㊱-2 螺旋していく運命②
——その銀の。見せろよ。
——なんだよ。昔の男からもらったものか。
——なんだそんなもの、くだらない。
レンは懐中時計を大切そうに、慈しむように眺めていた。嫉妬と焦りから、アルベルトは暴言を吐いてしまった。
その懐中時計を贈ったのは、前世の自分自身——。
アルベルトの脳裏を、自らの発言が反響していった。
ティナ、そしてレオンは俯き、マリアも口を歪めた。
恐らくアドニスの話を知っているであろうヴァルクとコルネリアも、思い詰めるように俯いてしまった。
マリアは、レンの持っていた対の懐中時計を思い返した。
レンは御伽噺だの、物語だのと言い、よく昔の話をしていた。大切そうに語っていたのは、きっとアスカニア家の人たちのことだろう。
それらを語っている最中、レンがずっと抱きしめていたのは、懐中時計だった。
あの時のレンは、まだ記憶を持っていた。
大切な友人であるアルブレヒトとの想い出。
話してもらえなかったのではないだろう。話せなかったように感じられた。
想い出を語れないほどの、深い悲しみ——。
その想いは計り知れないだろう。
さらにアドニスは吠えた。
「レン様はそれでも地球で、アルブレヒトの痕跡を探しながら、アスカニア家と共に地球で生きてきた。君にいつか会えると信じていたのですよ!」
「アドニスさん……」
呼び掛けたマリアに対し、アドニスは胸に手を当てた。
「いいですか? 既にレン様は五百年以上も待っていたのですよ? 奇跡を願い続ける日々が、永遠に続き、いつ終わるかも分からない。それなのに、レン様はずっと待ち続けていたのです」
レンの待ち続ける日々。
それは、永遠に続くかもしれない途方もない年月。
奇跡を願い続けていた彼女は、自らの事を忘れ、他人の記憶を上書きされ、それでも尚もアルベルトと共に生きようとしていた。
マリアの胸では、限界を感じるほどの痛みが走っていた。
そんなマリアを見上げていたヴァルクは、口を開いた。
「……地球へ降り立ったレンは、アスカニア家の庇護下にある、ハルツ山脈のふもとにあった町へ向かいました。そこでセシュールという国の部族民たちに出会いました。それがレスティン・フェレスを発ったタウ族であり、ラダ族の末裔たち。つまり僕らの祖先です」
ヴァルクの言葉に、コルネリアも頷いた。
ヴァルクは更に一歩足を踏み出すと、アルベルトを見据えた。
「レンはアルベルトさんの前世の最期を、オットー・フォン・バレンシュテット様から伝え聞いたそうです。その時、オットー様の息子——アルブレヒト熊公が傍らにいたと。船はハルツ山脈に隠されたまま、長らく放置されていたそうです。レンは船をボーデン湖の地下、つまりこの里へ移し、多くの人々を匿いました」
アルベルトは一瞬、天井を見上げた。
レンが作り出したという空間を、改めて見たのだろうか。
マリアは胸が苦しくなった。ヴァルクは更に続けた。
「アスカニア家はレスティン・フェレスの技術に興味を示さなかった。手を出さなかったのは、その技術が破滅に繋がることを悟っていたからでしょう。彼らは正しき選択をしてくださいました……」
アルベルトは手を貸そうとしたフリージアに目もくれず、奥歯に力を入れると無理やり立ち上がった。
その時だった。
アルベルトの心臓が跳ねるように、一際強く鼓動した。
アルベルトの瞳が赤く染まっていった。
慌てて駆け寄ったフリージアの手を、アルベルトはとらなかった。
「お兄ちゃん……?」
アルベルトの耳に入る音の全てに、雑音が掛かっていた。
目に映るものが、紫や黒に見え、色は反転していた。
シュタイン・アム・ラインの町でレンに出会うまでに見えていた、色褪せた世界。
人を騙し、命を奪ってきた戦争の世界が、目の前に広がっていくようだった。
「アルベルト、しっかり!」
駆け寄ったマリアの手を、アルベルトは振り払った。
——ドクン。
心臓が跳ね上がる。
暗闇が目の前を支配し、無音の空間が広がる。
黒一色の世界では、大きな月だけが天高く昇っていた——。
アルベルトの視界が開けた時、里の天井はオーロラのような美しい波紋を映し出し、不気味に大地を照らしていた。
「気を失うには、まだ早いのでは?」
「アドニスさん……!」
「マリア、君も中途半端は嫌いだったのでは? 今の彼に必要なのは、真実ではありませんか」
「ッ……」
怯えたように俯いていたヴァルクは、ポケットから銀の懐中時計を取り出した。それを見たフリージアは慌ててポケットに触れた。
「……アドニスさんの話は本当だよ。……懐中時計は二つあります。そう、君が持っているものと——」
フリージアは懐中時計を取り出した。
フリージアの持つ懐中時計は、大きな傷が入っている。
「俺の持っている懐中時計は、レンの懐中時計になります」
ヴァルクが差し出した懐中時計は、細かな傷が目立っていた。それでもレンが丁寧に扱っていたのだろう。錆びることなく、磨かれているように見えた。
「じゃあ、これは……」
フリージアは手に持つ懐中時計を見つめ、一つの大きな傷跡を指で撫でた。
ヴァルクは強く頷いた。ヴァルクの陰に隠れていたコルネリアも、何度も頷いた。
「……アルベルトさんの前世が持っていた、懐中時計です」
フリージアは目を丸くした。




