㊲-4 つかの間の休息③
アルベルトは、見覚えのない筈の天井を見つめていた。
微睡でみた夢は、彼女を自らの炎で焼く瞬間からだった。
彼女は苦痛に耐えながら、笑みを浮かべていた。
自分が彼女を殺さないと信じていたのだろうか。
記憶もなく、ただ獣のように暴走する自分を、どうして信じられたのだろうか。
「ッ…………」
「アルお兄ちゃん、大丈夫?」
心配そうに、遠慮がちに尋ねる白銀の少女。彼女に、レンを重ねてしまいそうになった。
「ああ。悪かった。大丈夫だ。フロウは眠れたか?」
「はい」
フリージアに支えられながら、ゆっくりと起き上がった。
そこかしこに広がる機械や文字盤の文字は、最初こそ違和感があっただけだった。しかし、今は文字を理解することが出来るだけではなく、置かれた機械が何なのかも分かっていた。
「本当に俺、レスティン・フェレスから来たのか」
「お兄ちゃん……」
「わかるんだ。そこの文字盤に表示されてるのは、俺の心拍数。ほら、早くなったろ。ベッドごとに、全員を管理しているんだ」
アルベルトは悲しそうに顔をくしゃくしゃにすると、顔を覆った。
「この船は俺が設計したからな」
「…………」
「ははは。この船がケーニヒスベルクって呼ばれていたの、知ってるか?」
「知っています」
フリージアではないその声に、アルベルトは驚きの声も上げなかった。
部屋の入り口では、コルネリアが水の入ったコップを二つ持って立っていた。
「お水、お二人に」
「わあ! ありがとうございます、ジジくん」
「ジジはやめてください」
「わかった。コルネリアちゃん」
「もう、ちゃん付けだなんて! フリージアおねえちゃんも意地悪だ」
頬を膨らませたコルネリアだったが、すぐに水の入ったコップをアルベルトへ差し出した。
「……どうぞ、アルブレヒト様」
「……その呼び名、やめてもらえるか?」
「でも、緋竜様ですから」
「…………」
「あれ、思い出されたのではないのですか?」
コルネリアは心配そうに顔をのぞき込んだ。
「思い出したというより、ずっと頭にあったことだったように感じている」
「なるほど。そういう感じなんですね」
「水をありがとうな。コルネリア。お前は、……タウ族か?」
タウ族と呼ばれ、嬉しそうに顔を綻ばせるコルネリアは年相応だ。
「うん!」
「コルネリアの名は、コルネリア・タウ・シュタインだと言ったな?」
「はい!」
「……シュタイン・アム・ラインの町に、シュタイン親分って人がいるんだ。町の名が由来なのだと思っていたが、親分を知っているか?」
「うーん。知らないです。でも、タウ族に多いのは確かです。後はミュラーとか……」
「そうか……」
その時、ドアが軽い音を立てて開いた。
「あ、起きてる」
「マリア……」
「ご飯よ。ねえ、フリージア。レオン先生は隣の部屋だったかしら?」
「せんせいは、そこのカーテンの後ろです」
「え?」
気まずそうに、カーテンがゆっくりと開いた。
そこには、ベッドに腰かけたレオンがいた。
「レオン先生のお水持ってくるの、忘れちゃった。あ、わざとじゃないんです!」
慌てて謝るコルネリアに、レオンは苦笑いを浮かべる。
「いえいえ。アドニスさんに持っていくなと言われたのではありませんか」
「ち、違うんです! 単に僕が忘れちゃっただけなんです……!」
「……すみません、お三方。ちょっとアルと二人にしてもらえますか」
「でも、ご飯が……」
「すぐに向かいますよ」
「わかったわ」
マリア達は、台所へと向かった。部屋を出る際、マリアはレオンを見つめたが、特に変わった様子はなかった。怯えていないことから、レオンが何かの決意をしていることだけは分かった。
アルベルトは隣に座るように促したが、レオンはその場に座り込んだ。
「レオン! 足が痛むのか?」
「違います……」
「…………」
「僕は、とんでもないことをしてきた。君にどうやって謝ればいいか」
「やめてくれ。……その、俺にとってはゲオルクじゃなくて、お前はレオンだから」
「そうか……。君はやはり君のままだ。ありがとう、アルベルト……」
レオンは笑みを浮かべた。心の底からの笑顔のように見えた。
「……彼女を置いて、レスティン・フェレスを旅立ったことを、どうか悔やまないで欲しい」
言葉に詰まりながら、レオンは訴えた。それは、言葉にするにはあまりにも重い。
「……話って、そのことだったのか?」
レオンはアルベルトに支えられながら立ち上がると、その肩を組みながら、その言葉を口にした。
「君はどの程度、僕のことを思い出せている?」
「大学で出会ったこと、様々な議論をしたこと。殆ど思い出せるよ」
「……昔話したことを、覚えているか? 信頼の、その先の話だ」
「……ああ、そのことか。不思議だな。ずっと覚えていなかったのに。……たしか、信頼の先に何を残せるのか、という話だったな」
レオンの前世、ゲオルクは議論することを好んでいた。
一つのことを、とことん突き詰めることの楽しさがあると言っていた。
その中の一つが、信頼のその先の話だ。
「……いつか、レスティン・フェレスへ戻れたら見て欲しい。セシュール国とルゼリア王国との国境沿いの村に、小さな噴水がある。その噴水は、竜の君が、町へ幸せな水を運んでいるのです」
「……レスティン・フェレスへ戻れたらって…………」
「町の名は再会の町。そこで、僕はレンと再会した。そして、詩阿にプロポーズした町なんだ」
「……そうか。必ず行くよ」
「ありがとう。アル」
二人は固い握手を交わすと、部屋を後にした。




