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偽聖女として断罪されましたが、隣国で魔境の浄化につとめます!【9/27完結予定】  作者: 武州青嵐(さくら青嵐)


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45話 やり直しのウルバス

◇◇◇◇


 ウルバスは「せぇのっ!」と自分で気合を入れて、扉に体当たりする。

 ドンっと衝撃は肩から背中へ伝わってくるが、びくともしない。


(鍵だけじゃないな、これ)


 近衛兵たちは、マリア・リアの指示通り、ウルバスとアルテイシアをこの部屋に閉じ込め、修道院の香油とろうそくを使って火を放った。


 当初、火がつけられてもバルコニーから逃げ出せるともくろんでいたが、あろうことかそのバルコニーに通じる壁に火をつけられた。


 カーテンが激しく燃え、窓枠に火がつき、壁紙を炎が舐める。


 剣で脅され、それを黙って眺めるしかなかったが、近衛が立ち去った瞬間、ウルバスは扉にむかって駆けた。


 相変わらず手は拘束されている。

 扉を飛び蹴りした。


 最初の一撃では、扉がたわんだのだが「押さえろ!」「閉めろ!」と廊下側で近衛たちが必死になっている声が聞こえる。


 すぐに二撃目を蹴りつけたのだが、もう扉は動かなくなってしまった。


 扉に耳をつけるが、近衛の気配もしない。

 ということは、施錠して逃げたのだ。


 ウルバスはドアノブを集中的に蹴りつけ、ドアノブがもげた。

 それでも扉は動かない。


 閂でも仕掛けていきやがったかと、さっきから体当たりを繰り返すが、動きからみて、そうではない。


 はあ、と息をつく。

 吸い込んだ空気が熱い。煙臭い。


 振り返る。

 扉と向かいになるバルコニーに通じる観音扉。


 すでに赤で埋め尽くされている。


 気泡のように盛り上がる炎は、壁伝いに徐々に天井を飲み込み始めていた。


「取れた!」


 すぐそばで、場違いに明るい声が上がる。

 肩で息をしながら視線を向けた。

 向けて、ギョッとする。


「あんた、なにしてんの!」

 アリが両手を血まみれにしてガッツボーズをしていたのだ。


「両手が使えるほうがいいかと思いまして!」

 彼女がなにかを捨てる。硬質な音がし、炎の色を映して跳ねた。


(鏡?)


 とっさに、壁を見る。

 装飾用の鏡が一枚、割られていた。その破片で拘束されていた縄を切ったらしい。


 当然ナイフのように片刃ではないので、千切る途中で自分の腕も激しく怪我したに違いない。


「待っててください!」


 アリは言い、ウルバスに手を伸ばした。

 両手を拘束するロープに爪を立てた。

 揺すったり引っ張ったり。時に歯で噛みつく。


(……なんとか、この娘だけは助けなくちゃ)


 上部だけにとどまっていた白煙が、次第におりてくる。

 必死にウルバスの縄をほどこうとするアリも、幾度となくせき込んでいる。

 炎が床を侵食するのもすぐだ。


「とれた!」

 アリが声を上げる。そしてすぐにせき込んだ。


「ありがとう!」 


 ウルバスは腕を振って縄を放り出し、手早くベストを脱いだ。

 アリは両膝に手をつき、腰をかがめてせき込んでいる。熱いのだろう。ウルバスが渡した上着を脱ごうとするから、彼女の頭にベストをかぶせた。


「上着脱ぐな、火傷する! ベストもかぶってて!」


 ついで、シャツを雑に引っ張り出し、背中に手を回す。

 ベルトに挿していた短銃は近衛たちに没収されたが、裸にまでされて身体検査されたわけじゃない。腰と背中に密着させ、ベストで隠していた短銃の方には気づかれなかった。


「二度も火事で死ぬのはごめんだ!」


 ウルバスは片眼鏡をもぎ取り、トラウザーズのポケットにねじ込む。


 そして、短銃で扉の蝶番を撃つ。

 激しい音は、室内で火が爆ぜる音に消える。


 ウルバスは扉の下部を蹴りつけた。

 扉が一枚の板と化し、ゆっくりと室内に向けて倒れてくる。

 ウルバスはアリの手を掴んで引き寄せ、舌打ちした。


「余計なもん置きやがって!」


 扉が動かないはずだ。

 その向こうには、扉より大きな箪笥(チェスト)が立ちふさがっている。


「せーの、で体当たりしましょう!」


 アリが言う。 

 ウルバスはうなずき、「せーの!」と声をかけた。


 同時に肩から体当たりする。

 手ごたえがあった。

 目の前で箪笥が仰向けに倒れていく。


「やった!」


 アリが喜んだのもつかの間だ。

 盛大にむせる。

 ウルバスも肘で口元を覆った。


 二階廊下が煙っている。吸った空気に熱がある。

 修道院自体が燃えている。


「あいつら……!」


 ウルバスは奥歯を噛む。

 室内に火をつけただけじゃなく、修道院全体に火を放ったのだ。


(……結局、ぼくは火に飲まれて死ぬのか)


