第8話「6年前を知る為に」
第7話まで読んでいただき、ありがとうございます!
2020年9月16日。
32歳だった「俺」が交通事故で死亡した日。
そして、11歳だった天野ハヤテが大事故に遭った日。
二つの事故は、まったく同じ日に起きていました。
さらにハヤテの胸に残された手術痕。
記憶の中に響く「ドナー」という言葉。
そして、母親が隠している臓器移植の過去。
偶然にしては、あまりにも重なりすぎている二つの人生。
しかし母親は、それ以上何も語ってくれない。
そこでハヤテは、自分一人では真相に辿り着けないと考えます。
協力を求めたのは――
頭が良く、冷静で、ハヤテの変化にもいち早く気づいていたクラスメイト・佐藤ミキ。
二人は6年前の「天野ハヤテ」を調べ始めます。
第8話「6年前を知るために」
よろしくお願いします。
翌朝。
寝不足だった。
「…………」
机に突っ伏す。
眠い。
死ぬほど眠い。
いや。
一回死んでるけど。
昨夜は、ほとんど眠れなかった。
目を閉じるたびに、同じ言葉が頭に浮かぶ。
2020年9月16日。
俺が死んだ日。
天野ハヤテが事故に遭った日。
そして――
臓器移植。
心臓。
偶然。
そう思いたかった。
でも。
偶然で片付けるには、出来すぎている。
「おはよう、天野君」
「……おう」
顔を上げる。
目の前に佐藤ミキが立っている。
「…………」
ミキが俺をジッと見ている。
「何?」
「顔、ひどいよ」
「そんな?」
「寝てないでしょ」
「二時間くらい」
「何してたの?」
「人生について考えてた」
「また?」
「またってなんだ」
「最近よく人生について考えてるよね」
そうだっけ。
「天野君」
「ん?」
ミキが少し顔を近づける。
「本当に大丈夫?」
「…………」
その瞬間、思った。
佐藤ミキは頭がいい。
冷静。
人の話もちゃんと聞く。
そして。
何より。
こいつなら、変な先入観なしで考えてくれるかもしれない。
「佐藤」
「何?」
「今日、放課後暇?」
「え?」
「ちょっと手伝ってほしいことがある」
ミキの目が、少しだけ大きくなった。
「……私が?」
「ああ」
「何を?」
「調べもの」
「調べもの?」
「6年前の俺について」
ミキの表情が変わった。
「…………」
「ダメ?」
「ううん」
少し考えてから、ミキは頷いた。
「いいよ」
◇
「お前ら何の話してんの?」
隣からソウタ。
「なんでもない」
「怪しい」
「怪しくない」
「放課後二人で何すんの?」
「調べもの」
「二人で?」
「そう」
「へえ」
ニヤニヤ。
腹立つな。
「佐藤」
俺は言った。
「やっぱこいつも連れてく?」
「え!?」
ソウタが慌てる。
「俺関係ないだろ」
「今首突っ込んできたじゃん」
「いやいや、男女が放課後二人って聞いたら――」
「男女が何?」
背後からだ。
聞き覚えのある声。
ソウタの顔が固まる。
俺も固まる。
ゆっくりと振り返る。
ミナミだ。
「おはよう」
「ハヤテ」
「はい」
「放課後、ミキと何するの?」
怖い。
「調べもの」
「何の?」
「…………」
言えない。
「学校の」
また、嘘。
ミナミが俺を見る。
「ふーん」
「なんだよ」
「別に」
絶対別にじゃない。
「藤田さんも来る?」
ミキが言った。
「え?」
「一緒に調べる?」
「佐藤!?」
俺が思わず声を上げる。
ミナミが俺を見る。
「何でハヤテが嫌がるの?」
「嫌がってない」
「じゃあ行く」
「…………」
まずい。
ミナミは、本物のハヤテを一番知っている。
役には立つ。
間違いなく。
でも。
だからこそ、知られたくないこともある。
「やっぱり二人でやる」
俺は言った。
「なんで?」
「集中できないから」
「私がいると?」
「ああ」
「……へえ」
しまった。
言い方。
「そういう意味じゃ――」
「いい」
ミナミが背を向ける。
「好きにすれば」
「おい、ミナミ」
「知らない!」
行ってしまった。
「…………」
ソウタが俺を見る。
「天野」
「何?」
「お前、女心分かってなさすぎ」
「結婚経験あるんだけどな……」
「え?」
「なんでもない」
危ねえ。
◇
放課後。
学校の図書室。
俺とミキは、窓際の机に向かい合って座っていた。
「それで?」
ミキがノートを開く。
「何を調べるの?」
「6年前」
「うん」
