㊴-3 一つの気付き
「アドニスさん」
「何ですか」
マリアは神妙な面持ちでアドニスを見つめた。
「ラウルは、アルベルトと。……皇子のアルブレヒトと親しかったんじゃないの? 一緒に船へ乗る間柄でしょ?」
アドニスは沈黙した。
代わって発言したのは、ティナだった。
「親しかったですよ。ラウルは元々、アルブレヒト様の友人となるべくして作られた存在でもありますから」
「……ラウルは」
アルベルトが重い口を開いた。
「ラウルは俺にとって、二人目の友人だ。大学時代までは、そこまで親しくはなかった。……ゲオルクと友人になったことで、俺は改めたんだ。ラウルとは、その後でいい友となったよ」
「アルベルトの前世にも色々ありそうね……」
アルベルトは心でも閉ざしていたのだろうか。マリアにとって、アルベルトは人慣れしているように見えるため、想像しにくい。
「……若かったんだよ。俺が心を許していたのは、それこそティニアくらいだった。……ラウルは生真面目で、曲がったことは嫌いだった。それでいて頑固で、……優しい奴だ」
「アルベルトさん……。そうですね、弟は——ラウルは、とても優しい子です」
「……でも、航海中は、ずっと言い争いをしていたよ」
「それは仲がいいってことじゃない?」
「そうだといいんだが。……航海は数百年の予定だった。竜に覚醒していた俺は、普通の人よりも長く生きた。そんな俺に、ラウルはずっと付き添ってくれたよ」
ラウルは機械人形だ。歳を取らない彼との関係は、唯一無二だっただろう。
ティナは口元に手を当てると、アルベルトへ向き直った。
「あの、アルベルトさん……。私は生まれ変わって、貴方とラウルが乗船したことを聞きました。……ラウルまで、レンと離れる道を選んだのかと思ったほどです。ラウルはレンにずっと片思いをしていたそうですから」
「そうなの?」
「はい。レスティン・フェレスでも何度か告白をしていましたが、悉皆振られていましたよ」
「ええ? あのラウルが……?」
「……そもそも」
不満そうに、アドニスはぼやくように唸った。
「レン様もレン様です。どうして、ラウルなんかに、右眼を渡したりしたのでしょうねえ……。放っておけばいいものを」
「……ラウルが壊れたままだったら、アルベルトが悲しむと思ったんじゃない?」
「はあ……。レン様らしいですね」
「右眼……。あれ。そういえば、そうだったわね。ラウルの右眼は……。あれ?」
——どうして今まで、気付けなかったのだろうか。
「ラウルの右眼は、レンの眼だわ!」
「……どういう意味だ?」
ラウルが狂わされたのは、アルベルトの前世が亡くなった後だ。アルベルトにとっては初めて聞くことだ。マリアは逸る気持ちを抑えなければならなかった。
「ラウルの右眼は、昔レンが与えたレンの眼なのよ! それも、精霊みたいな存在だった頃の!」
「ああ! そうか。右眼を使って、レン様に力を返せれば……」
「レンは力を取り戻せるかもしれない。エネルギー不足で魂を削る心配も、少しは無くなるんじゃない? ううん、力が戻ることで、正気に戻るかもしれない!」
マリアはそう言ったが、アドニスは首を横に振っていた。
「……レン様の身体は、ティニアの躯体ですから……。それに、レン様が苦しんでいるのは、ウイルスですし……」
「ラウルに右眼が渡れたのなら、同じ姉弟機体のティニアにだって、右眼は渡るってことでしょう? 試してみる価値はあると思うわ!」
「私も賛成致します」
ティナは頷いた。しかし、今度はレオンが首を横に振った。
「待って下さい。右眼を外したことで、ラウルがまた狂う恐れがあります。それに、レンが元に戻らなければ、それこそ誰も止めることは出来なくなります。そうなれば、我々はレンとラウルと戦うことになりますよ」
「ああ、そうか……。うーんでも、ラウルの右眼は何かに使えると思うのよね……」
八方塞がりだと思っていた。
ラウルの右眼が突破口になるのであれば、今すぐにでも接触を試みたい。
「そういえば……、アドニスさん。ラウルとは何もなかったの? 処置室に来るの、遅かったじゃない」
「……ああ。あれはラウルに頼まれて、ミュラー夫妻たちに、先手を打っていただいたからですよ」
「ええ、どういうこと……?」
アドニスは天井へと目を向けた。水面の波紋が、ボーデン湖の底を覆いつくそうとしていた。
「まず、発砲で我々を牽制したラウルは、放っておいても確実に通報されるでしょう。ラウルはそれを見込んでいました。それならばと、第一報の通報をしたのが、ミュラー夫妻です」
「ええ!? 故意だったってこと!?」
まさかミランダとディートリヒが通報していたとは思いもしなかった。
確かに、あの襲撃から警察が駆けつけるまで、早すぎていた。
「警察が来れば、再起動後のレン様を引かせる、充分な理由になりますからね。そして、通報の中身はこうです。『謎の武装組織が診療所を襲撃、医師と薬剤師を人質に取り逃走した』です」
「なるほど。僕やレンが居ない理由をあえて作り上げたという訳ですか」
アドニスは何度も頷いた。
ラウルは全て計算した上で、診療所を襲撃したとでもいうのだろうか。
「偶然にも、診療所に患者はいませんでした。絶好の襲撃の機会だったというわけです」
「もしかして、最初からそういう計画だったの?」
「そうです。私は一応現場に居た者として警察だけではなく、軍へ証言しましたから、そのまま報告が上がっているでしょうね」
「待ってよ。私やアルベルトはどうするの? ティナは私と同居しているのよ? それに……」
アパートにはメイやリェイラもいた。
あの二人は今頃、どうしているだろうか。
完全に忘れていた二人を思い出し、マリアは言葉を飲み込むしかなかった。
「そうか、アレン財団が動いているのですか」
レオンが何を言っているのか、マリアには理解できなかった。
「アレン財団?」
「君たちの養父・シュタイン親分は、あれでいてアレン財団の方ですからね。アルベルトに関しては、誤魔化そうと思えば誤魔化せるというわけですか」
「シュタインさんは、レンたちの正体も知っていたの?」
「知っていますよ。ちなみに、ミュラー夫人——ミランダ氏の旧姓がシュタインで、タウ族です」
「親分とミランダさんは親戚関係だったの!?」
「ええ、そうです。あとは想像にお任せしますが、今回の事件はアレン財団によって隠蔽されていますので、表沙汰に大騒ぎされることはないでしょう。医師レオンと薬剤師ティニアの捜索については、頑張ってもらう事になるでしょうが、まあまず見つかりませんからね」
アドニスが言い終えた直後、ティナの顔つきが変わった。
すぐにマリアも、里の入り口である洞窟を睨みつけた。
里は、張り詰めた空気へと変貌した。
「どうした」
「誰か来たわ……」
「おい、ここは誰も来れないんじゃなかったのか」
「来られませんよ! まさか……」
アドニスが駆け出す前に、マリアが駆け出していた。
「マリア!」
アドニスの声を気にすることなく、マリアは走り抜けた。
思い掛けなかった。
マリアが洞窟に差し掛かろうとした瞬間、眼帯をした、くたびれた男が現れた。
「殺したければ殺せ。俺のコアはここだ」
その声の主は先ほどまで噂していた人物であり、そして来られるはずがないと言っていた男。男は、自らの額を指さしていた——。




