第6話「瀬尾カレンの彼氏」
第5話まで読んでいただき、ありがとうございます!
名古屋から帰ってきたハヤテを待っていたミナミ。
少しずつ近づいていく二人の距離。
しかし、その帰り道――。
二人の後ろには、謎の黒い車がいました。
第1話で不良5人を倒した、たった一度の喧嘩。
その出来事はハヤテの知らないところで、さらに大きな人間関係へと繋がり始めています。
そして今回、ついに瀬尾カレンの彼氏がハヤテの前に姿を現します。
黒川蓮司、19歳。
巨大な暴走族の中でも上の立場にいる男。
彼がハヤテの前に現れた本当の目的とは――。
第6話「瀬尾カレンの彼氏」
よろしくお願いします。
月曜日の朝。
俺は教室の自分の席に座りながら、窓の外を眺めていた。
「…………」
結局、土曜日に見た黒い車のことが頭から離れなかった。
偶然だろ。
そう思いたい。
でも。
同じ車を何度も見た。
俺たちが曲がれば曲がる。
止まれば止まる。
そしてミナミを家まで送った後には、いなくなっていた。
「……やっぱつけられてたよな」
小さく呟く。
理由は一つしか思い浮かばない。
あいつらだ。
先週、裏庭で俺が殴り合った5人。
カレン先輩も言っていた。
『あいつらだけで終わると思わない方がいい』
そしてミナミ。
『暴走族と繋がってるって』
「暴走族ねえ……」
32歳にもなって、まさか高校生の身体で暴走族に目をつけられるとは。
人生、何が起こるか分からんな。
...一回死んでるけど。
「何ひとりでブツブツ言ってんだよ」
隣から声がする。
高木ソウタ。
「人生について考えてた」
「朝から重っ」
「色々あるんだよ」
「高校生が?」
「高校生にもあるだろ」
中身32歳だけど。
「それより天野」
「ん?」
ソウタがニヤニヤしている。
嫌な顔だ。
「土曜日」
「土曜日?」
「藤田とデートしてたってマジ?」
「…………」
なんで知ってんだ。
「してねえよ」
「駅で2人で歩いてたって」
「誰情報?」
「うちのクラスの女子」
怖っ。
高校生の情報網、
怖っ。
「たまたま会っただけ」
「ふーん」
「なんだよ」
「別にぃ?」
腹立つ。
「幼馴染なんだろ?」
「ああ」
「藤田ってめちゃくちゃ人気あるぞ」
「らしいな」
「らしいなって……」
ソウタが呆れる。
「お前、興味ないの?」
「何に」
「藤田に」
「…………」
一瞬、土曜日のミナミを思い出した。
私服。
夕暮れ。
『嫌いじゃないよ。今のハヤテ』
「…………」
「お?」
ソウタの顔が近づく。
「なんだよ」
「今、考えただろ」
「考えてねえ」
「絶対考えた」
「うるせえ」
「顔赤くね?」
「赤くねえ!」
「怪しいなあ」
こいつ。
友達になった途端、急にウザくなったな。
そのとき。
「おはよう」
佐藤ミキがやってきた。
「おう」
「おはよう」
俺とソウタが答える。
ミキが俺を見る。
「天野君、怪我だいぶ良くなったね」
「ああ」
頬の腫れはほとんど引いた。
口の傷も治ってきた。
「もう喧嘩しちゃダメだよ」
「しないよ」
「本当に?」
「向こうから来なければ」
「それ、する人の言い方」
ソウタが笑う。
「こいつ絶対またやるよ」
「お前のせいでやったんだけどな」
「あ……」
「冗談だよ」
俺が笑うと、ソウタも笑った。
そのとき。
視線を感じた。
「?」
少し離れた席。
鬼頭ユキナ。
目が合った。
「あ」
ユキナが慌てて、本へ視線を落とす。
「…………?」
何だ?
俺、何かしたか?