「俺が事故に遭ったときのこと」
ミキのペンが止まる。
「事故?」
「小学生の頃、大きな事故に遭ったらしい」
「……らしい?」
しまった。
「記憶が曖昧なんだよ」
「自分の事故なのに?」
「そう」
「…………」
ミキが俺を見る。
やっぱり鋭い。
「それで?」
「事故の後、俺は大きな手術を受けた」
「何の?」
「心臓」
ミキの目が僅かに開く。
「心臓移植?」
「多分」
「多分?」
「母親が話してくれない」
「…………」
「昨日聞いたら、明らかに様子がおかしかった」
「それで調べたいんだ」
「ああ」
ミキは、少し考えた。
「病院は?」
「分からない」
「事故現場」
「分からない」
「事故の原因」
「分からない」
「…………」
「そんな顔すんなよ」
「情報なさすぎ」
「だから頼んでるんだよ」
ミキがため息をつく。
「事故の日は?」
「分かる」
「いつ?」
俺は答える。
「2020年9月16日」
ミキがノートに書く。
『2020年9月16日』
「場所は?」
「岐阜市内だと思う」
「当時11歳?」
「ああ」
「大事故なら、新聞記事が残ってるかもしれない」
「新聞?」
「図書館のデータベースとか」
「なるほど」
さすが優等生。
俺には、その発想がなかった。
「ネットの記事も探してみよう」
二人でスマートフォンを開く。
検索。
『2020年9月16日 岐阜市 交通事故 小学生』
結果。
いくつか出る。
違う。
次。
違う。
「名前入れてみる?」
「天野ハヤテ?」
「うん」
検索。
結果なし。
「未成年だから名前出てないのかな」
「可能性あるね」
検索条件を変える。
9月16日。
9月17日。
岐阜。
小学生。
事故。
重体。
「…………」
「ないね」
「そう簡単じゃないか」
「待って」
ミキが言った。
「事故って決めつけない方がいいかも」
「え?」
「鬼頭さんから聞いたんでしょ?」
「なんで知ってる?」
「今日の昼、鬼頭さんに聞いた」
「行動早っ」
「本人に聞く前に、情報集めておこうと思って」
こいつ。
有能すぎる。
「鬼頭さんも詳しくは知らなかった」
「そっか」
「ただ」
ミキがノートを見る。
「9月頃から長期間休んだのは間違いないって」
「…………」
「じゃあ事故じゃない可能性も含めて」
検索。
『2020年9月 岐阜市 11歳 重体』
いくつかの記事。
一件ずつ見る。
「これ違う」
「こっちも」
「……違うな」
時間だけが過ぎていく。
「ダメか」
俺が椅子にもたれた。
そのとき。
「天野君」
ミキの声。
「ん?」
「これ」
スマートフォンを向けてくる。
古い記事。
6年前。
短い記事だった。
俺は読む。
『岐阜市内で乗用車同士が衝突 親子3人が重軽傷』
「……これ?」
「年齢見て」
父親。
母親。
そして、11歳男児が意識不明の重体。
「11歳……」
「日付」
記事公開。
『2020年9月16日。』
「…………」
心臓が、ドクンと鳴った。
「場所は?」
「岐阜市内」
「名前は?」
「未成年だから出てない」
「…………」
俺は記事を読む。
事故は、夕方。
交差点。
乗用車同士の衝突。
後部座席にいた男児が、胸部を強く打った。
意識不明。
「胸……」
俺は、無意識に自分の胸を押さえた。
「これ」
ミキが言う。
「天野君かもしれない」
「…………」
俺もそう思う。
「事故現場は?」
記事には、地区名が書かれている。
「ここから調べられる?」
「多分」
ミキが検索する。
そして、別の記事。
事故の続報。
「……あった」
俺が画面を見る。
男児は、市内の病院へ搬送。
その後――
記事はそこで終わっていた。
「病院名がない」
「個人情報だからかな」
「くそ」
でも。
大きな前進だ。
事故の詳細が、少しずつ見えてきた。
「佐藤」
「うん」
「ありがとう」
「まだ何も分かってないよ」
「いや」
俺は笑った。
「一人じゃここまで辿り着けなかった」
「…………」
ミキが、少しだけ視線を逸らした。
「どうした?」
「ううん」
「?」
「天野君って」
ミキが言う。
「本当に変わったね」
「またそれか」
「前だったら」
「うん」
「そんな風に、素直にありがとうって言わなかった」
「俺、どんだけ感じ悪かったんだよ」
「感じ悪いというより」
ミキは少し笑う。
「人との間に壁があった」
「…………」
