㊵-2 それは眼帯の下に眠る
ずっと敵であり続けていた男——ラウル。その男の言葉は、アルベルトだけでなく、その場に集まっていた者たちの絶望をより鮮明にするものだった。
「アルブレヒト様。どうかレンを、殺してやってください……」
奥で見ていたティナとレオンも、ラウルの元へ駆けつけた。
ラウルは言葉を絞り出すかのように、アルベルトへ訴えた。
「貴方にしか出来ないのです。姉さんの躯体に入っていても、レンは姉さんじゃない。あんなの、レンじゃない!」
アルベルトは握る拳に力を入れた。
「俺にしか出来ないのは、俺が竜だからか」
「……はい。そうです、アルブレヒト様」
「……アルベルトだ」
「はい、アルベルト様。何度名前が変わろうとも、貴方様は竜の化身に変わりありません」
様付けを撤回しないラウルに対し、アルベルトは言葉を飲み込んだ。それ以上踏み込もうとはしなかった。
ラウルの性格上、命令すれば従ってくれただろう。だが、それはアルベルトの本心ではない。
アルベルトは口元に力を入れると、長く息を吐いた。
心を落ち着けようとしているのだろうか。
マリアは、アルベルトの言葉を待った。ラウルもまた、アルベルトの言葉を待っているように見えた。
「……あいつは無事なのか?」
アルベルトの声は擦れていた。
「あれを無事だというのは……。ああ、あんたが言ってるのは、怪我をしてないかっていう心配か。……無傷とはいかないが、掠り傷程度です。……ティニア——姉さんは、優秀でしたから」
「……今、どうしている? お前がここに来たってことは、あいつは今一人なのか?」
「一時的に、シャットダウン中です。つまり、眠っている状態です」
「何かあったのですか……?」
突然声を掛けたティナに対し、ラウルは複雑そうな表情を浮かべた。
ラウルとティナの間には、分厚い壁が今も存在しているのだろう。
「どうなんだ、ラウル……」
「……診療所で見かけたアルベルト様を、保護対象であるアルブレヒト皇子だと疑い始めていた。それと同時に、頭の中では警告音と共に、様々なタスクが——エラーが発生していて、オーバーヒートする寸前だった。ウイルスの影響でしょう」
「ッ……。無事じゃないじゃないか……」
「アルベルト様。俺は、シャットダウンしたままでいいとは思いません。再起動するにしても、タイミングは慎重に見る必要が有ります」
「再起動時には、膨大なエネルギーが必要だったな」
「はい。再起動するだけでも、相当量のエーテルを使ってしまう」
レオン達が話していた、「エーテル=魂のエネルギー」という話が、マリアの頭を駆け巡った。
そのままでは危険と判断し、ラウルはレンを眠らせたのだろう。
どうすることも出来ない状況。
事は一刻を争う。時間はもう無いのだ。
「じゃあ、再起動するために、レンは魂を削らないといけないの……?」
声が裏返るほど、マリアの声は震えていた。
「……再起動しないという選択もある。元よりそのつもりだったからな。シャットダウンしなければ、今のレンは強すぎて壊せないからな」
ラウルは俯くと、地面を見つめたまま答えた。
ティニア化したレンは、アルベルトが皇子アルブレヒトであることに気付いていたのだろうか。彼女は一度、アルベルトを撃っている。少なくとも、襲撃時はラウルの言葉を信じていたのだろう。
ラウルの言葉を信じていたのは、彼女がティニア化していたからだろうか。
「此処へは連れて来られなかったのですか?」
レオンはそう言ってから、ハッとしたように口をつぐんだ。
「すみません。急に声を掛けたりして……」
「俺はあんたと話す気はない」
「こんな時まで何言ってるのよ!」
「……万が一、あの船が壊れたらどうする。すぐに考えれば分かることだろ? レンは正常な状態じゃない。セシュールの里が崩壊するぞ」
俯いたアルベルトを前に、ラウルは再び跪いた。
「も、申し訳ありません。あんたに記憶が無かろうと、すぐに相談すべきでした」
「接触できなかったんだろ。俺も、軍に居たり、色々あったから」
「その……」
「どうした」
「い、いえ……。なんでもありません」
ラウルは躊躇しているようだった。
アルベルトの言葉を遮るように、マリアは言った。
「レンは何処に居るの?」
マリアの言葉を噛み締めるように、ラウルは目を閉じた。
「答えて」
「会ってどうする気だ。お前が壊すのか?」
「貴方の右眼、それがレンの眼よね?」
「……ああ。そうだが」
ラウルは眼帯に触れた。
「その眼をレンに戻せば、レンは元に戻ったりしないの?」
ラウルは、マリアへ鋭い眼光を向けた。




