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暁の芽吹 -レスティン・フェレスⅠ  作者: Ruri Lesewolf
Episode36「それが君の真実」
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㊱-1 螺旋していく運命①

 それは、夢か幻か——。


 沈黙は長く感じられた。

 ボコボコと立ち上る泡の音が空から零れ、張り詰めた緊張感が空間を満たしていた。

 注がれる光によって、様々な色をしたボーデン湖の底。

 今が夜なのか、昼なのかも分からない。

 

 天井を見上げたアドニスは、大きな溜息をついた。


「君はレスティン・フェレスで転生を繰り返しながら、長い時を生きていた。そしてある時、とある目的のために、地球へとやって来たのです」

「——俺、が……? いや、そんな筈……。俺は、何も知らない……」


 擦れた声。

 その反応を見るや、アドニスは大袈裟に首を横に振ると、不気味な笑みを浮かべた。


「レスティン・フェレスは悲劇の星。遠く遠い、異世界です。魔法が当たり前の世界であり、そして高度な機械技術が存在していた——」

「待ってよ! アルベルトは何も知らないって言ってるじゃない!」

「……君は、本当に何も覚えていないのですか? 本(・)当(・)に? 紫の空を覚えているのに——」

「いい加減にしてくれ!」


 叫んだのはレオンだった。

 レオンはティナの支えを得ながら、アドニスとアルベルトの間へと割って入った。

 

「アドニスさん……。アルに記憶がないのは、記憶を封印したからではありませんか……?」

「ええ、そうでしょうね」

「無理やり記憶を引っ張り出そうとすれば、魂に亀裂が走ることになる。そうなってしまったら、アルの命がどうなるか……!」

「ははは。彼の魂は、そんな柔ではありませんよ」


 レオンの言葉の半分も理解できなかったマリアだったが、言葉の節々から危険であることが推察できた。

 レオンの言動からは、彼自身も当事者のように感じられた。


「それでは時間がないのでは? ゲオルクとしての君も、分かっている筈です」

「そ、それは……」

「……なあ、レオン。俺は真実が知りたい。あいつのことも、自分のことも……。俺が一体何だと言うんだ……?」


 アルベルトの発言を聞き、アドニスは笑った。

 レオンは奥歯を噛み締めると、アルベルトに振り返った。


「……アル。君に何かあれば……」

「俺は大丈夫だ。レオンの分かる範囲で構わない。教えてくれ。俺は何なんだ」


 レオンは一拍置くと、避けていたアルベルトと視線を合わせた。


「——君の名はアルブレヒト。それが、君の前世での名です」


 ——アルブレヒト。

 

 その言葉を聞き、アルベルトは身体を強張らせた。 


 有り触れた呼び名で、少し古風なだけだ。

 何も初めて聞く名では無い。


 記憶を混濁させたレンも、『アルブレヒト様』と呼んでいた。


 アルベルトの脳裏では、色の反転した映像が駆け巡っていた。

 それぞれが一瞬で映し出されては消えていく。


 アルブレヒトという名は、まるで、昔から呼ばれていたかのように、アルベルトの心へと沈んだ。


 途端にアルベルトの力が抜け、足にしがみ付くフリージアごと、その場に崩れ落ちた。


 レンは、アルベルトがアルブレヒトだと、最初から気付いていたのだろうか。

 アルブレヒトという名も、彼がレスティン・フェレスから来たことも。


 マリアはミランダ達から聞いた話を思い返していた。

 もし、アドニスの話と整合するのであれば——。


 紫の空は、レスティン・フェレスの世界の象徴なのだろう。

 そのレスティン・フェレスから、船が発った。船にはタウ族たちだけではなく、レンの想い人を乗せていたという。

 想い人は地球で亡くなり、レンはそれを知らずに待ち続けていた。


 ——想い人。


 そんなにも思い焦がれる存在と再会できたのであれば、レンの反応には違和感がある。


「レンだって、何も言わなかったじゃない……」


 マリアはそう呟いた。

 アドニスはアルベルトを見下ろしたまま、視線だけをマリアへ向けた。


「人形であろうがなかろうが、ずっと共に暮らしてきた貴女には分かるでしょう? 途方もなく長い時を孤独に過ごし、アルブレヒトとの再会を待ち続けていたのですよ!」

「……ッ! レンの想い人がアルベルトだったなんて、知らなかったのよ……! アルベルトだって、知らなかったことでしょう?」 

「想い人? 何を勘違いしているのですか。レン様にとって、アルブレヒトは親友なのですよ?」


 アドニスは、アルベルトを怪訝そうに見下ろした。

 

「レン様が大切にしている懐中時計……。あれは何だと思いますか?」


 嫌な予感がした。

 フリージアは手に持つ懐中時計を握りしめた。


「あの懐中時計は、対になっています。アルブレヒトが二つ作り、その内の一つをレン様へ贈ったものです。あれは、友情の証なのですよ」

「な……ッ!?」

「……アルベルト。君は何て言いました? レン様が持つ銀の懐中時計を前に!」


 アルベルトの顔から、血の気が引いていった。

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