第7話「6年前の、同じ日」
第6話まで読んでいただき、ありがとうございます!
瀬尾カレンの彼氏・黒川蓮司との遭遇。
そして、
『お前が潰した五人の上にいる奴らは、もう動いてるぞ』
という不穏な忠告。
少しずつ危険が近づく中、今回は再び「天野ハヤテ自身の謎」へと物語が動きます。
11歳の頃に途切れていた写真。
病院。
胸に残された大きな手術痕。
そして、記憶の中に響いた「ドナー」という言葉。
6年前。
天野ハヤテには、一体何があったのでしょうか。
そして――。
32歳の「俺」が死亡した日と、天野ハヤテの過去。
二つの人生の間に、初めて小さな繋がりが見え始めます。
第7話「6年前の、同じ日」
よろしくお願いします。
翌朝。
目を覚まして最初に感じたのは、胸の違和感だった。
「……ん」
痛いわけじゃない。
苦しいわけでもない。
ただ妙に、心臓の音が大きく感じる。
ドクン。
ドクン。
「…………」
俺はベッドに横になったまま、胸に手を当てた。
規則正しい鼓動。
普通だ。
……多分。
それなのに。
最近、やたらとこの心臓が気になる。
天野ハヤテのスマートフォンで見つけた、
11歳頃の病院の写真。
胸に残された大きな手術痕。
そして。
一瞬だけ頭に流れ込んできた、
知らない記憶。
白い天井。
泣いている女性。
医者。
機械音。
『――ドナー――』
「…………」
俺はTシャツをめくった。
胸の中央。
大きな傷。
指でなぞる。
「6年前……」
天野ハヤテ。
お前に...何があった...?
◇
俺は教室へ入る。
「おはよう」
ソウタが俺に気付き、挨拶をしながら手を上げる。
「おう」
「今日も生きてるな」
「朝一番に言うことか?」
「昨日校門に黒川蓮司来てた奴が言う?」
「俺が呼んだわけじゃねえよ」
俺は席に座る。
「ていうか天野」
「ん?」
「お前最近、人生濃すぎじゃね?」
「俺もそう思う」
「一週間前まで存在感なかったのに」
「それ本人に言う?」
「今じゃ不良5人倒して、瀬尾先輩に気に入られて、藤田とデートして――」
「デートしてねえ」
「暴走族の幹部が校門に来る」
「最後だけ嬉しくねえ」
ソウタが笑う。
こいつと話すのにも、随分慣れてきた。
「おはよう、天野君」
ミキがこちらに近づきながら、挨拶してくる。
「おはよう」
「昨日、大丈夫だった?」
「もう知ってんの?」
「黒川って人が校門に来たこと?」
「情報回るの早すぎだろ」
「結構有名な人だから」
「そんなに?」
ミキが少し声を落とす。
「天野君。本当に気をつけた方がいいよ」
「分かってる」
「本当に分かってる?」
「佐藤までミナミみたいなこと言うなよ」
その瞬間。
「誰が私みたいだって?」
背後からだ。
「…………」
恐る恐る振り返ると、ミナミが腕を組み仁王立ちしている。
笑っている。
しかし目は笑っていない。
「おはよう」
「誤魔化すな」
「今日もいい天気だな」
「曇ってるけど?」
「…………」
ソウタが吹き出した。
平和だ。
少なくとも...今は。
◇
昼休み。
俺は図書室にいた。
理由は一つ。
『天野ハヤテ』について、調べたかった。
と言っても、学校の図書室で個人情報なんて分かるわけがない。
本当の目的は、一人で考える時間が欲しかっただけだ。
スマートフォンを机に置く。
もう一度、写真を遡る。
2020年。
幼いハヤテ。
そして、写真が途切れる。
病院。
「…………」
何度見ても気になる。
日付を見る。
6月。
7月。
8月。
そして――。
「……ん?」
指が止まった。
ある写真。
病院のベッド。
眠っているハヤテ。
撮影日時。
2020年9月28日。
「9月……?」
俺の心臓が、一度強く鳴った。
俺が死んだのは...
2020年9月16日。
近い。
偶然か...?