◇
昼休み。
俺はソウタと購買へ向かっていた。
「焼きそばパン絶対買う」
「そんな人気なの?」
「知らないのかよ」
「知らん」
「毎日争奪戦だぞ」
「高校生って大変なんだな」
「お前も高校生だろ」
そうでした。
廊下を歩いていると正前から、見覚えのあるポニーテール。
瀬尾カレン。
向こうも俺に気づいた。
「天野君」
「どうも」
「随分元気そうね」
「おかげさまで」
カレンが俺の顔を見る。
「傷、治ってきたじゃない」
「若いんで」
「何その言い方」
しまった。
32歳の感覚が出た。
「ところで」
カレンがソウタを見る。
「ちょっと借りていい?」
「俺?」
「天野君」
「どうぞどうぞ」
ソウタ。
お前、即答すんな。
「じゃあ俺、焼きそばパン買ってくるわ」
「俺の分も!」
「残ってたらな!」
ソウタが走っていく。
裏切り者。
「で?」
俺はカレンを見る。
「何です?」
「こっち」
連れてこられたのは、人の少ない渡り廊下だった。
「……なんか最近、女子に連れ出されること多いな」
「モテる男は大変ね」
「モテてないですよ」
「そう?」
カレンが笑う。
「藤田さんとは仲良さそうじゃない」
「幼馴染です」
「へえ」
何だ、その意味深な顔。
「それで?」
俺は壁にもたれる。
「俺に何の用ですか?」
カレンの表情が変わった。
「土曜日」
俺の身体が僅かに固まる。
「黒い車に、つけられなかった?」
「…………」
やっぱり。
「知ってるんですか?」
「答えて」
「……いましたよ」
「やっぱり」
カレンが小さくため息をついた。
「誰なんです?」
「私の知り合い」
「先輩の?」
「正確には――」
カレンは少し迷ってから言った。
「彼氏の知り合い」
彼氏。
そういえば。
カレンには彼氏がいる。
そんな話を聞いた気がする。
「先輩の彼氏って……」
「黒川蓮司」
その名前を、俺は初めて聞いた。
「3年ですか?」
「学校にはいない」
「高校生じゃない?」
「19歳」
「年上かよ」
カレンが頷く。
「蓮司は……ちょっと特殊なの」
「特殊?」
「暴走族」
「…………」
なるほど。
全部繋がった。
「先週の5人」
俺が言う。
「そいつの仲間?」
「直接の仲間じゃない」
カレンが首を振る。
「もっと下のグループ」
「じゃあその黒川って人は……」
「上にいる人」
なるほどね。
面倒なことになった。
「ちなみに」
俺は聞く。
「どれくらい上です?」
「かなり」
「聞かなきゃよかった」
カレンが少し笑った。
「怖い?」
「怖いですよ」
俺は即答した。
「俺、喧嘩強くないんで」
「…………」
「何です?」
「5人倒した人が言う?」
「あれは死ぬ気でやっただけです」
「普通は死ぬ気でも5人倒せない」
それは俺もそう思う。
今になって考えると、よく勝てたな。
「でも」
カレンが言う。
「私にも責任あるかもしれない」
「なんで?」
「蓮司、嫉妬深いから」
「…………」
嫌な予感。
「もしかして」
「あなたと私が学校で話してる写真」
カレンがスマートフォンを見せる。
そこには、階段で話す、俺とカレン。
そして少し離れたところに、ミナミ。
誰だよ撮ったの。
「これが蓮司に送られたみたい」
「……俺、何もしてないですよ」
「知ってる」
「先輩にも興味ないです」
「それはそれで腹立つわね」
「どうすりゃいいんですか」
カレンが笑った。
でも、すぐに表情を戻す。
「天野君」
「はい」
「蓮司には気をつけて」
「そんなヤバい人?」
カレンは答えない。
その沈黙が答えだった。
「……先輩」
「何?」
「なんでそんな人と付き合ってるんです?」
カレンの目が、少しだけ揺れた。
「…………」
「いや。言いたくなかったらいいです」
俺がそう言うと、
カレンは、小さく笑った。
「変な人」
「今日二回目です」
「前の天野君なら、そんなこと聞かなかったでしょうね」
またかよ、前の俺。
「みんな前の俺好きだな」
冗談のつもりだった。
だが、カレンは少し考えてから言った。
「私は今の方が好きだけど」
「…………」
「その顔」
カレンが笑う。
「冗談よ」
「やめてくださいよ」
心臓に悪い。
「じゃあ」
カレンが歩き出す。
「あまり一人で行動しないこと」
「分かりました」
「それと」
振り返る。
「藤田さんにも気をつけてあげて」
俺の表情が変わった。
「ミナミに何かするんですか?」
「分からない」
「…………」
「でも蓮司は」
カレンの声が低くなる。
「自分のものに他人が触れるのを、すごく嫌う人だから」
そう言って、カレンは去っていった。
◇
放課後。
俺はソウタと校門へ向かっていた。
「結局焼きそばパン買えなかったじゃん」
「俺は買った」
「俺のは?」
「売り切れ」
「絶対嘘だろ」
「本当本当」
「お前、俺が瀬尾先輩と話してる間に――」
「ハヤテ!」
後ろから声。
ミナミ。
「おう」
「今日一緒に帰――」
そこで、ミナミの言葉が止まった。
「……何?」
彼女の視線は、俺ではなく。
校門の外へ向いている。
ソウタも気づいた。
「……天野」
「ああ」
黒い車。
土曜日に見た車と、よく似ている。
その横に、一人の男が立っていた。
黒い髪。
背が高い。
派手な格好ではない。
むしろ、拍子抜けするほど普通。
ただ。
目が違う。
俺を見ている。
瞬きもせず。
獲物を狙う猛獣のように。
「…………」
嫌な予感しかしない。
男がこちらへ歩いてくる。
周囲の生徒たちが、少しずつ距離を取る。
知っている奴もいるらしい。
「黒川……」
誰かが小さく呟いた。
黒川?
