㊲-2 つかの間の休息①
文字通り、様々なことがあった。
驚愕の事実を前に、マリア達はひとまず休息を得ることにした。
あまり眠れなかったものの、不思議と夢は見なかった。
駆けつけた診療所でラウルの襲撃に遭い、レンがティニア化してしまった。
負傷者を出しながら、アドニスの魔法でセシュールの里へやって来た。
里ではヴァルクとコルネリアという少年と出会い、若い姿のアドニスがフリージアを連れて現れた。
居合わせた者たちによって、次々と明かされた事実。
——緋竜・アルブレヒト。
——そして、レン・ケーニヒスベルクという彼女の本名。
マリア自身も、殆ど何も知らなかったと言える。
溜息をつきながら部屋を出ると、里の広場までやって来た。
「ふう」
「溜息なんてついて、どうしたんだよ」
誰も居ないと思ったわけではないものの、無意識にため息が漏れた。
油断していたマリアは、慌てて声の方向へ振り返った。そこには、野菜の入った木箱を運ぶ里の少年・ヴァルクがいた。
「その野菜どうしたの?」
「どうしたのって、アドニスさん経由で調達した野菜だよ。昨日は皆さん、昼はおろか朝から騒動だったでしょ? さすがに俺らもお腹空いたよ」
「そ、そうよね……」
「おねーさんも、人形だのなんだの言われてたけど、補給は必要でしょ? レスティン・フェレスの技術で作ったなら、食事は必要なはずだよ」
「…………」
思わず俯いたマリアに、少年はため息をしながら語り掛けた。
「あーもう。俺は口が悪いんだよ。悪気があって人形だなんて言ったんじゃないよ」
「それはわかっているわよ……」
ヴァルクは周囲を見渡した。そこにはいくつかの機械があり、今もせわしなく動いている。
「……ここで動いてくれてる機械は、全部先祖が残してくれた。俺らは整備の方法はおろか、修理方法なんて分からないよ」
「え、じゃあ壊れたらどうしているの?」
「壊れた機械は、村の外れにある墓場で眠ってもらっているよ。整備はそれでもたまに、ラウルさんがしてくれたけど……」
「そう……」
ヴァルクは重そうに木箱を下ろすと、その中のジャガイモを手に取った。
「これはジャガイモでしょ。これは人参。で、これらは野菜。俺はラダの子で人間、おねーさんは人造人間だけど、人でしょ。俺、説明苦手なんだよ。頭悪いからな」
「君の気持ちは伝わったわ。ありがとう」
「ん」
ヴァルクは恥ずかしそうに、再び木箱を持ち上げようと手をかけた。その反対側に回ったマリアも、手をかける。
「重たいんでしょ? 手伝うわ」
「……ありがとう。で、でも、俺ら料理まだできないんだ。ゆでるだけならいいけど、危ないからって包丁とか握らせてもらってなくて。皮引きの道具がやっとなんだけど」
「私も料理はそこまで自信ないわ。ティナの方がずっと上手い」
「ティナさん、怪我してるんだっけ。アドニスさんも人が悪いよな。完治させないんだもんな。食事だけは船の設備でも、限界があるんだ」
「十分凄いわよ。でも、私が気になるのは魔法かな。転移させたり、怪我を治したり。……君たちも使えるの?」
その言葉に、ヴァルクは首を横に振った。その動きに合わせ、木箱が揺れる。
「それは出来ないよ。生まれ持った属性が合わないからね。あれは水とか地を持ってないと使えない。俺は風だから、風魔法ならちょっとは……」
「魔法かあ。一気にファンタジーね。私も使えたらいいのに」
微笑むマリアに、ヴァルクは考え込むと頷いた。何か提案があるようだ。
「おねーさんの属性は、多分。火が強くて、それから風も割とあるから、ちょっとは使えるんじゃないかなとは思う」
「ええ! 私にも、属性があるの!?」
「わわ。しっかり持ってよ」
マリアが木箱を揺らしたため、ジャガイモがタイルの上を転がっていった。
「ご、ごめん。だってびっくりしちゃって」
「俺は人造人間にも属性があることに驚いたかな。機械なら大体が無属性だよ」
「それは、私が人間を使って作られたからかも……」
「ふーん。そういうものなのか」
思わず事実を話してしまったが、ヴァルクは気にも留めていない様子だった。
そうこうしているうちに、二人は台所に到着し、木箱をゆっくり降ろした。
「……機械人形にも属性はないんだよ。ラウルさんもないし」
「そういえば、ラウルもここには来ていたのね」
「ごくごく稀にね。ラウルさんはスパイやってるから、滅多に来なかったよ。来たとしても、レンに会いに来るくらいだったかな」
「思ったんだけど。ラウルって、レンが好きなの……?」
一瞬だけ、ヴァルクの手が止まった。そのままマリアを見据えると、ジャガイモを持ったまま話した。
「そりゃーね。皇子のアルブレヒト様に仕えていた時代から好きだったって聞いてるよ」
「……それ、私が聞いていい話だった?」
「いいんじゃない。ラウルさん隠しごと下手だし、今更隠す気ないでしょ」
ヴァルクはジャガイモを更に手に取ると、その泥を指で払った。
マリアは野菜を流し台まで運ぶと、蛇口ではなくボタンを押した。水は透き通っており、冷たかった。
「ふふふ。ヴァルクも、レンの事が好きなのね」
「なんで、そうなるかなあ。安直だよ。ジジじゃあるまいし」
「ふふふ」
「で。誰が料理するんだよ?」
「あっ」
ちゃんぷんと音を立て、水が跳ねた。




