㊴-1 それが、彼らの冒険譚
アルベルトの口元は緩んでいた。マリアは、彼が久々に笑う姿を見た気がした。
全ての記憶が戻っているのかは、本人にしか分からないだろう。
セシュールの里を、柔らかな風が通り過ぎた。
里を守る結界が空調として流しているのだろう。その結界は、レンの魔法で出来ている。
風は、アルベルトにとって懐かしいものだった。
風は、レンそのものを指すものだからだ。
風が記憶の欠片を救い上げるように、想い出は溢れていった。
やがてそれらは渦を描き、遠い遠い昔へと遡っていった。
——これは、最後の竜と一匹の狐から始まった、御伽噺である。
◇◇◇
レスティン・フェレスは、大きな竜や獣と、人の住まう大きな星だった。
大きな竜や獣を恐れた人々は戦争を始めた。毒によって星は割れ、死地と化した。
毒を食らいながらも、竜や獣によって守られた小さな大陸は結界を張り、独立した星となった。
しかし、それから何千年も経つと、幼い緋竜を残し、竜は滅びの道を辿った。
獣は小さくなり、動物と変わらぬ姿となった。
小さな緋竜は、遠くを見ることの出来る湖をぼんやりとみる日々を送っていた。
——その湖を、湖鏡と呼んだ。かつて存在していた水竜の力が宿った、湖だ。
緋竜は湖鏡を通じて、地球で生きていた一匹の狐を見た。
狐は珍しいアルビノをしており、生まれ変わってはすぐに死んでいった。
緋竜は、友人のグリフォンという獣と共に、影を湖鏡へと送った。
二人の影は湖鏡を越え、遥か遠く離れた地球へと降り立った。
影たちはアルビノの狐を探した。初めて出会った狐は、竜の姿に驚いた。
出会ってすぐ、三人はかけがえのない友となった。
これまでの狐は短命だったため、緋竜は加護を与えたかった。
緋竜は影だった。影では、満足のいく加護を与えることは出来ない。
緋竜は地球へ向かおうと、準備を始めた。
その間も、緋竜とグリフォンの影、そして狐は地球を駆け巡った。
それでも、幸せで楽しい日々は、長く続かなかった。
狐が、背中に十字架模様を背負っていたからだ。
人間たちは、狐を神への捧げものにするために、捕縛しようとしたのだ。
だが、狐や緋竜、そしてグリフォンは知恵を出し合うと、人間たちを撃退した。
その日々が長く続けば続くほど、狐は疲弊していった。
ある時、ついに狐が捕縛されてしまった。
散々手を焼かれた人間たちは、直ぐに狐を殺そうとした。
狐が死んでも、剥製として神に捧げられるからだ。
緋竜は影ではなく、地球へ降り立とうと決意した。
——古の技術、ゲート。
ゲートとは、遠い星々と繋ぐ魔法科学技術であった。
緋竜は、壊れていたレスティン・フェレスのゲートを修復すると、地球へと渡った。
炎を吐き、人間たちを簡単に追い返した。
狐は、緋竜に感謝した。
緋竜は狐と共に、これからも生きていきたいと考えた。
その後も地球で、緋竜と狐、そしてグリフォンの影は冒険を続けた。
ところが、緋竜は最大の過ちを犯していた。
ゲートを閉じていなかったのだ。
ゲートを通じ、レスティン・フェレスと地球では往来が可能となっていた。
レスティン・フェレスへは、タウ族の祖先たちが。
地球へは、レスティン・フェレスの幻獣たちが、それぞれゲートを潜ってしまった。
慌てた緋竜はゲートを封じ、レスティン・フェレスへ帰ろうとした。
緋竜は、狐をレスティン・フェレスへと誘った。
狐は三度の返事で、レスティン・フェレスへ渡る意思を示した。
緋竜は、もう二度とゲートを使えないように、水中深く沈めた。
そして、狐と共にレスティン・フェレスへと渡った。
レスティン・フェレスへやってくると、緋竜はゲートを破壊した。
永遠に帰ることの出来なくなった、タウ族たちと幻獣たちを残して——。
◇◇◇
地球へ帰れなくなったタウ族たちの祖先は、レスティン・フェレスの大陸で暮らし始めた。
彼らは、大陸の北と西へと別れていった。
西へ渡った者たちは、現地の者たちと力を合わせ、セシュール国を。
北へ渡った者たちは、独自の文化を発展させ、アンザイン国をそれぞれ建国した。
レスティン・フェレスへやって来た狐は、緋竜の加護を得たものの、およそ100年で死んでしまった。
狐は生まれ変わり、緋竜へ会いに行くことを約束していた。
緋竜は、狐の生まれ変わる日を今か今かと待っていた。
だが緋竜は、毒から大陸を守るために、最後の力を使った。
力を使い切った緋竜は石となり、大陸の中央にある崖山の中で、長い長い眠りについた。
こうして、レスティン・フェレスの竜は絶滅した。
それから数年。
セシュール国では、アルビノの狐が生まれていた。
ラダ族の守護獣である狐は、ラダ族とタウ族にとっては神も同然だった。
狐は物心つくと、すぐに緋竜を探した。
しかし、狐が知ったのは、緋竜の石像だった。
狐は、長い間泣き続け、天変地異を引き起こした。
◇◇◇
それから長い長い時を経て、緋竜は生まれ変わった。
ルギリア帝国の、皇子として。
狐は待っていた。セシュール国で、ずっとずっと——。
約束を信じて、奇跡を願う日々を送っていたのだ。
◇◇◇
柔らかな風が、アルベルトの髪を揺らした。
御伽噺は、そこで終わったわけではない。
ずっとずっと、続いている物語だ。
アルベルトは、ヴァルクの執筆した『レスティン・フェレスの狐は、どうして一匹なのか』の内容を思い返していた。
ヴァルクが知っているということは、誰かが伝えていたということだ。
レンは記憶を上書きされ、ほとんど覚えていないだろう。
ヴァルクは、レンの消え去っていく想い出を本にしたのかもしれない。
アルベルトは、遠ざかっていく風を静かに見送った。