さっき聞いた名前。
男が、俺の前で止まる。
「天野ハヤテ?」
低い声。
「そうですけど」
「へえ」
頭から足まで、値踏みするように見られる。
「お前が」
男は少し笑った。
「5人やった奴か」
ソウタが、僅かに後ろへ下がる。
ミナミも黙っている。
俺は男を見る。
「黒川蓮司さん?」
男の眉が、少し動いた。
「俺のこと知ってんの?」
「ついさっき聞きました」
「誰から?」
「瀬尾先輩」
その瞬間。
蓮司の目から、笑みが消えた。
「……カレンから?」
しまった。
地雷踏んだか。
「そうです」
「ふーん」
蓮司が一歩近づく。
近い。
19歳。
俺からすれば、前世なら13歳も年下。
なのに。
この身体だと、普通に怖い。
「お前さ」
「はい」
「カレンと仲いいの?」
「全然」
即答。
「…………フッ」
「…………」
蓮司が、鼻で笑った。
「お前、面白いな」
「よく言われます」
最近だけど。
「俺が怖くないのか?」
「怖いですよ」
「へえ」
「暴走族なんでしょ?」
周囲がざわついた。
ソウタが小声で、
「お前それ本人に言う?」
と呟く。
確かに。
俺もそう思う。
でも、ここで怯えても仕方ない。
「ただ」
俺は蓮司を見る。
「俺、あんたの彼女に何もしてませんよ」
「…………」
「話しかけられたから話しただけです」
「それだけ?」
「それだけ」
蓮司が俺を見る。
数秒。
沈黙。
そして。
「分かった」
「……え?」
意外だった。
「今日はそれ聞きに来ただけだ」
蓮司が背を向ける。
「待ってください」
俺は呼び止めた。
「何だ?」
「土曜日」
蓮司が振り返る。
「俺たちつけてたの、あんたの仲間ですか?」
周囲の空気が、また変わった。
「…………」
蓮司は答えない。
「俺だけならいいです」
俺は言った。
「でも」
ミナミを一瞬見る。
「こいつは関係ない」
「ハヤテ……」
「俺に用があるなら、俺に直接来てください」
蓮司の目が、少し細くなる。
「女守ってるつもり?」
「そんなんじゃない」
「じゃあ何?」
「関係ない奴を巻き込むのが嫌いなだけです」
沈黙。
やばい。
また余計なこと言ったか。
でも、曲げる気はない。
蓮司は、俺をしばらく見ていた。
そして。
「天野」
「はい」
「一個だけ教えといてやる」
蓮司がゆっくり近づいてくる。
俺の肩に手を置いた。
「先週お前が殴った5人」
「…………」
「あいつら、俺の仲間じゃねえよ」
「え?」
「俺の名前使ってイキってるだけのガキだ」
俺は眉をひそめた。
「じゃあ……」
「俺は、あいつらの仕返しなんか興味ねえ」
意外だった。
もっと、
「仲間やられて黙ってられるか」
みたいな奴だと思っていた。
「ただ」
蓮司の手に少し力が入る。
「カレンは別だ」
目が合う。
さっきまでとは、まるで違う目。
「俺の女に手ぇ出したら」
低い声。
「その時は俺が相手する」
「…………」
怖っ。
「だから出してないって」
思わず言った。
蓮司が吹き出した。
「ハハッ!」
初めて、普通に笑った。
「やっぱお前面白えわ」
肩から手が離れる。
「じゃあな、天野ハヤテ」
蓮司は黒い車へ戻っていく。
俺はその背中を見ていた。
なんなんだ、あいつ。
怖い。
でも。
想像していた人間とは、少し違う。
車のドアを開けたところで、蓮司がもう一度振り返った。
「ああ、そうだ」
「?」
「一つ忠告」
蓮司の表情から、笑顔が消えた。
「俺が動かなくても」
風が吹く。
「お前がやった5人の上にいる奴らは、もう動いてるぞ」
「…………」
「気ぃつけろ」
黒い車のドアが閉まる。
エンジン音。
そして。
車は走り去った。
しばらく、誰も喋らなかった。
「…………」
最初に口を開いたのは、ソウタだった。
「天野」
「何?」
「お前さ」
「うん」
「転校した方がいいんじゃね?」
「俺もちょっと思った」
