㊲-3 つかの間の休息②
「で、どうして私を呼んだのですか? 僕が彼らに食事を作るとでも思ったのですか?」
「私はご飯のために、ティナの怪我だけは治してほしいって言ったのよ」
アドニスはフライパンを片手に、薄くスライスされた玉ねぎを炒めていた。
フライパンが乗っているのは机のような台で、火は確認できない。
これも何かの機械で出来ているのかもしれない。
マリアは不思議そうにアドニスを見ていた。そんなマリアに、野菜を切っていたティナは優しく微笑んだ。
「ちゃんと治して頂きましたし、こうして料理まで手伝ってくださるなんて……」
「…………」
「優しいのですよ、アドニスさんは」
「ど、どうでしょうね! レン様の弟子ではありますが、決して世話好きなわけじゃあないんですけどね」
「魔女の弟子って言ってたっけ?」
レンがこの場に居れば、得意げになって話してくれただろう。
今は叶わなくとも、彼女の口から過去の話が聞きたい。
その気持ちは、今も変わらなかった。
変わらない気持ち。想い。
マリアはレンへの違和感が気になってしまった。
「ねえアドニスさん」
「何ですか?」
「レンは、どうしてアルベルトと出会ったとき、あんなに怯えていたの?」
ガシャン。
フライパンが台の上へ、乱暴に着地した。
それだけでなく、包丁でサラダのために野菜を刻んでいたティナの手も、ぴたりと止まっている。
「彼のいない時に、その話をしますか」
「彼ってアルベルトのこと? やっぱり重要なことなのね。そして、二人とも事情を知っていると……」
アドニスは、知っていることをこの場でだらだらと話し出すと思っていた。だが、アドニスはそれらを語ろうとはしなかった。
ティナは包丁から手を離すと、目を閉じたまま苦しそうに頭を抱えた。
「ちょっと、ティナ! 大丈夫?」
「……ご、ごめんなさい」
「ふむ。想像以上の恐怖。それが今のレン様を襲っているという事ですか」
「…………」
「こんな悠長に食事を作っている場合ではないのですよ。本当ならね」
「アドニスさん。焦げてるよ」
「おっといけない! 食材を無駄にするところでした!」
レンの身に起きている恐怖。
会話から分かるのは、ティニアだった時にあったことなのだろうか。
包丁を握れなくなったティナを前に、ヴァルクはレタスをすくい取った。
「ティナさん、あとの野菜は手でちぎるよ」
「ごめんなさい……」
「あのさあ」
ヴァルクはティナの前でレタスをちぎりながら、淡々と語った。
「レンが言ってたよ。ごめんっていうくらいなら、感謝してありがとうを伝えた方が相手のためになるって」
「…………」
「本当に悪いと思ってるなら、ごめんなさいでもいいけど。責任取る取らないじゃないんだろ?」
ヴァルクは最後のレタスをちぎり終えた。
「ちょっと見ないうちに、ヴァルクは可愛くなくなりましたねえ」
「うるせーよ。じじい」
「じっ…………」
「じじいだろ! 何百年生きてんだよ」
「……え?」
ヴァルクの言葉の意味が理解できなかった。言葉が正しければ、アドニスは何百年も生きていることになる。
「はっはっは。僕はまだまだ生きる気でいますよ! ははは!」
フライパンを華麗に回すと、アドニスは大盛りの野菜炒めを皿へと盛った。ベーコンが多めの野菜炒めだ。
「そのジャガイモ、ヴァルクと洗ったのよね」
「ほほう。結構なことです。その調子で料理も教わりなさい。マリアもですよ」
「この爺さん、ジャガイモにだけは五月蠅いんだよ」
「野菜全てに五月蠅いのですよ。食べ物を粗末にするように育てた覚えはありません!」
「よく言うよ。育てたのはレンだからな」
レンはずっと、彼らを見守っていたのだろう。
マリアと暮らしながら、夜を迎える度に。
俯いたマリアを横目に、ヴァルクは食事のほとんどが出来上がっていることに気付いた。
「俺、ジジとフリージアを呼んでくるよ。あとはレオンって先生と、アルベルトさんか……」
「……私も手伝うわ」
「じゃあ俺はフリージアを探してくるよ。まだ外にいるかもしれないしな。……アルベルトさん、眠れたかなあ」
返事をしようとマリアが入口の方へ目をやると、足の速いヴァルクは既に姿が見えなかった。
驚いているマリアを前に、アドニスは料理を更に取り分け始めた。
「あの子たちにとっても、一応アルベルトは恩人なのですよ」
「帰還した船に乗っていたから?」
「それだけではありませんよ。彼は竜ですからね」
「……竜かあ…………」
「しかし……。アルベルトは皇子って柄じゃありませんよね」
そのアドニスの言葉に嚙みついたのはマリアではなく、ティナだった。
「アルブレヒト様を悪く言うのだけは許しません」
「おお、怖い。君の忠誠心は素晴らしいですね、ティニア」
「…………」
その反応だけで、マリアの心は一杯になってしまった。
ティナがティニアであったことを、より実感したからだ。
「マリア、そんな顔をしないで。アドニスさんの言うことは事実ですから。今も昔も、私の忠誠はアルブレヒト様にありますから」
「ティナ…………」
「母君であられる、シャルロッテ皇妃様と約束したのです。先立つ自分に代わり、生涯を支えて欲しいと」
ティナの言葉に、アドニスは言い放った。
「その結果が爆散ですか」
「アドニスさん!」
「四散したとはいえ、コアごと回収されたんでしょう。それがなければ、今頃レン様は……」
「今言うことじゃないでしょ!? はあ。アドニスさんとティナを二人きりにさせたくないけれど、アルベルトを起こしに行ってくるわ」
「私は大丈夫ですよ、マリア」
「……ま、僕としても喧嘩を売る事は致しませんので」
「よく言うわよ……」
マリアは香ばしい香りのする台所を出ると、アルベルトの部屋へと向かった。




