㊲-5 残された真実を胸に
アルベルトとレオンが食堂へやってくると、思いがけない食事会は始まった。
広いテーブルで各々が席に着き、ティナとアドニスを中心に作った料理が並んだ。
あまり食事が喉を通らない大人を前に、子供たちは黙々と食べ進めた。
会話らしい会話もなく、静かな食事会は終わりを迎えた。
後片付けを終えると、マリア達は席に着き直した。
「では、食事も終わったところで。……レン様の今の状況を確認しなおすとしましょう」
アドニスはそう言うと、席を立った。
「ティニア化してしまったレン様は、今ラウルと共にいます。ラウルはレン様を言い包めて、ヴェルローラの拠点を潰す最終段階に入っていることでしょう。そのままにしていては危険ですからね」
「また怪我をしなければいいけれど……」
「ああ、足の怪我ですか。……あの時は、ヴェルローラの拠点で記憶の混濁状態に陥ったそうですよ。全く、だから止めたのですがね」
アドニスはそう呟いた。レンは、アドニスの忠告など聞かなかったのだろう。そこまでして、ヴェルローラの拠点を壊滅させようとしてきたのだ。
「……レン様の身には、とある現象が起こっています」
「とある現象って……、ウイルスって病気のこと?」
「はい」
アドニスは即答した。
「たしか、皇帝の命令で、アルベルトの前世であるアルブレヒトを……。その……」
マリアは言葉を詰まらせた。
会話として出すだけでも、その言葉は悍ましく感じた。
「……アルベルトが記憶を完全に取り戻し、力を継承すると、緋竜アルブレヒトとして覚醒する事を指します。……そうなれば、レン様は命令に従ってアルベルトを殺そうとするでしょう」
アドニスは淡々と説明した。その言葉を聞き、ヴァルクは頷いた。
「レンはもうティニアになってしまった。レン本人じゃないから、ここの結界を破ることは難しいだろうね。ここに居れば安全だろうけど、アルベルトさんはセシュールの里から出られないことになる」
「そんな……」
「……永遠にレンと会うことが出来ないまま、という意味だよ」
ヴァルクの言っていることは間違ってはいないだろう。
ティニア化したレンが、今どれ程の力を持っているのかは見当がつかない。
大地を焼いたという竜との戦いが起これば、里だけの問題ではないだろう。
だが、肝心なのはそこではない。
アルベルトとレンが永遠に出会えなくなることだけは避けたかった。
何百年と離れ、生まれ変わり、やっと再会した二人が引き裂かれてしまう。
それは奇跡を願う日々よりも、ずっと地獄だ。
「ですが、今のレン様を放っておく訳にはいきません。このまま放置すれば、レン様は永遠に、保護対象であるアルブレヒトを探し続けるでしょうからね」
「そんな……。じゃあ、里のことが知れたら……」
「命が尽きる稼働限界まで、この里の防御シールドを攻撃するでしょうね」
アドニスが里へやって来たのは、アルベルトを守るためだったのだろうか。
今の説明では、そう聞こえてくるようだった。
アドニスは続けた。
「私たちがすべきこと、残されていることは——。レン様を破壊し、ティニアとして生きるレン様を止めることです」
「……俺にあいつを壊せっていうのか」
「君には無理です」
アドニスは吐き捨てるように言った。
「力を継承し、彼女を再び焼くことが、君に出来ますか?」
「……機械人形である、あいつを止めればいいだけだろ。別に継承なんてしなくても、俺たちが束になって掛かれば……」
「彼女が、ただの機械人形であるのなら、それは可能だったでしょうね」
「それ、どういう意味?」
すぐにマリアが反応した。
「今のレン様は、ただのティニアではないということです。……今のレン様は、レン様自身のエーテルを吸い上げて稼働しています」
「エーテル?」
「僕が説明しましょう」
レオンが手を挙げた。
「レンが今使っているエーテルというのは、言わば魂のエネルギーです。上書きされても尚、レンの魂は存在しています。そのエネルギーを使って稼働しているのですよ」
「え、じゃあ、そのエネルギーが尽きたら……」
「レンの魂は、何も残りません。そうなれば、転生することも叶わないでしょう」
「それだけではありませんよ。既に上書きされてしまっている以上、転生してもレン様の記憶が戻る確率は、ほぼ零に等しいのですよ」
アドニスの発言を聞き、アルベルトの顔つきが変わった。
「待ってよ! じゃあレンを壊さなくちゃいけない上に、記憶も戻らないままになるかもしれないってこと!? それも早く壊さないと、レンの魂が消えちゃうって!?」
マリアは声を荒げた。
アドニスは腕を組むと、静かに唸った。
「ですから、時間がないと申し上げているのですよ」
「どの道、レンは元には戻らないってことなの……?」
「こうなってしまった以上は……」
「そんな……」
レンとしての彼女と過ごすことは叶わないのか。
急がなければ、魂が消えてしまうなど——。
マリアはラウルの言葉を思い返した。
『ティニア化する前に壊すか、ティニア化した後に壊すかだ』
彼の言っていることは、このことだったのだ。
「レンは精霊に近い存在でしょう? 魂のエネルギーなんて、相当量あるんじゃ……」
マリアの言葉に、レオンは頷いた。
「……ティニアは命令に忠実でした。今のレンなら、力を限界以上に引き出し、里を攻撃するでしょうね」
「そんなことをしたら、ただじゃ済まないわ!」
「そうです。ですが、アルベルトが覚醒したとしても、レン様を壊すことは不可能でしょうね」
「……可能だったとしても、アルベルトにそんなことはさせられないわ」
「肝心の本人はだんまりですか。……アルベルトは記憶だけ取り戻し、罪悪感に打ちひしがれてしまえばいい」
アドニスの言葉は、叫ぶようだった。ぶつけることの出来ない感情を、アルベルトに押し付けているのかもしれない。
アルベルトは何も答えようとしなかった。隣に座っているフリージアは、震えていた。
マリアは、アルベルトを前に怯えていたレンを思い浮かべていた。
待ち続けていた彼との再会を恐れたのは、ウイルスによる『命令』があったからなのだろうか。
レンはどうして打ち明けなかったのだろうか。
レンはどうして一人で背負ってしまうのだろうか。
ヴェルローラの狙いがマリアにあるとしても、彼女は何一つ打ち明けてくれなかった。
打ち明けられていれば、マリアも戦いに参戦しただろう。だからこそ、レンはマリアに打ち明けなかったのだろうか。
レンのことが分からなくなっていた。否、分かった気になっていたのかもしれない。
受け身だけでは、何も解決しない。
もっと、彼女に寄り添えたら——。
彼女は何を、どう考えていたのだろうか。
何を望んでいるのだろうか。
マリアの中で、一つの意志が固まろうとしていた。