壁。
それは、何となく分かる気がする。
写真の中のハヤテ。
いつも少し離れた場所にいた。
「でも今は」
ミキが俺を見る。
「全然違う」
目が合う。
「本当に」
ミキの声が、少しだけ低くなる。
「別人みたい」
「…………」
心臓が、また鳴った。
「……そうか?」
「うん」
「まあ」
俺は笑って誤魔化す。
「頭でも打ったんじゃね?」
「事故は6年前でしょ」
「そうだった」
俺が笑うと、ミキも笑った。
でも。
その目。
こいつ。
何か、疑い始めている。
そんな気がした。
◇
図書室を出る頃には、外は夕方になっていた。
「佐藤」
「何?」
「今日のこと」
「うん」
「他の奴には言わないでほしい」
「藤田さんにも?」
「……ああ」
「どうして?」
答えられない。
ミナミは、ハヤテを知りすぎている。
俺の変化に一番最初に気づいた。
これ以上材料を与えたら。
本当に、俺がハヤテではないことに気づくかもしれない。
「まだ」
俺は言った。
「自分でも整理できてないから」
「…………」
ミキは少し考えて。
「分かった」
「悪い」
「でも」
「ん?」
「一つだけ条件」
「何?」
「何か分かったら」
ミキが俺を見る。
「私にも教えて」
「…………」
「途中で一人で調べたりしないで」
「なんで?」
「危なっかしいから」
「お前もミナミみたいになってきたな」
「藤田さんが心配する理由、最近分かってきた」
「ひどい」
ミキが笑う。
俺も笑った。
「分かったよ」
約束。
「何か分かったら、佐藤にも話す」
「うん」
俺たちは、校門へ向かった。
◇
その途中。
「……あ」
俺は足を止めた。
「どうしたの?」
校門の外。
電柱の近く。
男が二人。
制服ではない。
一人は煙草を吸っている。
もう一人は、スマートフォンを触っている。
俺たちを見ている。
いや。
俺をだ。
「…………」
黒川蓮司の言葉。
『俺が動かなくても』
『お前が潰した五人の上にいる奴らは』
『もう動いてるぞ』
「佐藤」
「何?」
「悪い」
俺は、ミキの前へ出た。
「今日は別々に帰ろう」
「え?」
「先に戻って」
「どうして?」
「いいから」
ミキが、男たちを見る。
そして、俺を見る。
「……あの人たち?」
「…………」
「天野君」
「大丈夫」
「でも」
「佐藤」
俺は笑った。
「頼む」
ミキは、しばらく俺を見ていた。
「…………」
そして。
「分かった」
そう言って、歩き出した。
ただ、俺の横を通り過ぎるとき。
「約束」
小さな声。
「忘れないで」
「…………」
俺は答えなかった。
ミキは帰っていく。
男たちは、動かない。
ミキには興味がないらしい。
俺だけ。
「……さて」
どうする。
二対一。
先週よりマシ。
……いや。
そういう問題じゃない。
もう無茶はしない。
そう決めたばかりだ。
俺は、男たちとは反対方向へ歩き出した。
つけて来るか...?
少し歩いた先で、カーブミラー越しに後ろを確認する。
数十メートル先だが、来ている。
「…………」
やっぱりな。
俺は人通りの多い道へ向かった。
だが、その瞬間。
正面から来た一台のバイクが、目の前に止まった。
「…………」
乗っていた男が、ヘルメットを外す。
知らない顔。
20歳前後。
「天野ハヤテ?」
またそれか。
最近、初対面の人間に名前を知られすぎだろ。
「違います」
「嘘つけ」
ダメだった。
「何の用です?」
男が笑う。
「ちょっと来てくんね?」
「嫌です」
即答。
「…………」
「…………」
男の笑顔が消えた。
後ろを見る。
さっきの二人が、直ぐそばまで来ている。
挟まれた。
三人。
「面倒くせえな……」
俺は小さく呟いた。
「安心しろよ」
バイクの男が言う。
「今日は喧嘩しに来たんじゃねえ」
「じゃあ何だよ」
「話がある」
「ここで聞きます」
「ここじゃ無理」
「じゃあ聞きません」
「お前さ」
男が一歩近づく。
「自分の立場分かってる?」
「分かってないから説明してください」
「…………」
後ろの男が、笑った。
「こいつマジで面白えな」
「黒川さんが気に入った理由分かるわ」
黒川蓮司。
「蓮司の知り合い?」
俺が聞く。
男の目が変わる。
「蓮司?」
「…………」
しまった。
「お前」
声が低くなる。
「黒川さんのこと、呼び捨てにしてんの?」
そこ?