「…………」
さらに遡る。
だが。
事故そのものの写真なんて、当然ない。
メッセージ。
メール。
何か残ってないか。
俺はスマートフォンを操作する。
6年前のデータ。
ほとんど残っていない。
機種変更しているから、当たり前か。
「何か……」
そのとき。
「天野君?」
「うおっ」
思わずスマートフォンを伏せた。
目の前に、鬼頭ユキナがいた。
「び、びっくりした」
「ご、ごめんなさい」
「いや、俺が勝手に驚いただけ」
ユキナは本を抱えていた。
「鬼頭も図書室来るんだ」
「……うん」
「本好き?」
「好き」
「そっか」
「…………」
「…………」
会話終了。
どうすんだこれ。
ユキナは、ミナミともミキとも違う。
とにかく静かだ。
前の天野ハヤテも、こんな感じだったのだろうか。
「隣、いい?」
ユキナが聞いた。
「もちろん」
椅子を引く。
ユキナが座る。
本を開く。
俺はスマートフォン。
「…………」
静かだ。
でも、妙に居心地は悪くない。
数分後。
ユキナが口を開いた。
「天野君」
「ん?」
「最近、図書室来なかったね」
「そうなの?」
「……うん」
しまった。
まただ。
「前はよく来てた?」
「ほぼ毎日」
「マジか」
「いつも、そこの席」
ユキナが指を差す。
窓際。
一番端。
「一人で本読んでた」
「へえ……」
俺はその席を見る。
本物の天野ハヤテが、そこに座っている姿を想像する。
「鬼頭は?」
「私も、よく来てた」
「じゃあ結構会ってたんだ」
「…………」
ユキナが少し俯く。
「うん」
「ごめん」
「え?」
「最近の俺、なんか色々忘れてるみたいで」
嘘だ。
でも、これ以外言いようがない。
「…………」
「どうした?」
「ううん」
ユキナは小さく首を振った。
「やっぱり変わったなって」
また。
「俺、最近それしか言われてない」
俺が笑う。
ユキナも、ほんの少し笑った。
「でも」
「ん?」
「私は……」
ユキナが本へ視線を落とす。
「前の天野君も、好きだったよ」
「…………」
え?
「本読んでるところ」
「あ、ああ」
そっちね。
びっくりした。
「静かで」
ユキナが続ける。
「優しくて」
「俺、優しかった?」
「うん」
「例えば?」
ユキナは少し考える。
「去年」
「うん」
「私が図書室で本を落としたとき」
「…………」
「何も言わずに拾ってくれた」
「それ普通じゃない?」
「天野君は、そのまま何も言わずに戻った」
「コミュ障すぎるだろ」
ユキナはクスッと笑った。
初めてちゃんと笑った顔を見た。
「でも」
ユキナが言う。
「そういうところが、天野君らしかった」
「…………」
俺は答えられなかった。
俺じゃない。
それは俺の優しさじゃない。
本物の天野ハヤテのものだ。
「鬼頭」
「何?」
「俺のこと……」
聞いてみよう。
「昔から知ってる?」
「同じ中学だったから」
「マジ?」
知らなかった。
「じゃあさ」
俺はスマートフォンを持つ。
「ちょっと聞きたいことあるんだけど」
「うん」
「俺って昔、大きな病気とかした?」
ユキナの表情が変わった。
「…………」
「知ってる?」
「病気じゃないよ」
「え?」
ユキナが俺を見る。
「事故」
背筋に、何か冷たいものが走った。
「事故?」
「うん」
「いつ?」
「小学生の頃」
「何歳?」
「確か……」
ユキナが考える。
「6年生になる前……じゃなくて、6年生のとき」
11歳。
やっぱり。
「どんな事故?」
「詳しくは知らない」
「…………」
「でも、すごく大きな事故だったって」
ユキナの声が、少し小さくなる。
「しばらく学校にも来なかった」
「どれくらい?」
「半年くらい」
半年。
「それで……」
ユキナが、俺の胸を見る。
「手術したって」
ドクン。
心臓が鳴った。
「手術……」
「うん」
「何の?」
「そこまでは……」
「…………」
俺はスマートフォンを握る。
「事故の日って覚えてる?」
「え?」
「何月何日」
「そんな昔のこと……」
「...頼む!!」
俺の声が、思ったより強くなった。
ユキナが驚く。
「ごめん」
「ううん」
彼女は考える。
「日にちまでは……」
