34話 聖女の仕事
騎士を聖騎士として言祝ぐときに聖典を読み上げ、聖歌を歌う。
詠唱は、もちろん聖典を観ながらでもいいのだが、見栄えが違う。最初こそ聖典を持ち歩き、読み上げていたのだが「いつまで新人気分なのだ」と神女官が嫌味を言ったりするので、アルテイシアは暗記をしていた。
そして音楽。
これも重要だ。
聖モンテーニュではそれほど重要視されていないようだが、ミリオシア王国ではいまでも弦楽器、しかも筐体をもつ弦楽器が神聖視されている。
神や聖霊は、虚ろなるものに宿ると信じられているからだ。
音楽とは、言葉が違う神と、唯一交霊できるものである。ミリオシアではそう信じられていて、リュートやヴァイオリン、マンドリンの演奏が重要視されていた。
楽器演奏と同時に、声楽も大切に扱われる。
なぜなら、聖女の身体には空洞、つまり子宮があるからだ。
声は、身体の空洞から発せられると考えられていた。だから、聖女の歌声は特別視され、祭典では王族や上位貴族にのみ献じられる。
(といっても、そのときどきの聖女によって腕はまちまちだったようだけど……)
いまでも話題になるのは、5代前の聖女イマルだ。アルテイシア自身は彼女のことを全く知らないが、演奏を間違えると「それではイマル様になってしまいますよ」とよく叱られたものだった。
聖女イマルは「楽器演奏がつたない」と言われつつも、10年近く任務を続け、その間、問題は発生していない。
「あら。また、何事か考えているのかしら?」
マーリンに言われ、アルテイシアはまた急いで背筋を伸ばす。
気づけば片づけは終わり、テーブルの上にはララによってお茶が並べられているところだった。
「すみません、わたしったら……!」
「いいのよ、きっとあれね」
椅子に座り、ララからカップを受け取ったマーリンがからかうように笑う。
「愛しいレオのことでも考えていたのかしら?」
「きっとそうですね」
ララが意味ありげな笑みを口元に浮かべる。
「旦那様はそれはそれはお嬢様のことを大事になさっておいでですから。倒れられた時なんて、抱え上げて馬車まで走って……。その速さときたら! 私なんて追いつきもしませんでした。馬車の中でも、そりゃあもう、宝物のようにあつかっておいでで……!」
「そ、そそそそそんなことはないのよ!」
ぶんぶんとアルテイシアは首を横に振る。
「きっと倒れていたら誰でもそうなさるわ! ほ、ほら! ララさんが倒れたとしても! ウルバスさんとか!」
「……私はともかく、ウルバス卿にはそうしそうですが……」
ララが立てた人差し指を顎にあてて小首をかしげる。
「それとこれとは違うと思います。マーリンさんはどう思われますか?」
「大違いよ」
マーリンが愉快そうに笑い声を立てたとき、ドアノックが室内に響いた。
すかさずララが近づき、扉を開ける。顔をのぞかせたのは、レオハルトだ。
「ずいぶんと楽しそうだな」
「そうよ、あなたがいないほうがお嬢さんも気楽でいいみたい」
マーリンが頬杖をついて片目をつむる。アルテイシアは反射的に立ち上がり、ぶんぶんと首と手を反対方向に振る。
「違うんです! そうじゃないんです!」
「アリをあんまりからかうなよ、マーリン」
扉枠にもたれ、じろりとレオハルトがマーリンをにらむ。その態度を見てアルテイシアはホッとした。冗談だと理解してもらえているようだ。
「そんな余裕な雰囲気かまして。知らないわよ? あんたなんてすぐ捨てられるんだから」
「ひどい言い方だな、お前は」
「事実を述べたまでよ」
ポンポンとやりとりをするふたりを、アルテイシアは、あわあわしながら見守る。アルテイシアも割とレオハルトに好き放題言う方だが、マーリンはさらに上を行くようだ。
「もしもこの男が嫌になったら、いつでもうちのお店にいらっしゃい。ララもね。また従業員として雇ってあげるから」
「そうですね。そういたしましょうか、お嬢様」
「なんだ。お前、本気で出ていくつもりなのか?」
腕を組み、レオハルトが尋ねる。
アルテイシアは立ち尽くした姿勢で「あ」と口を開き。
そしていったん閉じた。
なんだかみんなの視線を感じる。
からかいを含み、これはあくまで冗談の延長なのだという雰囲気。
「……いずれ、わたしの存在がレオハルトさまのお邪魔になるときが来るでしょうから」
この楽し気な雰囲気を壊す。
そうはわかっていても、アルテイシアは言わずにはいられなかった。
「ここを、出ていくつもりです」
一転して戸惑った顔でマーリンとララが口を開きかける。ふたりはあきらかに失言だと認める顔をしていた。
現状、アルテイシアはレオハルトの恋人ではあるが、彼女の身分でそれ以上をのぞむことはできない。妻にはなれない。で、あるならばレオハルトが正式な妻を迎えるときに「お邪魔になる」のだ。
ふたりが弁解するより先に、アルテイシアは声を発した。
「だって、わたしはもともと、レオハルトさまの開拓なさる土地で羊を飼いながら暮らすんですもんね」
にこりと笑う。レオハルトが苦笑した。
「そうだな。お前はそう言ってたな」
「……え、そうなの?」
拍子抜けしたのはマーリンとララだ。
アルテイシアとレオハルトの顔を交互に見比べている。
「レオハルトさまが、いずれ先祖伝来の土地を取り戻すとおっしゃるので、じゃあそこの一等地をください、と」
「一等地とは言ってなかったぞ、お前」
「それぐらいいいじゃないですか。ケチですね。わたし、元恋人ですよ?」
「まだ現恋人だ」
「じゃあ、いずれ元恋人になったら、手切れ金としてください。牧草地がいいところ。あ、羊と牧羊犬もつけてくださいね」
「どんどん要望が増えるが、それは現恋人として叶えろ」
「えー」
「えー、じゃない。しかも、遠からずどうやら叶いそうだぞ?」
レオハルトがさらりと言う。
あまりにあっさり言うものだから、アルテイシアは「はいはい」と聞き流し、それから動きを停止させた。
無言でレオハルトを見る。
視線の先で彼はにやりと笑った。
「さっき閣下からの遣いが来て、お呼びがかかった。魔境についてのことらしい。ひょっとしたらひょっとするぞ?」
あの夜のことだ。
魔境が変化していることを伝えると、モンテーニュ侯爵は、宮中伯に周辺調査を命じていた。その結果が聞かされるのかもしれない。
「よい報告になるように祈っています!」
頬を紅潮させてアルテイシアが言うと、レオハルトはうれしげに笑った。
「ああ。楽しみに待っていてくれ」
レオハルトはそう言うと、片手をあげて立ち去って行った。




