⓪-2 アウローラ
そこは、コンクリートだけが広がる宿舎のような建物だった。
窓など一つもないものの、閉所を感じるほど狭くもなかった。
自らの朱色の髪で遊んでいた少女ラーレは、注がれたティーカップに手を掛けた。
先程まで武術の訓練や、仕込みナイフの訓練で汗を流したため、喉が渇いていた。
「お茶を飲み終えたら、また銃を教えてね」
紅茶を嗜むラーレに対し、向かいに座っている女性——レイスは困ったように目を閉じた。
レイスは、ラーレが勝手に姉と慕っている女性だ。
彼女の金髪碧眼に憧れ、自分もそうであったらと何度も思ったほどだ。
レイスは深いため息を吐き出した。
「拳銃に慣れることが、今のラーレにとって正しいとは思えません」
「……大戦があったのは、私が生まれる前のことだけど、このご時世なら、戦う術はあったほうがいいじゃない」
「ご時世というほど、世間の情勢を知らないでしょう? 地理や歴史を学ぶ方が、貴女の為です。今日はドイツ史を学んでいきましょうか」
「私は、貴女と肩を並べたいのよ」
ラーレはティーカップを雑に置くと、再び毛先で遊び始めた。
ラーレが所属している組織は、アウローラと呼ばれている。
物心ついた時からここで暮らしているラーレにとって、レイスは憧れだった。
アウローラは戦災孤児や訳あって軍を抜けた人々で構成されている。
戦場に駆り出される傭兵団。ラーレはそう解釈していた。
そんな拠点の中の一室、レイスの部屋には必要最低限の物しか置かれていない。棚の上には拳銃を整備するための工具、そして写真立てがあった。
写真にはラーレとレイス、そして初老の男性が映っていた。男性は、二人が所属しているこの拠点の所長であった。
所長はもういない。
殺されたのだ。
撃った相手は、眼帯をしている男であったというが、噂の域を出ない。
父親のように接していた所長のいない今、尚のことレイスの存在は大きい。
自然と指に力が入り、ラーレは口元を歪ませた。
レイスは、写真立てを手に取った。
「部屋に持って行って下さい」
レイスの凄いところは、ラーレの考えを予測してしまうことだ。何でも言い当ててしまう。
だが、ラーレは写真立てを受け取るつもりはなかった。
レイスの部屋の物が減る度に、ラーレの部屋は賑やかになっていった。それはラーレの望むことでは無かった。
特に三人で映っている写真は、彼女に持っていて欲しかった。正直に申し出よう、ラーレがそう決めた時だった。
がしゃり。
写真立てが落下し、ガラスが砕け散った。
レイスは既に拳銃を構え、扉を施錠していた。
一瞬の出来事は、スローモーションのようにゆっくりだった。
けたたましいサイレンが鳴り響いたのは、そのすぐ後のことだった。