「ちょっと!?」
ミナミが俺の腕を掴んだ。
「笑い事じゃないでしょ!」
「分かってるって」
「分かってない!」
「痛い痛い!」
「ハヤテ!」
いつものミナミ。
俺は少しだけ安心した。
でも。
黒川蓮司の最後の言葉。
『もう動いてるぞ』
あれだけは、冗談には聞こえなかった。
◇
その日の夜。
俺はベッドに横になりながら、天井を見ていた。
「……忙しいな、俺」
妻を探したい。
天野ハヤテの過去も調べたい。
高校生活もある。
そして。
暴走族に目をつけられた。
32歳の人生でも、こんな短期間に色々起きなかったぞ。
「…………」
胸に手を当てる。
ドクン。
ドクン。
この身体。
天野ハヤテ。
俺は、こいつの人生を借りている。
だったら。
勝手に壊すわけにはいかない。
「もう無茶すんなってことか」
自分に言い聞かせる。
そのとき、スマートフォンが震えた。
ミナミからメッセージ。
『ちゃんと家着いた?』
「…………」
『着いた』
送信。
すぐ既読。
『本当に?』
『本当』
『怪しい人いなかった?』
『いない』
『怪我してない?』
『してない』
少しして。
『ならよかった』
俺は、その文字を見つめた。
そして。
なぜだか、6年前の妻を思い出した。
仕事で帰りが遅くなった日。
『何時に帰る?』
そんなメッセージが、よく届いていた。
最初の頃は、ちゃんと返していた。
でも。
いつからだろう。
既読だけつけて、返さなくなったのは。
「…………」
俺はスマートフォンを握った。
妻を探す。
絶対に。
でも。
それだけじゃない。
今、俺を心配してくれる人もいる。
俺はもう一度、画面を見る。
『ならよかった』
その下に。
俺は一言、打ち込んだ。
『心配してくれてありがとな』
送信。
数秒。
既読。
そして――
しばらく返信は来なかった。
「?」
その頃、自宅のベッドで。
藤田ミナミは、真っ赤な顔でスマートフォンを抱きしめていた。
「…………」
画面には、ハヤテから届いた一言。
『心配してくれてありがとな』
「……ずるい」
ミナミは、小さく呟いた。
昔のハヤテなら、こんなことは言わなかった。
だからこそ。
困る。
昔のハヤテが好きだった。
ずっと。
なのに。
今のハヤテを知れば知るほど。
胸の奥に、別の気持ちが増えていく。
「……本当に」
スマートフォンを胸に抱いたまま、ミナミは目を閉じた。
「あんた、誰なのよ……」
その疑問の答えを。
ハヤテ自身でさえ、
まだ知らなかった。
第6話を最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
ついに登場した、瀬尾カレンの彼氏・黒川蓮司。
暴走族の上に立つ危険な人物。
……のはずが、ハヤテが想像していた「仲間の仕返しに来る不良」とは、少し違う男でした。
第1話でハヤテが倒した5人は、蓮司の名前を勝手に使っていただけ。
蓮司自身には、彼らの仇を取るつもりはない。
ただし――。
「カレンは別だ」
彼女に対する強い執着を見せる蓮司。
そして彼が残した、
『お前が潰した5人の上にいる奴らは、もう動いてるぞ』
という忠告。
ハヤテが巻き込まれた騒動は、まだ始まったばかりなのかもしれません。
一方。
その夜、ハヤテから届いた何気ない一言。
『心配してくれてありがとな』
ずっと「昔のハヤテ」が好きだったミナミ。
でも、今のハヤテを知れば知るほど、新しい感情が生まれていく。
昔のハヤテが好きなのか。
今のハヤテが好きなのか。
それとも――どちらも同じ「天野ハヤテ」なのか。
「あんた、誰なのよ……」
その答えを知る者は、まだ誰もいません。
ハヤテ本人でさえも。
次回、第7話。
少しずつ近づく危険。
そして、天野ハヤテの中に眠る「6年前の記憶」も、再び動き始めます。
次話も読んでいただけたら嬉しいです。