 天井を伝っていく白煙を眺め、そんなことを考えた。背後では、ごう、と炎が風を産む音がする。


 6年前のあのときのように。


(いや、でも今回はぼくひとりだ)


 あのときは、男爵が側にいた。

 女を奪われ、屋敷に火を放たれ……。

 ふたりとも、燃え盛る屋内で息絶えた。


(やっぱり、ぼくの選択は間違っていなかった)


 侯爵は『ミリオシア王に渡す』とあの日言った。


 6年前もそうだった。

 その女をミリオシア王に渡すのだ、と。


 だから、ウルバスは逆を張ったのだ。


 この女(アリ)を欲しがるもうひとりの男《王太子》へ、手渡したのだ。


(きっと男爵はこれで大丈夫。きっともう……)


 ほ、と息を吐く。

 途端に、熱い空気が肺まで入り、せき込んだ。


「こっちです、ウルバスさん!」


 仰向けに倒れた箪笥を踏みつけ、アリが廊下に出る。

 手を握っていたはずなのに、いつの間にか、彼女に手を握られていた。


「まだ2階まで火は回っていません! 窓だってあります! いまのうちです!」


 彼女の青い目に射すくめられた。

 頭からウルバスのベストをかぶり、ぶかぶかの上着を羽織り、その下は寝間着の彼女。


 だけどその瞳は高貴な宝石のようで。

 瞳の奥では「絶対に死なせない」と強い意志がきらめいている。


「レオハルトさまが来てくれています! 一緒に行くんです!」


 ああ、そうだ。

 ウルバスの口元に笑みが戻る。


 あの狙撃。

 近衛を撃った後、自分も撃たれるんじゃないかと思った。


「そうだね。君を男爵のところに返さなきゃ」


 ウルバスは言うと、「よいしょ」と箪笥を踏み越え、室内の外に出た。

手をつなぎ、2階の廊下を走る。


 まだ火は及んでいないが、煙がひどい。どんどん視界が悪くなる。


「これ、一階は火の海じゃね?」

「出口は必ずあります。なにしろわたし、一度ここを脱走してますから」


 そう言ってアリがいたずらっぽく笑う。

 ウルバスを励ましているのだと気づいて、なんだか自分が情けなくなってきた。


「まったく、頼もしい限りだよ」

 苦笑いし、階段を駆け下りる。


「あっつ!」


 1階に下りた瞬間、その温度の違いにうつむいた。

 片眼鏡をはずしていて正解だ。あのままだと、加熱で怪我するところだった。


「方向が……煙で」


 アリの方は、熱さというより煙にやられているようだ。ゲホゲホと咳を繰り返し、戸惑うように首を巡らせている。


 階段を降りてみればさらに煙は濃くなり、しかもすぐそばで火が爆ぜる。

 たんぱく質の焦げる匂いがして、ウルバスはうんざりした気分で自分の髪を手で払う。


「地下への抜け道があるんですが」

「どこに」

「うーんと……。教会堂がこっちで」

「あっちじゃない?」

「え、こっちでしょう? だから、正面玄関が……」


 言いながら、せき込む。

 大きく風が動き、白煙が渦を巻いて上昇したからだ。

 とっさにウルバスは片腕で顔を覆う。熱で頬が焦げそうだ。


「アリ! ウルバス!」


 そのとき、声が聞こえた。

 互いにせき込みながらも、ウルバスとアリは顔を見合わせる。


 アリの顔は煤だらけ。きっと自分もそうだろう。

 だけど、喜色満面の笑みを浮かべている。


 そしてそれは自分も同じだ。


「男爵!」

「レオハルトさま!」


 喚き、そしてまたせき込む。


「そこか⁉ 待ってろ!」


 声が近づいてくる。

 白煙のなかを、長身の影が陽炎のように立ち上る。


 レオハルトだ。


 ふたりを見つけ、彼は一瞬立ち止まった。

 そして安堵したようにとび色の瞳を緩めた。


 ウルバスも肩の力が抜けた。


 よかった。

 彼も、そしてアリも無事だ。


 これで。

 これでよかった。


(運命が……)


 変わった。

 そう思ったのに。


 レオハルトの顔が瞬時にこわばる。

 ウルバスは目をまたたせた。


 同時に、雷鳴のような音が耳をつんざく。


 顎を上げた。


 梁が。

 炎をまとった梁が、天井から落ちてくる。


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