㊳-4 深まる謎②
レンが侵されているウイルスという病。
それがどれほど恐ろしいものなのか、マリアはよく理解出来ていなかった。
マリアには、心の病に罹った経験しかなかった。
人造人間であるマリアにとって、風邪ですら罹ることは無かったからだ。
アドニスやティナの言動から、深刻な事態だということは理解出来た。だが、抗えないほどの命令というのがどれほどの恐怖なのか、理解できていなかった。
「……ねえ。そのウイルスには、特効薬はないの?」
「ありません。……限度はありますが、一定ならば防ぐことは出来ます。ですが、一度罹患してしまえば、病魔を取り除くことは出来ません」
ティナは首を横に振ると、口元に手を当てた。無力さに辟易することしか出来ないのだろうか。
「彼女はレンなのよ? 物理法則だって超えてしまう、そうでしょう? ……レンは——ティニアは、ずっとそう言ってきたじゃない」
アドニスまでもが、マリアの言葉に言い淀んでしまった。
「ねえ、アドニスさん! 何かあるんでしょう? だから、そんなに悶えているのではないの?」
饒舌だったアドニスが黙り込んだ。
「黒龍を崇拝する組織、アンチ・ニミアゼルというのは……、ヴェルローラのことなのよね?」
アドニスの表情は何も変わらなかった。
ティナとレオンは俯き、アルベルトだけがマリアを見ていた。
「時間が無いのは分かっているわ。解決策がないことも。でも、アドニスさんはずっと憤っている。何かあるんでしょう?」
「……成程。マリアはレン様の言う様に、賢いか——。ええ、そうです。ヴェルローラとは、アンチ・ニミアゼルが地球で活動する名です」
アドニスは一行に向き直すと、二本指を立てた。
「皆さんに、悪い話があります」
「聞かせて」
「ヴェルローラは、ティニアの中で目覚めたレン様に、とある命令を下していました。言わば、その為にレン様はティニアに入れられたのです」
「何だよ、その命令っていうのは」
アドニスは、そう発言したアルベルトを睨みつけた。そして口元に笑みを浮かべると、両手を大きく広げた。
「緋竜が、転生している。緋竜を見つけ次第、篭絡して傀儡にせよ。とね……」
「……は、はあ!? そんな命令があるなんて……、レンの正体がバレていたってことじゃないの!?」
「今となっては、そうなのかもしれません」
アドニスは視線だけをマリアへ向けていた。表情に人間らしい感情はなく、文字通り無表情であった。
レオンは俯いたまま、ブツブツと呟き始めた。
「ヴェルローラは長年、魂の研究をしていました。何がしたいのかは長い間謎でした。まさか、アルの転生体を見つけるためだったとは……。いや、だとしたのなら、レンのデータをどうやって……」
「先生……」
技術の提供者は、レオンなのだろうか。レオンの言葉からは、データさえあれば魂を検索出来る技術があるように聞こえた。そうなれば、記憶を封じていないレンの魂を探すことは可能なのかもしれない。
「……ヴェルローラは、アルブレヒトの魂を探していました。しかし、魂のエーテルを封じていたアルベルトでは、彼らのサーチに引っ掛からなかった。だからこそアルベルトは、奴らに捕捉されることなく、今ものうのうと生きている」
「どうして俺を狙っていたんだ。まさか——」
「ええ。奴らは言っていたそうです。『ゲートを開かせよ』と」
アルベルトとレオン、そしてティナの三人が息を飲んだ。
「何でも、地球とレスティン・フェレスを繋ぐ扉があるそうじゃないですか。君はそれを破壊するために地球へやってきた。違いますか?」
「アルベルト、どういうこと?」
「……地球とレスティン・フェレスには、ゲートと呼ばれる装置が設置されていたんだ」
アルベルトは、大きく息を吐いた。
「昔、竜だった頃の俺がゲートを設置して、二つの星を繋げたんだ。……その時、地球からはラダ族と呼ばれる部族が、レスティン・フェレスへ。レスティン・フェレスからは、大型の獣なんかが地球へと移動してしまった。慌ててレスティン・フェレス側の装置を破壊したが、遅かった」
「じゃ、じゃあ、地球にある竜やユニコーン、グリフォンなんかの伝説って……」
アルベルトは、罪の意識から顔をしかめてしまった。
そんなアルベルトに代わり、アドニスが答えた。
「全て、レスティン・フェレスからやって来た生き物たちでしょうね」
アルベルトは俯いた。マリアは首を横に振りながらも、彼らの話を理解しようと考えを巡らせた。
「……地球へ帰りたい人たちを帰還させる作戦だったんじゃないの?」
「俺は違ったんだよ。罪と向き合おうとしたんだ」
「アル……」
「古の時代、俺は湖鏡というもので、地球に生きていた狐を——レンを見ていたんだ」
アルベルトは、ボーデン湖の底を見上げた。
遠く、遠い記憶を手繰り寄せ、アルベルトは語りだした。
古の時代の、御伽噺を――。




