㊴-2 一つの考え
アルベルトの語った、遠く遠い物語。
二人にとって、遠い前世での出会い、別れ——。
全てを運命だと名付けるには、余りにも耐えがたい年月が経っていたことを知った。
「アルベルトとレンは、再会することを約束していたのね……」
マリアにとっては、その言葉で精一杯だった。
ティナは、目を閉じたまま話を聞いていた。ゆっくりと目を開けると、マリアへ向き直った。
「レスティン・フェレスの古い伝承で、狼が大泣きし、長い雨期を生んだと伝わっていました。その物語は人から人への伝達の末、狐から狼へ変わってしまいました」
ティナの言葉を噛み締めるように、レオンは頷いた。
「それはレンが緋竜の死を知り、泣いたために起こった天変地異だそうです」
「……懐かしいですね。レオンの言った逸話では、約束のお祭りが登場するのですよ。セシュール国では、国を挙げてのお祭りなので、きっと今でも続いていることでしょう」
ティナは微笑んだ。ベビーシッターとして作られた彼女にとって、眠る子供へ聞かせた話なのかもしれない。
過酷な末路を辿った彼女にも、幸せだった想い出があるのだ。
「皇子であるアルブレヒト様にも、よく話したのですよ」
「……そういえば、よくその話をティニアにさせていたな」
「懐かしいですね……」
「俺の生まれた帝国と、セシュール国は仲が悪かった。あの時のレンは、セシュール国の守護獣で、レン・ケーニヒスベルクと呼ばれていた。一応俺も、その存在は知っていたんだ」
「でも、直ぐに再会できたんでしょう?」
マリアは期待を胸に、そう発言した。
アルベルトは俯き、静かに聞いていたレオンの表情が陰りを見せた。
「二人が再会したのは、私が爆散し、アルが暴走した後です」
「……どうして? やっと生まれ変わったんでしょ?」
「レンは、人間として暮らすアルの邪魔をしたくなかったそうです」
アルベルトは、哀しそうに笑みを浮かべた。
「……待っていたレンに俺がしたことは、竜になって暴走して、レンを焼くことだった」
「アルベルト……」
「暴走した俺を止められるのは、レンだけだった。……あいつは、長い間で蓄えた力のほとんどを使い切って俺を止めた。酷いやけどを負っていたが、自分の傷を治すことは出来なかったんだ」
アルベルトは、ボーデン湖の底を見上げた。
遠い世界での再会は、感動的な再会とはいかなかった。
レンは友を止めようと、必死だったのだろう。
彼女は昔から優しすぎたのだ。
「俺の都合でレスティン・フェレスへ連れて行って、あいつを孤独にさせた。悪いのは俺だ。長くなったが、昔話はここまでにしよう。……ゲートについて、奴ら何か言っていなかったか?」
「地球から黒龍に直接会いに行くための手段……。そう聞いていますが、それだけでは無いように感じます」
「——ちょっと待って」
マリアは心の奥底から、吐き気を覚えた。
得体の知れない、気味の悪い悪寒が走った。
「……こ、黒龍ってなんなの? 竜なんだし、アルベルトの仲間なんでしょ?」
「いや……。俺は知らない。……黒龍について、レンは何か言っていたか?」
アドニスは首を横に振った。
マリアは呼吸の仕方を忘れ、息苦しさを感じた。
心臓の鼓動が、やけに早い。
「分かりません。彼らにとっては神であることしか……」
「……まだ分からないこともあるのね。レンは今、ティニアに掛かっていたウイルスに侵されている。そしてそのウイルスは、竜を殺せという命令を出している。更にレンには、アルブレヒトを傀儡にしろという命令も下っていて……。彼女は二重で苦しんでいたのね」
「ええ。やっと理解出来ましたか?」
アドニスはモノクルを外した。
アドニスの瞳は、ただの青い瞳ではない。
煌めくように青く澄んでいた。
どこかで見た瞳であると、マリアは感じた。
マリアは、アルベルトの話を思い返した。
レンがどれだけ苦しんでいたのか、痛いほど理解出来た。
ラウルも、アドニスも。レンのために出来ることは限られていたのだろう。
暴走を止めたと言えば、昔のドイツで狂わされていたラウルを止めたのも、レンだった。
不意にマリアの脳裏には、とある考えが浮かんだ。
「……レンはウイルスではなく、狂わされているだけ。という可能性は?」
マリアの言葉に反応したのは、アルベルトだけではなかった。
「地球にやって来たラウルは、ヴェルローラによって狂わされ、操られていたのよね? そしてレンはボロボロになりながら、それを止めたって聞いてるわ」
「ええ、その通りです」
モノクルを掛け直すと、アドニスはマリアを怪訝そうに見つめた。
「今のレンは、止めるだけの力が足りないだけ……ってことはない?」
「……レン様は何も言ってませんでした。そんなことは……、ありえません」
「そうなのかな……」
(何か、何か方法があるはずよ……‼)
考えを巡らせる中、マリアの脳裏に浮かんだのは眼帯をした男、ラウルだった。
ラウルは何故、レンに拳銃を渡したのだろうか。
その方がより自然に、彼女の注意を背けられたからだろうか。
ティニア化したレンは、アルベルトをアルブレヒトに似ているという認識を持っていた。
あの場面で、レンがアルベルトを撃つとは思わなかったのだろうか。
ラウルは、本当にアルベルトを殺したかったのだろうか。
ラウルはレンを慕っている。嫉妬とはいえ、アルベルトとラウルは友人関係だ。共に地球へ向かう船に乗った仲間を殺そうとするだろうか。
あの殺意に見覚えはあった。それでも、どこか不自然さを感じるのだ。
そもそも、ラウルは敵なのだろうか——。




