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暁の芽吹 -レスティン・フェレスⅠ  作者: Ruri Lesewolf
Episode37「変わらないもの」
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㊲-1 朝の瞬き

 その光景は、この世のものとは思えぬほど、美しいと評されるであろう。

 青い水面は波紋を、そして泡は螺旋状に渦を描く。それが、セシュールの隠れ里にとっての空だ。

 空から注ぐ金色の光は、荒れ果てた大地を淡く照らしていた。


 アルビノの少女フリージアは朝日が見えないものかと、苔の生えた岩場から天井に映る空——ボーデン湖の底を眺めていた。


「見えない……」

「だから言ったじゃん。朝日はここからじゃ見えないよ」


 ヴァルクという少年がフリージアをからかうように冷たくあしらった。フリージアはむくれるとヴァルクを睨みつけた。


「見えなくても構いません。朝日の下で祈れたらそれでいいので」


 フリージアは朝日を思い浮かべ、手を組んだまま祈りを捧げだした。

 足場が悪かったのか、フリージアはよろけると、ヴァルクに体を支えられた。


「わわ」

「眼を閉じると、方向感覚がおかしくなるって、レンが言ってたよ」


 ヴァルクの言葉に、フリージアは黙り込んだ。


「……レンって呼びにくいのか?」

「うん。私にとっては、ティニア様だから……」

「ふうん。本人が嫌がってる名前で呼びたいなら、仕方ないけど」

「違うもん」


 フリージアは更にムッとした表情を浮かべると、ヴァルクを睨みつけた。頬をふくらませた表情は愛らしく、怒っているようには感じられない。


「違うって何が?」

「あたしは、ティナおねえちゃんの前世の名を呼んでいるのではありません。ティニア様を呼んでるから、ティニア様なの」

「ええ? ティナって人の前世がティニアなんだから、ティニアって呼べばティナの前世のことだろ?」

「違います!」


 フリージアは更に頬を膨らませる。


「ティニア様だから、ティニア様なの!」

「なんだよ、あだ名みたいなものか?」

「違うのに……。ティニア様はティニア様だもん……」


 フリージアの瞳は煌めきを増した。ヴァルクは慌てて少女を宥めだした。


「うわ、悪かったよ。あんたにとって、レンはティニア様なんだろ」

「……分かっているなら、どうして意地悪を言うのですか? ひどいよ、ヴァルクくん」

「わ、悪かったって。だから泣くなよ」

「泣いてません……」

「あんた泣かせたなんて知られたら、アルベルトさんになんて言われるか……」


 フリージアは溢れ出そうになる涙を拭った。


「それはアルお兄ちゃんが、皇子だから? それとも、竜だから?」

「そういうわけじゃないよ。ご先祖様は緋竜様を慕って地球を目指した、帰還組なんだ。先祖が信じた人の生まれ変わりを卑下に扱ったら罰が当たるよ」

「罰……」

「昨日話してただろ? 俺たちは、すんげえ昔にレスティン・フェレスからやってきた奴らの末裔だからな」

「……ヴァルクくんが、アルお兄ちゃんを慕ってるわけではないのですね」

「先祖はそうでも、俺はまだ知り合ってそんなに経ってないからな」


 ヴァルクはそう言うと、突然黙り込んだ。何かに気付いたように、何度も頷いた。


「ああそうか。あんたがティニア様っていうのと、そんなに変わらないんだな」

「え?」


 フリージアは首を傾げた。


「自分にとって、どういう存在かってことなんじゃないのか? あんたにとって、レンはティニア様なんだ。単なる呼び方じゃないってことだろ」

「はい、そうです」

「なるほどなあ。それなら俺にも分かるよ。俺にとっては緋竜アルブレヒト様じゃなくて、ただのアルベルトさんだしな」

「ただのアルベルト……」

「だってそうだろ? レンを困らせてただけにも見えるしな」

「ただのアルベルト…………」

「な、なんだよ。怒ってんのか?」


 フリージアは思わず噴き出した。ヴァルクにとって初めて見る笑い顔だった。


「泣いてると思ったら笑いだすし、何なんだよお前!」

「……面白くて。ごめんね、ふふふ」

「何が面白いんだよ。忙しい奴だな」

「ただのアルおにいちゃん、ぷはは!」

「そんな面白いかなあ」


 ずっと笑っているフリージアに釣られ、ヴァルクもついに笑い出してしまった。


「俺らにとっては、竜だの皇子だの言われても、アルベルトさんはただのアルベルトさんじゃん!」

「ほんとね! アルおにいちゃんにそう言ってくるよ」

「言えるもんなら……、え? ちょっと待って! それはやめてくれよ!」


 フリージアは涙を流しながら笑った。


「身体、支えてくれてありがとう! ヴァルクくん!」

「ああ、うん……」


 フリージアは手を振りながら、船へと戻っていった。

 一人残されたヴァルクは、首を横に振った。


「何なんだよ! あいつ、可愛く笑うじゃん!」


 少年はうな垂れると、大きなため息をついた。そして、ボーデン湖の底である天井を見つめた。


「レンは今頃、どうしているんだろうな……」

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