㉟-4 正体
「ヴァルクとコルネリアの祖先がいた遠い世界って、まさか——」
マリアの言葉に、ヴァルクとコルネリアは顔を上げた。
「はい。レスティン・フェレスです」
答えたヴァルクの言葉を、アルベルトは繰り返した。
「——レスティン・フェレス……? その名、どこかで……」
アルベルトの脳裏には、レンの読んでいた本が思い浮かんでいた。
本のタイトルは『レスティン・フェレスの狐は、どうして一匹なのか』、そう書かれていた。
著者と思しき名は、『ヴァルク・ラダ』だ。
何故、気付けなかったのか——。
あの本を書いたのは、目の前にいるヴァルクのことだろう。
だが、アルベルトの胸に引っ掛かるのは、その事ではない。
アルベルトが口を開いた、まさにその瞬間。
突如、乾いた拍手の音が聞こえてきた。
しゃがみ込んだままのコルネリアの後ろから、その男は現れた。
アドニスだ。
ニヤニヤと笑いながら、アドニスは両手を天へと掲げた。
「成程成程。そこまで来ていましたか。そろそろ私めの説明をいきましょうかぁ?」
フリージアは、アルベルトと抱き抱えているマリアを守ろうと、前へ立った。
「え? 待ってよ、ティナとレオンが……」
「それは、悲しき御伽噺。それが、レン様の史実。信じたくなければそこまでです」
アドニスは紳士のように細めのまま胸へ手を当て、丁寧にお辞儀して見せた。それはまるで道化のようだ。気味が悪いほどに笑んでいる。
「地球から遠く離れた星の名、そうです! その星がレスティン・フェレス! ヴァルクやコルネリアの先祖が発った星であり、レン様が住んでいた星だ!」
「なんだと——」
アドニスはマリア達を無視するかのように、語りだした。
「レン様はレスティン・フェレスを飛び立ち、西暦1105年の地球へ降り立った。レン様は精霊に近い存在です。長い時を過ごしていた彼女は、一度寿命を迎えます」
「……1882年のこと?」
アドニスは瞳だけをマリアへじろりと向けた。
「はい。ですが、そのまま死んでいるわけには参りませんでした。レスティン・フェレスの技術が、宗教団体・ヴェルローラに漏れていたのですから! レン様は情報の流出を止めるために、人柱として彼らへ売られました。それが、1920年のことです!」
道化のように、アドニスは手を掲げた。
マリアは呆然としながらも、呟くように言った。
「……その後で1936年にレンは廃棄処分され、ティニアとなった——」
「そうです。まさにレスティン・フェレスの悲劇と呼ぶにふさわしい!」
アドニスは喜劇のように、声を上げた。
言い淀むマリア達の背後で、土を踏む音が聞こえた。慌てて振り返ると、そこにはレオンとティナが支え合いながら立っていた。
「ティナ、先生……! 大丈夫なの!?」
マリアの問いかけに無言で頷くと、ティナは言葉を続けた。
「……レンにとって、レスティン・フェレスは悲劇ではありません。レンは勇気と誇りを持って、レスティン・フェレスから地球へと降り立ったのですから」
「ティナ……」
ティナは俯きながら語りだした。その表情には躊躇いが見えるものの、強固な決意が見て取れる。同じ子供であるヴァルク、そしてコルネリアはお互いの顔を見合わせると、フリージアを心配そうに見つめた。
「私の前世は、レスティン・フェレスで生きていました。そこでレオンの前世ゲオルクと出会いました……。私は彼の妻となり、地球へ向かうレンを見送ったのです」
ティナの支えで立っているレオンは、俯いたまま何も話さない。唇を噛んだまま、押し黙っているようにも見える。
アドニスはモノクルをかけ直すと、アルベルトを睨みつけた。
「レン様が地球に降り立つ五百年ほど昔のことです。レスティン・フェレスから、移民船が地球へ向けて出発しました。移民船の乗組員は、ヴァルクやコルネリアの祖先である、タウ族やラダ族と呼ばれる部族民が中心だった」
マリアは、ミランダやディートリヒたちと話していたことを思い返していた。彼らの話と合致する。
アドニスの話していることは、紛れもない事実なのだろう。
「その移民船を主導していたのが、レン様の友人だった。……片道二百年ほどの航路であるにも関わらず、友人はおろか、一人も帰って来なかった! 安否さえ不明のままだ! レン様は五百年も待っていたのに!」
レンはずっと待ち続けていた。
その事実を前に、アルベルトとフリージアは震えているように見えた。
「……移民船は、無事に地球へ降り立っていた。しかし、戻れぬ事情があり、地球から発つことが出来なかった。そして、レン様は遥々遠いレスティン・フェレスから地球へやって来たのです。……友人と、戻らぬ船の行方を捜しにね。そして降り立った地球で、アスカニア家の人々と出会ったのです!」
アルベルトは見るからに狼狽えた。フリージアは泣いているのか、浅い呼吸を繰り返していた。
話をある程度聞いていたマリアにとっても、アドニスの話は狂おしい。
「レン様は、ずっと待ち続けていた。別れがあるからこそ、再会は訪れる。再会を願うからこそ、奇跡は訪れる。もし、その奇跡だけを信じて待ち続ける日々が、永遠に続くのだとしたら——」
アドニスはマリア、そしてアルベルトへ視線を向けた。
「あなたは、耐えられますか? これは、再会を待ち望み、日々を懸命に生きるものたちの、尊い生きざま。 何を願い、何を祈り、何を秘めてきたのか。その永遠を経て、彼女の得たものとは——!?」
アドニスは早口で言い切ると、がっくりと項垂れた。
「レン様は言っていました。その友人の生まれ変わりに、ポツダムで出会ったのだと」
アルベルトを凝視した。その青い瞳が、アルベルトをえぐる。
「レン様はこう言っていました。“ああ、本当に友達は死んでいたんだ”と——」
「……待ってくれ」
アルベルトの声は擦れていた。
「……何かの間違いだろ? それじゃあまるで、俺が——」
呆然としているアルベルトを前に、アドニスは腹を抱えて俯いたまま震えていた。
アドニスは、笑っていたのだ。
ひとしきり笑うと、アドニスはゆらりと顔を起こした。
「……君がレスティン・フェレスから来ているからだ。アルベルト」
全ての音が、止まっているような気がした——。




