㉟-2 心内
身長の高い彼の背中は、広い。
だが、彼の気の落ちようは、想像を超えているだろう。
アルベルトは俯いたまま、船内を進んでいく。マリアは道順を覚えていないため、この方向で合っているのかは分からない。
「アルベルト……。あの——」
道は合っているのか。マリアはそう言葉を続けようとした。
「お前、よく平気だな」
「……え?」
「俺は気が気じゃない」
「……私だって、平気なんかじゃないわ。……平気に見せているだけよ」
思っているよりも、アルベルトに余裕はないようだった。
全ては彼女の安否を確認出来るまで、彼の心は休まらないであろう。
マリアでも分かることだ。今のアルベルトは、らしくない。
アルベルトは押し黙ったまま、通路を進んでいった。
後ろを歩くコルネリアが何も言わない為、道順は合っているのだろう。
道中、会話らしい会話はなかった。
話しかけなかったのではない。
アルベルトが何か考えを整理しているのではないかと考えたからだ。
一方、前を行くアルベルトは、自身の額に触れた。
頭が膨張するような、熱を帯びているような、微かな頭痛。そして耳鳴りが、アルベルトを襲っていた。
今、倒れるわけにはいかない。
アルベルトは奥歯に力を入れると、通路を右へと曲がった。
道順など覚えていなかった。ただ、身体がそちらへ動いた。
不思議な感覚だった。
前も、この通路を進んだことがあるようだった。
そんなわけがない。疲れているのだろう。
アルベルトは大きく息を吐いた。
通路を進んでいくと、大きなドアに辿り着いた。
ドアは自動で開き、先ほどいた広場が目に映った。
広場では、フリージアと里の少年ヴァルクが話し込んでいた。
アルベルトに気付いたフリージアは、すぐにこちらへ駆けてきた。しかし、フリージアはアルベルトの顔を見るなり立ち止まってしまった。
アルベルトは、フリージアが自身に怯えたのだと感じ、慌てて笑いかけた。
「フロウ……。何処も怪我はないんだな?」
「……あ、はい」
「何かあれば言ってくれ。何か起きてからでは、遅いからな……」
「はい……」
後ろで聞いていたマリアは、胸が掴まれたような気分だった。
アルベルトの言葉は、まるで自分に言い聞かせるようだったからだ。
「ねえ、……アドニスさんは?」
マリアの問いかけに答えたのは、ヴァルクだった。
「部屋で休んでいます。あのお喋り、放っておくといつまでも喋っていますからね。皆さんも、部屋で休まれては? あれでしたら、空き部屋に案内しますよ」
「私は大丈夫。……どちらかというと、動いてないと落ち着けないというか……」
「でしたら、里を少し案内しましょうか。しばらくここで生活するわけですし」
ヴァルクの言葉は、もうシュタイン・アム・ラインの町に戻れない事を指しているようだった。
マリアにとって、心配なのは花屋ぺラルゴのことだ。
ミランダにメアリーは、自分のことをどう思うだろうか。
ミランダなら、事情を察してくれているかもしれない。
本当に、もう戻れないのだろうか。
彼女は……、レンはもう戻って来ないのだろうか。
レンはここで何をして過ごしていたのだろうか。
ヴァルクとコルネリアの世話だけではないような気がした。
アルベルトがレンの知らない部分を垣間見ている今、レンの痕跡を巡ることは間違いだろうか。
もしかしたら、打開策が見つかるかもしれない。
淡い期待を胸に、マリアは答えた。
「そうね。案内してよ。……あんたたちはどうする?」
「アルお兄ちゃんが行くなら、あたしも行きます」
フリージアはそういうと、アルベルトの服の裾を掴んだ。
上の空だったアルベルトは、フリージアに気付くと、その白銀の髪に触れた。
時が止まったかのように、アルベルトは動きを止めた。
心配そうに見上げたフリージアに対して、アルベルトは何の反応も返さなかった。
途端に、アルベルトの顔が歪んだ。
「お兄ちゃん……?」
アルベルトは目を閉じた瞬間、急に頭を抱えて苦しみだした。
「お兄ちゃん!」
フリージアの声に気付いたマリアとヴァルク、そしてコルネリアは、慌ててアルベルトに駆け寄った。
「ちょっと、どうしたのよ!」
マリアは必死に呼びかけた。
アルベルトの顔はみるみる青ざめ、その場に崩れ落ちた。
マリアは、咄嗟にアルベルトの頭を抱えた。そのまま倒れてしまえば、無傷では済まないだろう。
しかし、アルベルトの重さに耐えきれず、マリアも一緒に崩れ落ちた。
「アルベルト!」
マリアの呼びかけにも応じず、アルベルトの額は汗が滲んでいた。
フリージアは声にならない叫び声を上げた。
ヴァルクは慌てて駆け寄り、立ち竦んでいたコルネリアは、力なくその場にしゃがみ込んだ。
「しっかりして、アルベルト!」
マリアは、尚もその名を呼び続けた。
暗闇を抜けたアルベルトの目の前には、紫がかった空、そして草原が広がっていた——。




