㊱-4 秘められた想い②
アルベルトを真っ直ぐに見据え直したレオンは、哀しい笑みを浮かべた。
「アル、君に話そう。全てを——」
大きく息を吸ったレオンに、ティナが付き添い、背中を摩った。二人は今も夫婦のようだ。
「僕はその時代で、初めて君に出会った。君はアルブレヒト・フォン・ルギリアという名で、ルギリア帝国の第一皇子だった」
「ルギリア……帝国…………」
「……君は、そこで、無感情病を患っていた母を持っていた。名をシャルロッテ・フォン・ルギリア」
「シャルロッテ……」
「無感情病の母に代わり、幼い君にはシッターという専門の機械人形がついた。彼女の名は……」
レオンは言葉を飲み込んでしまった。
レオンに代わるように、ティナはアルベルトを真っ直ぐ見据えた。アルベルトは、その瞳に見覚えを感じた。
アルベルトの脳裏では、ティナと思しき女性が現れては消えていった。
レンによく似ているが、まるで性格が違う。笑い方も、癖も。
彼女は、ティナによく似ていた——。
そして、その言葉は喉からすんなりと出てきた。
「ティニア・ボレード……?」
アルベルトのその言葉に、ティナは哀しそうに笑った。
「アルブレヒト様……」
「どうして……? ティニア・ボレードって……」
「お兄ちゃん……。大丈夫?」
アルベルトの瞳が、淡く赤く光り出した。
アルベルトの前には、見覚えのない風景が広がっていた。
……………………。
——そこは庭園。多くの花が咲き乱れる緑と鮮やかな花たちの庭園。
——母の名をとったシャルロッテ庭園は、花を愛する彼女を一心に愛する父が作った、美しい庭園。
——庭園に咲き乱れる花々は、全てティニアたちが植えたもの。
——ティニアは復活させた古の技術を持った初期型の機械人形だった。
——ティニアはよく母の好きな白いフリージアを摘みに庭園へ赴いていた。
——しかし、ティニアの色彩感覚では黄色いフリージアもまた、白いフリージアとして認識してしまい、そして。
——「アルブレヒト様、こちらは白いフリージアでしょうか?」
——そう言って、ティニアはいつも微笑んでいた。
アルベルトは顔を上げると、ティナを見上げた。
「そうか、ティニア。君は俺の家族の代わりで、母の代わり…………」
「ああ、アルブレヒト様……」
「そうか。レオン、君は。……ゲオルクは、俺の唯一の親友……」
頭を抱えたアルベルトは震えだした。
レオンとティナは、アルベルトの下へ駆け寄った。
「アルブレヒト様……」
「アル……! 記憶が戻っているのか……?」
……………………。
——アルブレヒトの周りには皇子として媚びを売ろうとする卑しい者たちで溢れていた。
——孤独だったアルブレヒトの前に、一風変わった男が現れた。男の名はゲオルク。レオンの前世だ。
全てが上手くいっていた筈だった。
しかし、終わりは突然訪れた。
「……機械人形たちへの人権を求める勢力が現れた。そして、戦争が起こった……」
アルベルトの言葉は、絶望で満ちていた。
——戦争。
その言葉だけで、空間が震えるようだった。
「機械人形たちへ人権を求める勢力の旗印に、ゲオルクが立てられてしまったんだ。ゲオルクは、あいつは望んじゃいなかったのに——!」
レオンは奥歯を噛み締めながら、アルベルトの手を取った。
「……全ての元凶は、昔から燻ぶっていた。古の時代の技術によって作られた、機械人形たちへの人権問題だ。大学でその主張を論文で発表していた僕に、白羽の矢を立てた」
レオンは続けた。
「僕は戦争を回避するために、機械人形人権勢力と共に行動し、アルブレヒトに情報を流していた。ところが、情報を流していることが、奴らに見つかってしまった……」
「なんですって!?」
「家族を人質に取られてしまった僕は、ティニアを捕獲するように言われた。そして、僕は講堂に彼女を呼び出した……」
講堂という言葉に激しく反応したアルベルトは震えだした。その震えを噛みしめながら、レオンは続けた。
「ティニアのセキュリティレベルは常時最大値だった。だが、軍の監視を欺くために、ティニアはセキュリティレベルを下げていた。そこを狙われた」
ティナが苦しそうに眼を閉じた。
「ティニアにはウイルスが仕込まれた」
「ウイルス?」
「ウイルスとは、機械人形に宿る病のことで、一度発症すれば治ることのない不治の病だ。ティニアはもがき苦しみながら四散しました」
ティナは静かに頷いた。
ティナが決して語ろうとはしなかった真実の悍ましさに、マリアは震えあがった。
「奴らの目的は、ティニアの破壊ではなかった。最初からアルブレヒト、君でした」
ティナは目を閉じたまま。それが状況の悲惨さを語るには充分であった。
アドニスは知っていたのか、無言でその話を聞きながら、不敵な笑みを浮かべる。
「アルブレヒトは講堂へ駆けつけ、僕の生存を喜んでくれた。しかし、君はティニアが居ない事に狼狽えた。そして、ティニアが何も残さずに四散したことを認められなかった君は……。絶望した君は、暴走してしまった」
「ぼう、そう……?」
アルベルトの呟くように零れ落ちた言葉。それに覚えがあるのか俯き、震えだした。フリージアはアルベルトから数歩下がり、怯えたようにアルベルトを見上げる。
「君は古の時代、前世で赤き緋竜だった」
レオンが戯言など言わないことを、アルベルトはよく理解していた。
だが、アルベルトはレオンの言葉を上手く飲み込めなかった。
そんなことがあるだろうか、と。
「——俺が、竜…………?」
「レスティン・フェレスにおける伝説の守護竜・緋竜。それが君の正体だ、アル……」
「そんな……」
「君は力を暴走させ、講堂だけでなく近くの庭園も火の海にしてしまった。そこへ現れたのが、……レンだった」
「…………あ、ああ……」
炎に包まれていく講堂、そして花の咲き乱れていた庭園。
尚も暴走し、火を吹き続けた。
現れたのは、風だった。
舞い上がる炎を打ち消すように。
風を纏って現れたのが、レンだった——。