「いや、本人いないんで」
「そういう問題じゃねえ」
面倒くさ。
「とにかく来い」
男が言う。
「嫌だって」
「天野」
肩を掴まれる。
その瞬間。
反射的に、その腕を掴んだ。
「……触んな」
空気が変わった。
「…………」
やば。
またやった。
「てめぇ」
男の顔が、完全に変わる。
三対一。
逃げるか、戦うか。
頭の中で考える。
そのとき。
「――何してるの?」
全員が振り返る。
こちらに向かって歩いてくる、一人の女子生徒。
ポニーテール。
瀬尾カレン。
「…………」
男たちの表情が、一瞬で変わった。
「カレンさん」
「何してるのって聞いてるんだけど」
カレンが歩いてくる。
「いや、俺らは……」
「蓮司に聞くよ?」
「…………」
沈黙。
すげえ。
名前だけで、ここまで変わるのか。
「天野君」
カレンが俺を見る。
「帰るよ」
「え?」
「いいから」
俺の腕を掴む。
引っ張られるように、そのまま歩く。
男たちは、何もしてこない。
数十メートル歩いて。
「……先輩」
「何?」
「助かりました」
「そう」
「ありがとうございます」
カレンが足を止め、首だけこちらに振り返り俺をジッと見る。
「…………」
「何です?」
「いや」
カレンが少し笑う。
「ちゃんとお礼言えるんだなって」
「俺、何だと思われてるんですか」
「変な後輩」
「ひどい」
正面に向き直り、カレンが言う。
「天野君」
「はい」
「あなた」
少し間を置く。
「本当に危ないところまで来てるよ」
「…………」
「今度は、私でも止められないかもしれない」
その声には、冗談がなかった。
◇
同じ頃。
図書室。
誰もいなくなった机。
俺とミキが使っていた場所。
そこに、一冊のノートが置かれていた。
ミキのノート。
どうやら忘れていったらしい。
開かれたページ。
そこには、今日調べたことが整理されている。
『2020年9月16日
天野ハヤテ 11歳
岐阜市内 事故
胸部重傷
長期入院
心臓移植?』
そして。
その下。
ミキが、俺には見せなかった一行。
『9月16日――名古屋市でも、32歳男性が交通事故で死亡』
偶然。
同じ日。
岐阜で、一人の少年が死にかけた。
名古屋で、一人の男が死んだ。
その二つの記事を。
佐藤ミキは、すでに見つけていた。
第8話を最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
今回から、佐藤ミキがハヤテの「6年前」を一緒に追うことになりました。
そして見つかった、2020年9月16日の事故記事。
岐阜市内。
11歳の男児。
胸部を強く打ち、意識不明の重体。
少しずつ明らかになっていく、天野ハヤテの過去。
しかし――。
今回、一番大きな手掛かりを見つけたのはハヤテではありません。
佐藤ミキでした。
「9月16日――名古屋市でも、32歳男性が交通事故で死亡」
岐阜で死にかけた11歳の少年。
名古屋で死亡した32歳の男。
同じ日。
そしてハヤテが受けた、心臓移植。
果たしてミキは、この二つの事故をどこまで結びつけて考えているのでしょうか。
一方、学校の外では別の問題も動き始めています。
黒川蓮司が警告していた、
「五人の上にいる奴ら」
ついに彼らが、直接ハヤテへ接触してきました。
今回はカレンに助けられました。
しかし彼女の言葉通り、次も同じように助かるとは限りません。
妻を探す「俺」。
6年前の真相を追うハヤテ。
その秘密へ近づき始めたミキ。
ハヤテへの想いを強くしていくミナミとユキナ。
そして、ハヤテを狙い始めた暴走族。
それぞれ別々に動いていた物語が、少しずつ一つに繋がり始めます。
次回、第9話。
ハヤテより先に「もう一つの事故」を見つけたミキ。
彼女は、その事実をハヤテに伝えるのでしょうか。
そして――
ハヤテが探し続けている妻についても、そろそろ新しい手掛かりが動き始めます。
次話も読んでいただけたら嬉しいです。




