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偽聖女として断罪されましたが、隣国で魔境の浄化につとめます!【9/27完結予定】  作者: 武州青嵐(さくら青嵐)


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35話 侯爵の提案

◇◇◇◇


 案内の侍従に伴われて執務室まで来たレオハルトは、扉の前で居住まいをただした。


「男爵、剣」


 ウルバスに端的に指摘される。

 佩刀を鞘ごと抜き、無言で侍従に渡す。ウルバスも同様に手渡し、片眼鏡を指で押し込んでいる。彼も緊張しているらしい。


 そういうレオハルトもそうだ。ひょっとしたら、先祖が奪われた土地が戻って来るかもしれない。そう思うと、居ても立っても居られない。心が逸った。


 たいして皺もないのに上着の裾を引っ張り、ベルトの位置を調整する。


「レオハルト・スロイレン男爵。ご到着なさいました」


 見計らって侍従が訪いを告げる。「入れ」。短く返事があり、レオハルトとウルバスは顔を見合わせる。互いに無言でうなずいた。


 侍従が扉を開き、レオハルトが先に入室した。


「参上いたしました」

「よく来た。まあ、座れ」


 執務席で書類を見ていたらしいモンテーニュ侯爵は、レオハルトに一瞥をよこした。


 机のそばにはミレニアム宮中伯も控えていて、レオハルトに笑みを見せる。

 部屋にいた侍従が椅子を用意したが、レオハルトはそれをやんわりと断る。ウルバスを扉のすぐそばで待機させ、自身はモンテーニュ侯爵と向かい合う位置で立ち止まった。


「魔境の件でしょうか」

「相変わらずお前は性急だな」


 モンテーニュ侯爵はあきれ、ミレニアム宮中伯は苦笑を漏らした。


「閣下もお忙しいでしょうから、お時間を取らせるのも、と思いまして」


 平然とそう言ってのけると、モンテーニュ侯爵は快活に笑った。手に持っていた書類を机に投げ捨て、椅子の背もたれに上半身を預ける。


「魔境の件だ」

「いかがでしたか? 報告通りだったかと思いますが」

「そうだな」


 モンテーニュ侯爵は視線を宮中伯に向ける。

 追うようにレオハルトも彼を見た。


「ええ。専門家を派遣し、討伐隊の帳簿を確認したところ、泉の復活は本当であること。植生が変わりつつあることが確認されました」


 宮中伯は静かに言葉を続ける。


「レオの同伴していたレディが言っていたことは確認が取れました。現在、候の直轄地となっている領地の1/3はおおむね入植が可能であり、このままの状態が続くようであれば1/2までは拡大するだろう、との専門家の意見です」


