第9話「6年後の彼女」
第8話まで読んでいただき、ありがとうございます!
6年前の事故について調べ始めたハヤテとミキ。
2020年9月16日。
岐阜では、11歳の少年が事故に遭い、命の危機に瀕していた。
そして同じ日。
名古屋では、32歳の男性が交通事故で命を落としていた。
少しずつ繋がり始める、二つの人生。
一方でハヤテには、もう一つ追い続けているものがあります。
それは、6年前に残してきた妻。
今も名古屋のどこかにいるかもしれない。
ただそれだけを手掛かりに、妻を探し続けるハヤテ。
そんな彼のもとへ、一通のメッセージが届きます。
『あなたが探している人を知っています』
止まっていた6年間が、再び動き始めます。
第9話「6年後の彼女」
よろしくお願いします。
朝。
教室へ入ると、何かがおかしかった。
「…………」
視線。
やたら見られている。
男子。
女子。
別のクラスの奴まで、廊下から俺を見ている。
「……何?」
席に座る。
ソウタが、俺の肩を叩いた。
「有名人」
「何が」
「昨日」
「昨日?」
「瀬尾先輩と一緒に帰っただろ」
「途中までな」
「それ」
「それが?」
ソウタがスマートフォンを見せる。
「…………」
写真には、俺とカレン先輩。
俺の腕を掴んで歩いている。
あの三人から助けてもらった直後だ。
「誰だよ撮ったの」
「知らん」
「高校生って暇なの?」
「お前も高校生」
「そうでした」
画面を見る。
学校の生徒が使っているらしいSNS。
『瀬尾カレン、二年の天野と付き合ってる?』
『黒川と別れた?』
『最近ずっと一緒にいるらしい』
「ずっと一緒にいねえよ!」
思わず声が出た。
周囲がこっちを見る。
「……終わった」
俺は机に突っ伏した。
黒川蓮司。
あいつ。
これ見たらどう思う?
昨日、『カレンに手ぇ出したら俺が相手する』
って言われたばっかだぞ。
「人生終了?」
ソウタが聞く。
「二回目の死亡は嫌だ」
「二回目?」
「なんでもない」
そのとき。
ガラッ。
教室の扉。
嫌な予感。
「ハヤテ」
ミナミ。
「…………」
顔。
笑ってる。
怖い。
「おはよう」
「昨日」
「はい」
「カレン先輩と一緒に帰ったんだ?」
「事情がありまして」
「へえ」
「いや、本当に」
「私には関係ないけど」
一番関係ある顔してる。
「腕まで組んじゃって」
「組んでねえ!掴まれてただけ!」
「ふーん」
「藤田さん」
ミキが助け舟を出す。
「昨日は天野君、ちょっと危ない人たちに絡まれてたの」
「...え?」
ミナミの顔から、一瞬で怒りが消えた。
「……どういうこと?」
「佐藤」
余計なことを。
「ハヤテ」
「…………」
「どういうこと?」
逃げられない。
俺は昨日の出来事を、簡単に説明した。
「三人?」
「ああ」
「囲まれたの?」
「まあ」
「なんで言わなかったの!?」
「今会ったばっかだろ!」
「メッセージ!」
「あ」
昨日の夜。
『怪しい人いなかった?』
『いない』
俺、思いっきり嘘ついてる。
「…………」
「ハヤテ」
「はい」
「嘘ついたよね?」
「……つきました」
「最低」
その一言。
胸に刺さった。
最低。
6年前。
妻にも、言われたことがある。
小さな嘘。
隠し事。
心配させたくなかった。
怒られるのが面倒だった。
そんな理由で。
俺は何度も、真実を隠した。
「……ごめん」
俺は言った。
ミナミが、少し驚いた顔をする。
「心配させたくなかった」
「…………」
「でも」
俺はミナミを見る。
「それで嘘ついたら、余計心配するよな」
ミナミは黙っている。
「悪かった」
数秒。
「……次から」
ミナミが言った。
「ちゃんと言って」
「ああ」
「絶対?」
「絶対」
「約束」
「約束」
ミナミが、少しだけ笑った。
その横で、ソウタがニヤニヤしている。
「何」
「いや」
「言えよ」
「夫婦みたい」
「違う!」
俺とミナミの声が、綺麗に重なった。
教室が笑いに包まれた。
◇
その様子を、ミキは静かに見ていた。
机の中。
一冊のノート。
昨日、図書室で使ったもの。
そこには、ハヤテには見せていない記事がある。
2020年9月16日。
名古屋市。
32歳男性、交通事故で死亡。
そして。
岐阜市。
11歳男児。
重体。
同じ日。
偶然。
普通なら、そう考える。
でも。
ミキには、一つ気になることがあった。
天野ハヤテは、以前と別人のように変わった。
話し方。
表情。
性格。
人との距離。
そして。
時々。
高校生らしくない言葉を使う。
『高校生って大変なんだな』
『若いんで』
まるで。
自分が高校生ではないような。
「…………」
考えすぎ。
ミキは、ノートを閉じた。
でも。
なぜだろう。
あの記事を、まだハヤテに見せてはいけない。
そんな気がしていた。
◇
昼休み。
俺は一人、屋上へ続く階段で座っていた。
スマートフォンのネットで妻の名前を検索している。
何度目だろう。
出ない。
旧姓。
出ない。
勤務先。
「...そうだ、勤務先だ」
6年前、妻が働いていた場所。
今も同じ会社なら、何か分かるかもしれない。
「なんで今まで思いつかなかったんだよ」
検索。
会社名。
「……あった」
まだ会社は存在している。
ホームページ。
所在地。
電話番号。
「…………」
しばらくスマートフォンの画面を見つめる。
電話...するか?
