㊱-3 秘められた想い①
マリアは、フリージアとヴァルクの持つ懐中時計を交互に見つめた。
懐中時計には、何かの生き物が描かれている。
フリージアの持つ懐中時計と、ヴァルクの持つ懐中時計の絵柄は同じように見えた。
かつてのレンも、二つの懐中時計を手にしていた。
どちらも間違いなく、レンの持っていた懐中時計だ。
コルネリアはヴァルクの後ろからおずおずと歩み出ると、不安そうに言った。
「レンお母さん、僕が寂しがるからって、お守りの懐中時計を僕に持たせたんです。そのせいで、記憶の上書きが進んじゃったのかもしれなくて……」
コルネリアの説明に、マリアは目を逸らした。
アルビノの少年レンの言葉が、マリアの耳にずっと残っていた。血を吹き出しながらも、彼は言った。
——生きて。
マリアは目を閉じた。
レンは再会を願い、船に乗るアルベルトの前世を見送った。
既に命を落としていたと知り、再会を願う日々へと戻ってしまった。
そして、ポツダムで出会ったアルベルトとの再会。
覆らぬ廃棄処分の決定。
レンはそれでも、目的であるヴェルローラの破壊を諦めなかった。
全てを抱えた上で、レンはアウローラの拠点を襲撃した。アルビノのレンは、命を達観していた。それは変えることの出来ない、たった一つの命の尊さを知っていたからだろう。
少なくとも、ポツダムで再会したレンはアルベルトに対して友好的だったように思えた。だが、何処か引っかかる。
何故なら、シュタイン・アム・ラインの町でアルベルトと再会した際のレンは、普通ではなかったからだ。
「でも……」
「でも……?」
マリアの言葉に、フリージアが反応した。
「レンは最初……、凄く怯えていたの。その……、泣いていたくらいだし」
「——泣いていた……?」
アルベルトは何も知らなかった筈だ。
レンが青ざめ、恐怖に震えあがっていたことを。
「今となっては、どうして泣いていたのか分からないわ。その、会えたことに感動していたようには見えなかったの……。そんなに長らく待ち続けた貴方に再会できたのに……」
「ティ……。レン様は、アルお兄ちゃんに会うのが怖かったのでしょうか……」
「何百年も待ち続けていた相手なのよ? そんなわけ——」
「……レン様は、ティニア様になってました。だから、その姿でアルベルトお兄ちゃんと仲良くしたくなかったのではないでしょうか?」
「……確かに、偽りの姿で再会したくなかったのかな。それにしたって、レンの反応には疑問が残るわ……」
発言に対し、アドニスの表情が硬くなったのを、マリアは見逃さなかった。
マリアはアルベルトに、もう一度手を差し伸べた。アルベルトはその手を掴むと、ゆっくりと起き上がった。
「……お前も全部知ってるわけじゃないんだな」
「私は聞いた話でしか知らないし、レンから直接聞いたわけじゃないのよ」
今のアルベルトの心情が何なのか、マリアには分からない。
傷つき、冷静ではなくなることが正しくないことは分かった。
分からないまま、モヤモヤした状態が続くことは、不安しか呼ばない。
今一番不安なのは、アルベルトに掛かっているというロックだ。詳細は不明だが、魂に亀裂が入るということは避けなくてはならないだろう。
マリアはレオンへ視線を送った。今のレオンなら、何か話してくれるかもしれない。
「ねえ、アルベルトに掛かっている封印って、鍵みたいなもの?」
「そうですね……。アルブレヒトの魂に入っている情報を、無理やり抜き出そうとしたのでしょう。記憶とは、その全てが情報ですから」
「……それ、外せないのかな?」
マリアの言葉に、レオンは首を横に振った。
「自分で掛けた封印ですから、自分で解除することは可能でしょう」
「だったら、その封印ってやつを解いたらいいって話じゃないの?」
「……それは…………」
レオンが言い淀むと、アルベルトに寄り添っていたフリージアが顔を上げた。
「でも、危険なんですよね?」
フリージアのその言葉に、レオンは頷いた。
「……正直に言うと、分かりません。何が起こるのかが分からない以上、危険であることに変わりありません。ですが、少しずつ、記憶に触れていくのであれば——」
「……レオン」
「何ですか、アル」
「お前は何を知っているんだ……。俺の事も、あいつの事も……」
アルベルトの言葉に、レオンは静かに目を閉じた。
「ゲオルク。いいえ、レオン。私が傍についていますから」
ティナはそう言うと、レオンに寄り添った。
強く頷いたレオンは、真っ直ぐにアルベルトを見据えた。
「その前に、君がどういう存在であったのかを説明した方がいいかもしれません」
「……話してくれ」
アルベルトはそう言ったが、まるで溜息のような言葉だった。
自棄になっているのかもしれない。
「……僕は、レスティン・フェレスでティナさんの前世、詩阿と出会いました。ですが、これから話すのは……。更に一つ前の前世の話です」
「更に一つ前の前世……?」
「そうです。それが、君がアルブレヒトと呼ばれていた頃です」
レオンは天井を見つめた。
青い光が差す水面は、ぶくぶくと泡を吐いていた。




