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暁の芽吹 -レスティン・フェレスⅠ  作者: Ruri Lesewolf
Episode34「紫雲英、拾ひ集む」
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㉞-5 手のひらいっぱいの花びらを

 押し黙ってしまった面々を見渡し、アドニスは大仰に肩をすくめてみせた。


「ま、最初はこんな所でしょうかね」

「……アドニスさんは、本当に全部知っていたのね」

「まあそうですねえ。僕はレン様の一番弟子ですから」

「一番弟子って、何……?」


 マリアの問いかけに、アドニスはにんまりと笑った。その笑顔を不気味に思い、マリアは背筋が凍るような感覚を覚えた。


「レン様はこの世界で千年近く生きていた頃、魔女として生きていました。髪が銀髪であったことから、白銀の魔女と呼ばれていたのです」

「その話、聞いたことないわ……」


 マリアはティナへ視線を送ったが、ティナも首を横に振る。

 さらっとこの場で話すべき話ではないように感じられた。


 アドニスは、どうしてこのタイミングでその話を出したのだろうか。

 マリアはアドニスの話を思い返していた。


「この空間を作っているのは、とある方の魔法だって言ってたわね。もしかして、この空間もレンが……?」

「えぇえぇ。そうですよ。この隠れ里を作り出したのは、レン様です。あの時代は堂々と魔法を使えた時代ですからねえ。レン様は此処では暮らさずに、ドイツのハルツ山脈に屋敷を構えていました。今で言うと、ヴェルニゲローデの辺りでしょうか。そこで長らく隠居生活を送っていたんですよ。此処がどれほど閉鎖的だったかが分かるでしょう?」


 アドニスは急に、二度ほど手を叩いた。

 乾いたパンパンという音が、その空間に響き渡った。

 それぞれ俯いていた者たちは、一瞬で顔を上げた。


「さて、話は一時此処までと致しましょう! 流石に僕も魔法を使って疲れ切っています。もうクタクタなんですよ。今日はこのまま休み、話の続きは明日にしましょう!」

「で、でも……」


 マリアはアルベルトへ視線を送った。

 アルベルトは思いつめた顔で、立ち尽くしていた。


「マリアさん」

「何? ヴァルク」

「今更ですけど、怪我人がいるんでしょう? 船に医務室がありますので、そこへ行けば治療が行えますよ」

「船?」


 ヴァルクの後ろから、コルネリアが顔を覗かせた。


「僕、案内出来ます。ヴァルクは他の皆さんを居住区に連れて行ってよ」

「そうだな。設備は整っているから、手分けしようか」


 コルネリアは、座り込んでいたレオンに手を差し伸べた。


「あの、立てますか?」

「あ、ああ。大丈夫です……」

「……レオン」


 アルベルトの声だった。


「無理をするな。医務室ってところには、俺が連れていくよ。コルネリア、案内してくれ」

「は、はい……」


 アルベルトは、レオンの手を掴んだ。レオンは俯いたままだったが、観念したように顔を上げた。


「アル……」

「レオン。話はちゃんと聞かせてもらう。だけど、今は怪我の治療に専念するんだ。ティナさんのことも、診てやってくれ」

「あ、ああ……」


 レオンはアルベルトに体を支えられながら起き上がった。

 それを黙ってみていたマリアも、ティナへ手を差し伸べた。


「ティナ、私……」

「私は大丈夫です。あれは、仕方のないことだったのです。あまり自分を責めないで下さい」

「でも私、貴女を撃ってしまったわ……。その、ごめんなさい」


 マリアは頭を下げた。朱色の髪が、ふわりと跳ねた。


「顔を上げて、マリア……。本当に大丈夫ですから」


 二人を怪訝な目で見ていたアドニスは、大袈裟に溜息をついた。


「はあ。二人とも、その辺にしておきなさい。マリアも、撃つ覚悟がないのなら、拳銃を持たないことです」

「そうね……。本当にそうだわ……」


 マリアは、先ほど地べたに捨てた拳銃を見つめた。

 重量感のある拳銃だ。

 この拳銃で、本当に人を撃ってしまった。

 それも、ずっと憧れていたティナを。


 あれは幻なんかじゃない。夢でもない。現実だ。

 マリアが、撃ったのだ。


 思い詰めたマリアに対し、ティナは微笑みかけた。


「……マリア。私は貴女に、拳銃を持って欲しくないのです」

「ティナ……」

「そうだぞ、マリア」


 レオンを支えながら、アルベルトが顔を向けた。

 酷く疲れた顔をしていた。


「お前に、拳銃は似合わない」

「そう、かな……」

「お前の手は、花を扱うフローリストの手だろ。草花の命を輝かせる手だ」

「……うん。……ありがとう」


 アルベルトは笑みを浮かべようとしているようだった。

 ぎこちないその笑みからは、彼の気遣いが感じ取れた。


 それぞれの親友を支え合いながら、四人はコルネリアの案内で、船にあるという医務室へ向かった。

 そこで待ち受けるものは、未知の技術ばかりだった——。

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