㊳-3 深まる謎①
懐中時計を握りしめたまま、アルベルトはじっと何かを考えているようだった。
考え込んでいたのは、マリアも同じであった。
二人は、フリージアたちを部屋に残し、部屋を出た。そして、そのまま外へ抜けると、セシュールの里の広場へ向かった。
アドニスは待っていたかのように、広場の外れにある木陰で立っていた。
木の幹は腐っているのか、所々に苔が生えていた。
「起きましたか。随分と悠長ですね」
「悪かったな」
「……アドニスさん、聞きたいことがあるの」
相変わらず悪態をつくアドニスは、マリアの問いかけを予想していたかのようだった。
「マリアに話をさせるとは。君が聞きたいのではないのですか?」
「失礼ね。私も聞きたいから、ここに来たのよ」
「……教えてくれ。ティニアは俺と出会った頃、酷く怯えていた。その理由を教えてくれ」
「ほう。彼女を今でもティニアと呼ぶのですか」
「……俺にとって、あいつはティニアだ。まだレンだと名乗られた訳じゃない」
アドニスは遠い目をしていた。
何か見透かされているような気がしたが、アルベルトが怯むことは無かった。
「ふう。仕方ないですね。ええ、知っていますよ。知っていますが」
アドニスは手を上げると、すぐに後方からティナとレオンがやってくる。レオンはまだ足を引きずっており、ティナに支えられている。
「君たちが来る前に、二人と話をしていたのですよ」
「二人?」
マリアがそう問いかけた時、木の陰に立っていたティナとレオンに気付いた。
二人とも、最初からそこに居たのだろう。木の陰で見えていなかったようだ。
焦りから、周りが見えなくなってしまっているのかもしれない。
「……ティニアであった私に、ウイルスが仕込まれた話はしましたね」
「ええ。逃れられない病であると」
そのウイルスという未知の存在が何であるのか。マリアにとって、病気とは無縁だった。
人造人間だったからだろうか。
ただ、心の病に罹ったことがあることを、一瞬だけ思い返した。
アルベルトは口元を噛んだ。
「……ウイルスは、俺を殺せという命令を下していた、と言ったな」
「はい。それは勅命でした」
ティナはアルベルトをまっすぐに見据えた。
「大きな警告音と共に、我は皇帝、ゲオルギウス。汝は黒龍を信仰し、竜の化身アルブレヒトを殺せ。そう、頭の中で繰り返されていました」
「当時の皇帝はゲオルギウスではない。ゲオルギウスはゲオルクを指します。実質、僕の命令でそれは行われていました」
「……待って」
マリアは話を止めた。
とてつもなく、今までに感じたことのないような嫌な予感がした。
「その……、黒龍って何なの? 初耳なのだけれど……」
何故だろうか。マリアの心は、何かに掴まれたように騒めいた。泥沼に落ちていくような感覚に、マリアは身震いした。
分からないことは、焦りと不安しか生まないというのに——。
「教えてよ。何か知っているんでしょ?」
レオンは頷いた。
「……黒龍は、レスティン・フェレスに存在していると言われている龍のようなものです。黒龍を崇拝する組織をアンチ・ニミアゼルと呼び、彼らは反守護竜を掲げていました」
「ニミアゼル? 反守護竜?」
「ニミアゼルというのは、レスティン・フェレスにおける女神の名です」
ティナの言葉に、アルベルトが頷いた。
「守護竜ってのは、俺の前世のことだ」
「緋竜ってこと?」
「ああ」
即答したアルベルトの様子から、記憶は相当戻っているように感じられた。
レオンはティナの手を借りながら、一歩前へ出た。
「アルが皇子アルブレヒト、ティナがティニアだった時代で、戦争が起こりました。帝国と戦っていたのは、自らを機械人形の人権団体と名乗る連中です。——奴らの正体が、アンチ・ニミアゼルです。彼らは、黒龍を崇拝する組織でした」
レオンに代わり、ティナが口を開いた。
——黒龍を崇拝する組織。
マリアの心の騒めきは、一気に噴出したように暴れ出した。
「ウイルスを仕込む目的で、彼らはゲオルクを使って、私を呼び出しました。……私はそのウイルスに抗えませんでした。その結果、自滅プログラムを実行し、命を絶つしかなかったのです。申し訳ありません、アルブレヒト様……」
アルベルトは首を横に振った。
「ティナさん、俺はアルベルトです。今、その名で呼ばれても何も応えられない。君の前世には、感謝している」
「ですが……」
「君は頑固だが、俺の御願いは聞いてくれた。そうだよな、ティニア」
アルベルトがそう言うと、ティナは戸惑ったようだった。
「ティナさん、アルブレヒトっていう名は、もう過去のもの。ティニアは詩阿として生まれ変わり、今はティナとして存在しているだろ?」
「……はい。そうですね、アルベルトさん……」
「俺は、罪に向き合ったつもりだった。でも、俺が地球へ来たせいで、皆を巻き込んでしまった」
「そんな事はない。君が地球へ渡ったのは……」
「はいはい、もう辞めてください。見ていると吐き気がします」
「ちょっとアドニスさん!」
アドニスは溜息をわざと大きくして見せた。
「私にとっては不愉快極まりない。レン様は今も苦しんでいるのですよ!」
ウイルス。その言葉は、マリア達に重く圧し掛かった。




