレンへ戻せるかも含めてね」
「……だが、お前が壊すとなれば——」
「私が覚醒したら、あんたが私を壊すってことでしょ? よろしく頼むわよ」
「なんだと!?」
アルベルトは声を上げた。彼は何も知らなかったし、マリアも話したことは無かった。
「これは私とラウルの問題で、アルベルトには関係ないことよ」
「しかし……!」
「お願いよ。ラウルにしか頼めないのよ。分かるでしょ?」
ラウルはゆっくりと立ち上がり、真っ直ぐにマリアを見据えた。
ラウルの青い機械仕掛けの瞳が、カシャカシャと音を立てて蠢いているように見えた。
「……どうやって行くつもりだ」
「行く方法ならあるわ。私の力を使うのよ」
胸に手を当てたマリアを、アルベルトだけが不思議そうに見つめていた。
「お前の力って……?」
アルベルトは、心配そうにマリアを見つめていた。
「……私はね、ムッターゲフェースという母なる器として特別に作られた、人造人間なの。ヴェルローラが、黒龍への捧げものとして作った……。だからかな、特別な力を持っているの。そうよね、ラウル」
ラウルは何も答えなかった。
マリアは、身長の高いラウルを見上げた。しかし、ラウルの視線がマリアへ動くことは無かった。
「捧げものって……。生贄ってことなのか?」
アルベルトは、マリアを引いているようには見えなかった。むしろ、心配している表情をしていた。
「そうよ。私は、ヴェルローラがM計画と呼ばれる実験によって産み出した、生贄なの。ヴェルローラが何を崇拝しているのか、ずっと分からなかったけれどね」
「……マリア…………」
「でも、私は私だもの。別にどうってことないわ」
マリアは胸を張って見せた。
言葉にしてしまえば、案外気分は楽になった。
言葉にすれば、成るものも成る。
言葉に、文字にしてみれば、現実となっていく——。
アルビノの少年だったレンから学んだことだ。
「力の一つは、記憶再生能力。過去の記憶なんかをもう一度見ることの出来る能力よ」
マリアがウインクして見せると、ラウルは肩を竦めた。マリアは記憶再生能力を使い、ラウルにお姫様抱っこされたことを視ることが出来た。
時間が無いと言われたあの時から、随分遠回りをしてしまった。
「それからもう一つ、意識や実体を遠くへ飛ばす能力。何か言い方があるのかもしれないけれど……?」
マリアはラウルを横目で見た。
「……空間転移能力だ」
根負けしたのか、ラウルはそう吐き捨てた。
「やっぱり名前があったのね。分からないということは、とても不安なものなのよ? まだ何か知っているようだし、ラウルには後でゆっくりと話を聞かないとね」
マリアはそう言うと、笑んで見せた。
「さあ、教えて……。レンは、今どこに居るの?」
「……ドイツ。ハルツ山地の麓にある町の近くに——」
「ヴェルニゲローデか?」
アルベルトは声を上げた。
「いえ、違いますが……。その町に何かあるのですか?」
「いや……。俺が一時期住んでいた町なんだ。悪い、割って入って」
「いえ。どちらかというと、バレンシュテットの方が近いですからね。レンが居るのは、町の南、ゼルケ渓谷に近い森の中です」
アルベルトは、診療所でレンの書いた落書きを思い返した。
ヴェルニゲローデの絵があったのは、彼女が町の近くに住んでいたからだろうか。
あの時、自分の話などせずに、彼女の話を聞いていれば——。
アルベルトはその考えを振り払った。
直ぐに後悔したくなる自分に嫌気が差していた。
後ろばかり気にしていては、前を向くことなど出来ない。
戦争で、嫌というほど学んだことだ。
「近い場所で目印になりそうなところはある?」
マリアはそう尋ねた。転移するための場所が分からない。まして、ドイツに土地勘など無かった。
「そうだな。ゼルケ渓谷はサーチできるか? そこからなら、徒歩で行ける距離だ」
「分かったわ」
マリアは目を閉じた。
マリアは、身体の周りに朱色の光が立ち込めていくのを肌で感じ取った。
アルベルトにこの力を見せるのは初めてだ。マリアの心は、ちくりと音を立てた。