「そっか」
「でも」
ユキナが言った。
「9月だったと思う」
「…………」
世界の音が、少し遠くなった。
9月。
「どうして?」
「…………」
「天野君?」
「いや」
俺は立ち上がった。
「ごめん。ちょっと行ってくる」
「え?」
「ありがとう、鬼頭」
「天野君?」
俺は図書室を出た。
◇
放課後。
家に帰った俺は、すぐに自分の部屋へ向かった。
「母さん!」
階下へ叫ぶ。
この身体の母親。
未だにそう呼ぶことには抵抗がある。
「なにー?」
「ちょっと聞きたいことある!」
「後でじゃダメ?」
「できれば今!」
足音。
母親が部屋へ来る。
「どうしたの?」
「あのさ」
俺は胸の傷を指差した。
「俺が昔事故ったときのこと」
母親の顔が、一瞬で変わった。
「……どうしたの、急に」
「ちょっと気になって」
「…………」
「俺、最近あんまり覚えてなくて」
母親は黙った。
「事故って、いつだった?」
「ハヤテ……」
「日にち」
俺は聞いた。
「何月何日?」
母親はしばらく答えなかった。
その顔を見て。
嫌な予感が、確信に変わっていく。
「……9月よ」
「何日?」
「…………」
「母さん」
そして...母親は言った。
「9月16日」
――ドクン。
「…………」
「2020年」
――ドクン。
「9月16日」
「…………」
俺は...何も言えなかった。
2020年9月16日。
俺が死んだ日。
そして...天野ハヤテが、事故に遭った日。
同じ日。
「どうしたの?」
母親の声。
聞こえない。
頭の中で、何かが繋がろうとしている。
俺の事故。
ハヤテの事故。
胸の傷。
病院。
そして。
あの言葉。
『ドナー』
「……母さん」
自分でも分かる。
声が震えている。
「何?」
「俺…何の手術したの?」
母親の顔から、血の気が引いた。
「…………」
その反応は...何かある。
「母さん?」
「今日は……」
「何?」
「もういいでしょ」
母親が立ち上がる。
「待って」
「夕飯作らないと」
「母さん!」
腕を掴む。
母親が俺を見る。
その目には...。
怯え。
悲しみ。
そして...言葉では表現できない苦しみがあった。
「……ハヤテ」
「何?」
「あなたは」
母親が俺の胸に手を置く。
心臓の上。
「生きてる」
「…………」
「それでいいじゃない」
「どういう意味?」
「お願い」
母親の目に涙が浮かんだ。
「もう聞かないで」
そして...部屋を出ていった。
扉が閉まる。
「…………」
俺は一人、立ち尽くした。
胸に手を当てる。
ドクン。
ドクン。
「何なんだよ……」
この心臓。
この傷。
6年前。
俺が死んだ日。
同じ日に、天野ハヤテは事故に遭った。
そして、大きな手術を受けた。
『ドナー』
その言葉。
まさか。
「…………」
いや。
待て。
考えすぎだ。
偶然。
同じ日に事故なんて、いくらでもある。
ドナーだって。
臓器移植とは限らない。
……いや。
ドナーって、普通そういう意味だろ。
「…………」
俺はスマートフォンを開いた。
検索窓。
指が震える。
入力する。
『臓器移植、事故、心臓、記憶』
検索。
大量の記事が出てくる。
医学的な説明。
体験談。
都市伝説。
俺は画面をスクロールする。
その中で、ある言葉が目に入った。
「臓器移植後の人格変化」
「…………」
開く。
読む。
そして、別の記事。
「心臓移植と記憶」
俺の呼吸が少しずつ速くなる。
そんな。
まさか。
「俺……」
胸を押さえる。
「転生したんじゃ……」
言葉が...止まった。
その瞬間。
――ドクン!!
「っ!!」
胸に...正確には心臓に激痛が走る。
俺は右手で激しく痛む左胸のあたりを、服ごと力強く鷲掴みにしながら床へ膝をついた。
「ぐっ……!」
心臓が、暴れている。
追い討ちをかけるように目が開けられないくらい耳鳴りが激しく鳴りはじめ、片耳を抑えながら歯を食いしばる。
...どれくらいそうしていただろうか。
痛みが徐々に和らぎ、やがて耳鳴りは聞こえなくなった。
目を開けると、景色が変わっている。
白い天井。
手術室。
誰かの声。
『血圧低下!』
これは――
ハヤテの記憶?