いや。
高校生が突然、
『○○さんいますか?』
...怪しすぎる。
仮に在籍していても、個人情報を教えてくれるわけがない。
「どうすっかな……」
「何が?」
「うおっ!」
顔を上げる。
カレン先輩。
「先輩、急に出てくるのやめてもらえます?」
「失礼ね」
「心臓止まるかと思った」
「大丈夫でしょ」
「なんで?」
「天野君、心臓強そうだから」
「…………」
一瞬、言葉に詰まった。
「どうしたの?」
「いや」
偶然。
ただの言葉。
なのに。
最近、心臓という単語に敏感になっている。
「それより」
俺は言った。
「朝から大変なんですけど」
「ああ、写真?」
「先輩のせいですよ」
「私?」
「腕掴んだじゃないですか」
「助けてあげたのに」
「黒川さんに殺されたら責任取ってください」
「蓮司なら大丈夫」
「本当です?」
「多分」
「多分!?」
カレンが笑う。
「ところで」
カレンが俺のスマートフォンを見る。
「何調べてたの?」
「…………」
妻。
とは言えない。
「人探し」
「また?」
「知ってるんですか?」
「藤田さんが言ってた」
「ミナミ……」
「名古屋で昔の知り合い探してるんでしょ?」
「まあ」
カレンが隣に座る。
「名前分かってるならSNSとかは?」
「やりました」
「勤務先」
「今それ」
「探偵」
「高校生がどうやって頼むんですか」
「お金」
「ない」
「でしょうね」
失礼だな。
「その人」
カレンが聞く。
「そんなに大切なの?」
「…………」
俺はスマートフォンを見る。
妻の名前。
検索窓に残っている。
「大切ですよ」
「どんな人?」
少し考える。
「……面倒くさい人」
カレンが笑った。
「悪口?」
「違います」
俺も少し笑う。
「よく怒るし」
「うん」
「頑固だし」
「うん」
「喧嘩したら絶対折れないし」
「うん」
「俺も折れないから、余計面倒になるし」
「…………」
話していて。
気づく。
悪いところばかり出てくる。
でも。
なぜだろう。
全部、懐かしい。
「でも」
俺は言った。
「もう一回、会いたいんです」
カレンは、俺を見ていた。
「……初恋の人?」
「違います」
「元カノ?」
「もっと違います」
妻です。
言えないけど。
「変なの」
カレンが笑う。
「天野君って、時々すごく大人みたいな顔するね」
「そうですか?」
「うん」
「老けてます?」
「そういう意味じゃない」
カレンが立ち上がる。
「見つかるといいね」
「…………」
「その人」
俺は少し驚いた。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
カレンが階段を降りていく。
その背中を見ながら、思った。
この人も。
見た目より、普通の人なんだな。
◇
放課後。
俺は一人で帰った。
ミナミは委員会。
ソウタは部活。
ミキは、「用事がある」
と言ってどこかへ行った。
スマートフォンを見ながら歩く。
妻の元勤務先。
どうする。
会社まで行くか?
それが一番早いか。
でも。
「……ストーカーみたいだな」
いや。
妻なんだけど。
向こうからすれば、知らない高校生。
やっぱり怖い。
そんなことを考えながら、家へ着いた。
「ただいま」
返事はない。
この言葉にも慣れない。
天野家。
俺の家じゃない。
でも、今の俺が帰る場所。
自分の部屋へ行く。
制服を脱ぐ。
スマートフォンを手に取る。
「…………」
もう一度。
妻の名前を検索。
結果。
同姓同名。
違う。
次。
違う。
「ダメか」
スマートフォンをベッドへ投げる。
天井を見る。
「どこにいるんだよ……」
6年前。
俺が死んだ。
妻は家を売った。
名古屋市内にいる可能性。
それだけ。
「…………」
そのとき、スマートフォンが震えた。
「ん?」
SNSのメッセージ。
知らないアカウントからだ。
「誰だ?」
開くと、たった一文。
『橘メグミさんを探していますか?』
「…………」
身体が、固まった。
橘メグミ。
妻の名前。
「……え?」
もう一度読む。
間違いない。
妻の名前だ。
心臓が、一気に速くなる。
ドクン。
ドクン。
誰だ?
なんで知ってる?