 ついレオハルトは振り返る。背後ではウルバスがこぶしを握り締めて喜びをこらえていた。


「そこで、だ。レオハルト」

「はい」


 声掛けをされて、慌てて起立の姿勢に戻る。


「侯爵直轄領として預かっていたあの地をお前に返そうと思う。同時に辺境伯を叙爵してもいい」

「……は」 


 念願だった言葉を聞いたというのに、レオハルトの口から漏れたのは、息のような音声だ。


 はい、とか。ありがとうございます、とか。長年の悲願でしたとか。


 この時に言いたかった言葉は山ほどあり、それを言うことを頭の中で反復してきたというのに。


 実際にそれがかなってみると、口から出てきたのは「は」という音声だけ。


「レオ?」

 宮中伯にまでいぶかしげに尋ねられ、レオハルトはようやく我に返る。


「あ、ありがたき幸せ! スロイレン家にとっての悲願成就に言葉もありません」

「まさにそのようだな」


 モンテーニュ侯爵は愉快気に笑うと、上半身を預けた姿勢のまま、足を組んだ。


「その代わりといってはなんだが」

「え?」


 途端に、レオハルトは警戒した。

 エサを見つけて飛びついてみれば、目の前には獰猛で大きな捕食者がいた。そんな気分で、全身の毛を逆立てる。


「お前の恋人。あのレディを予にあずけてくれまいか?」


 にこり、と。

 モンテーニュ侯爵が笑う。

 屈託なく、穏やかに。

 それは何不自由なく育ってきたものだけが持つ、優越的な笑みだった。


「……アリ、のことでしょうか」


 牙を隠しながらも、慎重にレオハルトは応じる。気づけば足幅を広げ、剣がないのに腰ベルトを探っていた。


「そう。アリだ」

「どうして」

「どうして?」

「閣下はあの場で、アリに興味はないとおっしゃった」

「ああ。あの娘の容姿に興味はない。予は少女趣味ではない。もう少し育ってもらわねばな」


 ひらひらと手を払い、モンテーニュ侯爵は笑った。


「お前もわかっているのだろう? あの娘の素性を」

「……知りません。知りたくもない」

「レオ」


 吐き捨てたレオハルトに、宮中伯が叱責を飛ばす。だがレオハルトは全身から怒気を溢れさせながら侯爵をにらみつける。


「アリと引き換えに、先祖伝来の地と爵位を返すと? 奪ったのはそちらではないか」

「レオハルト・スロイレン男爵! 不敬である!」


 ミレニアム宮中伯が、今度はしっかりと怒声を飛ばした。レオハルトは口こそ閉じたものの、その口端は怒りで震えている。


「あの娘が欲しいという方がおいででな?」

 侯爵は組んだ足に頬杖をつき、レオハルトを睥睨した。


「侯国にとっても、予にとっても有利な条件で取引ができそうなのだ」

 くすりと侯爵は目を細めて笑った。


「予ばかりが得をするのも、申し訳ないだろう? だったら、そなたにもなにか与えてはどうか、とミレニアムが言うから」

「おこぼれで喜べと」

「レオ!」


 宮中伯の咎めを、レオハルトは今度ははっきりと無視した。


「帰るぞ、ウルバス」


 ふたりに背を向け、扉まで足音荒く近づく。

 ドアを勢いよく突いて開けた。


「いけません、男爵!」

 レオハルトの手を掴むのはウルバスだ。


「あの娘を渡すんです!」


 腕にすがりつけ、押し殺した声でウルバスが言う。片眼鏡の表面がギラリと光を宿す。


「今年が6年目。ここが……! ここがターニングポイントだ!」

「女の犠牲でなにかを得るなどまっぴらだ!」


 レオハルトはウルバスの手を払いのけた。

 ウルバスは驚きに目を見開いたが、すぐに眉根を寄せて強いまなざしをよこす。


 だが、レオハルトは訂正するつもりも、「すまなかった」と詫びるつもりもない。


 本心だ。

 辺境伯位と領地返還は、レオハルトにとっても達成したい願いだ。


 父も、その父も。

 連綿と続いた願望だった。


 そのために、歴代のスロイレン家長は、娘を利用した。


 高位貴族のもとに娘を嫁がせて縁づかせ、宮廷での地盤を獲得しながら、時にはその当時の侯爵に慰み者として娘を差し出した。妻ではない。妾として、だ。


 それはレオハルトの姉たちもそうだ。

 彼女たちの犠牲の上に、スロイレン家は成り立っている。


 そんな醜い連鎖をレオハルトは断ちたかった。

 おのれの力だけで、領地返還を成し遂げたかった。


 そもそも。

 惚れた女を引き渡すことなどできはしない。


「おれの女だ。誰にも渡さない」

「それは宣戦布告か、男爵」


 侯爵が愉快そうに目を細める。瞳が収れんし、猛禽類のそれに似た光を秘めた。


「臣下の女に手を出そうなど、歴代侯爵の面汚しだな」


 暴言に対し、詰め寄ろうとした宮中伯が動きを止めたのは、ウルバスがレオハルトを殴り飛ばしたからだ。


 かなりの勢いと、ゴツッと鈍い音が室内に響いたが、それでもレオハルトの身体は倒れはしなかった。


 ただ、唇は切ったらしい。親指でぬぐい取り、じろりと副官を見据える。


「もうあんたにはついていけない」

 ウルバスはこぶしを握りしめたまま言い放った。


「ぼくは死にたくない。ここで別れさせてもらう」


 声自体はしっかりとしていたが、抑えようのない感情のせいでこぶしが小刻みに震えている。


「勝手にしろ」

 レオハルトは言い捨てて執務室をあとにした。


◇◆◇◆


「発言をお許しいただけますでしょうか」


 レオハルトが出て行ったあと、素早く扉を閉めたウルバスは、侯爵と宮中伯に対して目を伏せ、床に片膝をついた。


「かまわん。話せ」

 愉快そうな声で侯爵が許可するのを、宮中伯は戸惑いながら見やる。


「男爵が執着するあの女のことでございます」


 片膝はついたまま、ウルバスが顔を上げる。

 宮中伯は彼の顔を無言で見つめる。


 レオハルトの片腕でもある銀髪の男だ。確か乳兄弟になるのではなかったか。

 非常にきれいな容姿をしており、男性的なレオハルトとは対照的であるため、社交界でもふたりが並ぶと年頃の女子が騒ぐことで有名だ。


 銃士として騎士団に参加し、数年前に魔獣に襲われて生死をさまよったと聞く。

 その傷のせいで視力が著しく落ち、片眼鏡を使用していた。


「アリという歌姫のことか」

「歌姫などとんでもない。もとは娼館の女。男爵の慰み者です」


 硬い声で蔑む。

 宮中伯は違和感を覚えた。


 確かに、あの歌声や佇まいをみるまでは宮中伯も、それから大多数の貴族もそう思っていた。


 レオハルトが魔境近くから連れてきた娼婦。

 だが、あの演奏会でそれは一掃された。それほどにあの娘は強烈な印象を周囲に与えたのだ。


(間近で見ているはずなのに、なぜ)


 かような評価を下すのか。

 宮中伯は油断なくウルバスを見る。


「ぼくからも何度も進言してまいりましたのに、男爵は聞き入れもせず、執着を強めるばかり。閣下、宮中伯」


 ウルバスはゆっくりとふたりを交互に見た。


「あの娘は男爵を蝕む寄生虫。引き取ってくださるのなら、これほどうれしいことはございません。このウルバスが必ずや、おふたりに引き渡すことをお約束いたします」


 しっかりとした声で断言するウルバスを注視する。

 さきほどの感情のたかぶりはない。

 冷静になったからなのか。それともうまくごまかしているのか。


「余としては、誰からでもかまわん。あの女をここに連れてくることができるのであればな」

「恐れながら閣下」

「なんだ」

「男爵からお聞きしました。閣下は『隣国のとある方』から所望されてあの女を探しておられたとか」


 ウルバスの言葉に、侯爵は無言のままだ。

 笑みを浮かべ、その先を促すようにわずかに首を右に傾ける。

 ウルバスは続けた。


「そのお方というのは……」




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