㉞-5 手のひらいっぱいの花びらを
押し黙ってしまった面々を見渡し、アドニスは大仰に肩をすくめてみせた。
「ま、最初はこんな所でしょうかね」
「……アドニスさんは、本当に全部知っていたのね」
「まあそうですねえ。僕はレン様の一番弟子ですから」
「一番弟子って、何……?」
マリアの問いかけに、アドニスはにんまりと笑った。その笑顔を不気味に思い、マリアは背筋が凍るような感覚を覚えた。
「レン様はこの世界で千年近く生きていた頃、魔女として生きていました。髪が銀髪であったことから、白銀の魔女と呼ばれていたのです」
「その話、聞いたことないわ……」
マリアはティナへ視線を送ったが、ティナも首を横に振る。
さらっとこの場で話すべき話ではないように感じられた。
アドニスは、どうしてこのタイミングでその話を出したのだろうか。
マリアはアドニスの話を思い返していた。
「この空間を作っているのは、とある方の魔法だって言ってたわね。もしかして、この空間もレンが……?」
「えぇえぇ。そうですよ。この隠れ里を作り出したのは、レン様です。あの時代は堂々と魔法を使えた時代ですからねえ。レン様は此処では暮らさずに、ドイツのハルツ山脈に屋敷を構えていました。今で言うと、ヴェルニゲローデの辺りでしょうか。そこで長らく隠居生活を送っていたんですよ。此処がどれほど閉鎖的だったかが分かるでしょう?」
アドニスは急に、二度ほど手を叩いた。
乾いたパンパンという音が、その空間に響き渡った。
それぞれ俯いていた者たちは、一瞬で顔を上げた。
「さて、話は一時此処までと致しましょう! 流石に僕も魔法を使って疲れ切っています。もうクタクタなんですよ。今日はこのまま休み、話の続きは明日にしましょう!」
「で、でも……」
マリアはアルベルトへ視線を送った。
アルベルトは思いつめた顔で、立ち尽くしていた。
「マリアさん」
「何? ヴァルク」
「今更ですけど、怪我人がいるんでしょう? 船に医務室がありますので、そこへ行けば治療が行えますよ」
「船?」
ヴァルクの後ろから、コルネリアが顔を覗かせた。
「僕、案内出来ます。ヴァルクは他の皆さんを居住区に連れて行ってよ」
「そうだな。設備は整っているから、手分けしようか」
コルネリアは、座り込んでいたレオンに手を差し伸べた。
「あの、立てますか?」
「あ、ああ。大丈夫です……」
「……レオン」
アルベルトの声だった。
「無理をするな。医務室ってところには、俺が連れていくよ。コルネリア、案内してくれ」
「は、はい……」
アルベルトは、レオンの手を掴んだ。レオンは俯いたままだったが、観念したように顔を上げた。
「アル……」
「レオン。話はちゃんと聞かせてもらう。だけど、今は怪我の治療に専念するんだ。ティナさんのことも、診てやってくれ」
「あ、ああ……」
レオンはアルベルトに体を支えられながら起き上がった。
それを黙ってみていたマリアも、ティナへ手を差し伸べた。
「ティナ、私……」
「私は大丈夫です。あれは、仕方のないことだったのです。あまり自分を責めないで下さい」
「でも私、貴女を撃ってしまったわ……。その、ごめんなさい」
マリアは頭を下げた。朱色の髪が、ふわりと跳ねた。
「顔を上げて、マリア……。本当に大丈夫ですから」
二人を怪訝な目で見ていたアドニスは、大袈裟に溜息をついた。
「はあ。二人とも、その辺にしておきなさい。マリアも、撃つ覚悟がないのなら、拳銃を持たないことです」
「そうね……。本当にそうだわ……」
マリアは、先ほど地べたに捨てた拳銃を見つめた。
重量感のある拳銃だ。
この拳銃で、本当に人を撃ってしまった。
それも、ずっと憧れていたティナを。
あれは幻なんかじゃない。夢でもない。現実だ。
マリアが、撃ったのだ。
思い詰めたマリアに対し、ティナは微笑みかけた。
「……マリア。私は貴女に、拳銃を持って欲しくないのです」
「ティナ……」
「そうだぞ、マリア」
レオンを支えながら、アルベルトが顔を向けた。
酷く疲れた顔をしていた。
「お前に、拳銃は似合わない」
「そう、かな……」
「お前の手は、花を扱うフローリストの手だろ。草花の命を輝かせる手だ」
「……うん。……ありがとう」
アルベルトは笑みを浮かべようとしているようだった。
ぎこちないその笑みからは、彼の気遣いが感じ取れた。
それぞれの親友を支え合いながら、四人はコルネリアの案内で、船にあるという医務室へ向かった。
そこで待ち受けるものは、未知の技術ばかりだった——。