俺が妻を探していることを。
返信。
『誰ですか?』
既読。
数秒。
返事。
『あなたが探している人を知っています』
「…………!」
立ち上がる。
『どこにいるんですか?』
送信。
既読。
返事が来ない。
「おい……」
一分。
二分。
「早くしろよ」
三分。
そして。
通知。
『名古屋にいます』
知ってる。
それは知ってる。
『名古屋のどこですか?』
既読。
今度はすぐ返ってきた。
『会いたいですか?』
「当たり前だろ……」
『会いたいです』
送信。
そして。
次のメッセージ。
『なら、今週の日曜日』
続けて。
名古屋駅の金の時計前に午後二時。
そして最後。
『一人で来てください』
「…………」
何だ、これ。
怪しい。
どう考えても怪しい。
でも、妻の名前を知っている。
俺が探していることも知っている。
なぜ?
誰だ?
「…………」
俺は画面を見る。
送り主はアイコンなし。
投稿なし。
フォロワーはゼロ。
作られたばかりのアカウント。
「……罠?」
暴走族。
一瞬、頭をよぎる。
俺のことを調べた?
でも、妻のことまで?
そんなはずない。
妻と天野ハヤテに、接点なんてない。
「…………」
...行く。
怖い。
怪しい。
それでも。
行かないという選択肢は、俺にはなかった。
◇
同じ頃。
学校近くの市立図書館。
佐藤ミキは、パソコンの画面を見ていた。
6年前の新聞記事。
岐阜。
事故。
そして。
名古屋。
死亡事故。
「…………」
ミキは、一つの記事を開く。
2020年9月16日。
名古屋市、32歳男性。
歩道へ突っ込んだ乗用車にはねられ、搬送先の病院で死亡。
「…………」
記事の下。
『橘タクミ』
男性の名前だ。
ミキは、その名前をノートへ書いた。
そして。
検索。
すると、一件。
別の記事が出た。
「……え?」
ミキの手が止まる。
死亡事故の記事ではない。
医療関連の記事。
『2020年9月17日。
愛知県内の病院で、交通事故により死亡した成人男性から提供された複数の臓器が、移植を待つ患者へ提供された――』
「…………」
ミキの顔から、笑みが消えた。
提供された臓器。
心臓。
肝臓。
腎臓。
そして、心臓の移植先。
記事には、患者の個人情報は書かれていない。
ただ、一つだけ。
東海地方在住の11歳男児。
「……嘘」
ミキが、小さく呟いた。
11歳。
男児。
同じ日。
心臓移植。
そして。
天野ハヤテ。
ミキは、ノートを見る。
点。
点。
点。
バラバラだったものが。
一本の線に、繋がり始める。
でも。
ありえない。
仮に。
天野ハヤテが、この男性の心臓を移植されていたとして。
それだけなら、説明できる。
でも。
今の天野君は――?
性格が変わった。
話し方が変わった。
仕草が変わった。
時々、30代の人間のようなことを言う。
そして名古屋へ『昔の知り合い』を探しに行った。
「…………」
ミキの指が、震えた。
まさか。
そんな。
ありえない。
科学的に、ありえない。
でも。
もし。
「天野君……」
ミキは、画面に表示された、
6年前に死亡した男の名前を見つめた。
そして、小さく呟いた。
「あなた……」
その先の言葉を、ミキは口にすることができなかった。
◇
その夜。
俺は、知らないアカウントから送られてきたメッセージを何度も読み返していた。
『今週の日曜日』
『午後二時』
『一人で来てください』
妻に、会えるかもしれない。
6年前、言えなかった最後の言葉。
今度こそ。
「…………」
胸に手を当てる。
ドクン。
ドクン。
「待ってろよ」
誰に言うでもなく。
俺は呟いた。
「今度こそ――」
そして画面を閉じた。
俺はまだ知らない。
日曜日。
そこで待っている人物との出会いが、俺が信じていた、
『妻との6年前』
そのものを揺るがすことになるなんて。
第9話を最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
ついに「橘メグミ」という名前へ繋がる、初めての具体的な手掛かりが現れました。
突然届いた、正体不明のアカウントからのメッセージ。
『あなたが探している人を知っています』
そして指定された――
日曜日、午後2時。
名古屋駅・金時計前。
果たして、そこへ橘メグミ本人は現れるのでしょうか。
それとも――。
そしてもう一方では、佐藤ミキがハヤテよりも先に、とんでもない事実へ近づき始めています。
2020年9月16日。
名古屋市で交通事故により死亡した32歳男性――橘タクミ。
その翌日に報じられた、臓器提供。
提供された心臓の移植先は、
「東海地方在住の11歳男児」。
同じ日。
同じ年齢。
そして、天野ハヤテの胸に残された手術痕。
もし、これらがすべて偶然ではないのなら――。
では今、天野ハヤテとして生きている「俺」は、一体何者なのでしょうか。
転生なのか。
記憶なのか。
それとも、まったく別の何かなのか。
そして日曜日。
ハヤテは再び名古屋へ向かいます。
今度の目的地は――名古屋駅、金時計前。
6年前に残してきた妻を追うハヤテ。
6年前に死んだ男を追い始めたミキ。
二人は別々の場所から、同じ真実へ近づき始めます。
次回、第10話。
金時計の下でハヤテを待っている人物とは――。
次話も読んでいただけたら嬉しいです。