『急いで!』
女性が泣いている。
『先生! 息子を……!』
そして。
医師の声。
今度は、はっきり聞こえた。
『心臓が――』
ノイズ。
聞こえない。
「……くそ」
もっと。
もっと聞かせろ。
『――ドナーが――』
「……!」
その瞬間、視界に砂嵐が走り一瞬で別の景色に変わる。
夜。
道路。
ヘッドライト。
ブレーキ音。
「え?」
これは...知ってる。
俺の――
記憶。
車が突っ込んでくる。
身体が宙を舞う。
地面。
血。
『救急車!』
待て。
何で。
ハヤテの記憶の中に、俺の事故が――?
「…………!」
視界がぼやけ始め、景色が溶けて徐々に鮮明になる。
ハッキリと見える頃には自分の部屋になっていた。
「はぁ……はぁ……」
肩で息をしながら、周りを見回す。
全身から汗が噴き出ているのを感じる。
両手が震えている。
もう一度、胸に手を当てる。
ドクン。
ドクン。
心臓は、また普通に動いている。
「…………」
分からない。
何も。
でも。
一つだけ。
偶然ではない。
そんな気がした。
俺が死んだ日。
天野ハヤテが死にかけた日。
同じ。
2020年9月16日。
そして。
6年後。
2026年9月16日。
俺は、この身体で目を覚ました。
「……ちょうど6年」
事故の日も。
俺が目覚めた日も。
9月16日。
俺は胸の傷を見た。
その下で、心臓が動いている。
「天野ハヤテ……」
俺は、自分の胸に問いかけた。
「お前は――」
いや。
違う。
本当に聞きたいのは...それじゃない。
俺は。
この身体は。
この心臓は。
一体――
誰のものなんだ?
◇
同じ夜。
天野家のリビング。
ハヤテの母親は、ひとりで古い箱を開けていた。
中には、6年前の書類。
手術同意書。
そして、一枚の紙。
母親は、それを震える手で取り出した。
書類の上部にはこう書かれていた。
『臓器移植に関する説明及び同意書』
「…………」
母親の目から...一滴。
涙が落ちた。
「ハヤテ……」
そして。
書類の下には、移植された臓器が記されている。
母親は、その部分を指でなぞった。
――心臓。
そして、もう一つ。
だが。
その先を、俺はまだ知らない。
ましてや。
その臓器が、かつて誰の身体の中で生きていたものなのか。
知るはずもなかった。
6年前。
同じ日。
二つの事故。
一人は死に。
一人は生き残った。
そして6年後。
本来なら、決して交わるはずのなかった二つの人生が。
一つの身体の中で――
再び動き始めていた。
第7話を最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
今回、物語の核心に大きく近づきました。
2020年9月16日。
32歳だった「俺」が交通事故で死亡した日。
そして――。
11歳だった天野ハヤテが大事故に遭った日。
二人の事故日は、まったく同じでした。
さらに、ハヤテの胸に残る大きな手術痕。
母親が隠していた「臓器移植に関する説明及び同意書」。
そして移植された――心臓。
果たして、これはただの偶然なのでしょうか。
そもそも「俺」は、本当に天野ハヤテへ転生したのでしょうか。
そしてもう一つ。
今回、鬼頭ユキナとハヤテが初めてゆっくりと言葉を交わしました。
ユキナが好きになったのは、今のハヤテではありません。
静かで、臆病で、不器用だけれど優しかった――「昔の天野ハヤテ」。
しかし、そのハヤテは今どこにいるのでしょうか。
次回、第8話。
母親が隠している6年前の真実。
自分一人では調べられないと考えたハヤテは、ある人物に協力を求めることになります。
頭が良く、冷静で、そしてハヤテの変化を密かに観察していたクラスメイト――佐藤ミキ。
二人は6年前の「天野ハヤテ」を調べ始めます。
しかしその頃。
黒川蓮司が忠告した「5人の上にいる者たち」もまた、ハヤテへ近づき始めていました。
次話も読んでいただけたら嬉しいです。




