第5話「待っていた幼馴染」
第4話まで読んでいただき、ありがとうございます!
6年ぶりに訪れた名古屋。
かつて妻と暮らしていた家には、もう知らない家族が暮らしていました。
それでも、
「妻は今も名古屋市内にいるかもしれない」
という小さな手掛かりを掴んだハヤテ。
そんな彼のスマートフォンに届いた、一通のメッセージ。
『ハヤテ、今日どこにいるの?』
6年前に残してきた妻を追いかける「俺」と、
今を生きる天野ハヤテを待つ幼馴染・ミナミ。
過去と現在。
二つの時間が、少しずつ交わり始めます。
第5話「待っていた幼馴染」
よろしくお願いします。
『ハヤテ、今日どこにいるの?』
スマートフォンに表示されたメッセージを、俺はしばらく見つめていた。
藤田ミナミ。
何でこいつが俺の居場所を気にしてるんだ?
返信しようとして、指が止まる。
『名古屋』
そこまで入力して...消した。
『ちょっと出かけてる』
……これも何か変だ。
もう一度消す。
結局、
『名古屋にいる』
とだけ送った。
数秒。
既読。
早いな。
『なんで!?』
すぐ返ってきた。
『ちょっと用事』
『誰と?』
『ひとり』
『何の用事?』
「…………」
取り調べかよ。
思わず笑った。
だが。
何の用事?
そう聞かれると困る。
6年前に死んだ自分の妻を探しに来た。
そんなこと言えるわけがない。
『昔の知り合いを探してる』
送信。
しばらく既読だけがついたままだった。
そして。
『ふーん』
それだけ。
「なんだよ」
俺はスマートフォンをポケットへしまった。
女って分からん。
いや。
32年間生きて結婚までしたけど、結局分からん。
俺はもう一度、かつて自分が暮らしていた家を振り返った。
知らない家族の家。
もう、俺の帰る場所じゃない。
それでも。
妻がまだ名古屋にいるかもしれない。
今日は、それだけ分かった。
十分だ。
「……帰るか」
俺はバス停へ向かって、歩き始めた。
◇
帰りの電車。
窓の外を夕暮れの景色が流れていく。
俺は座席に座り、スマートフォンを触っていた。
検索。
妻の名前。
名字。
旧姓。
SNSで思いつく限り調べる。
それらしいアカウントは見つからない。
「……そりゃそうか」
そもそも妻は、SNSを積極的に使うタイプではなかった。
少なくとも、俺が生きていた頃は。
6年経っている。
今は分からない。
「…………」
俺はスマートフォンを閉じた。
電車の窓に自分の顔が映る。
天野ハヤテ。
何度見ても、自分じゃない。
もし妻を見つけたとして。
この顔でどうすればいい?
『俺だよ』
そう言う?
無理だ。
妻からすれば、知らない高校生。
しかも自分の死んだ夫を名乗る高校生。
警察を呼ばれても文句は言えない。
「……どうすっかな」
会うことばかり考えていた。
会った後のことを、何も考えていなかった。
そのとき、スマートフォンが震えた。
ミナミだ。
『何時に帰ってくる?』
「…………」
何なんだ今日は。
『多分6時くらい』
送信。
『岐阜駅?』
『そう』
既読。
そして...返信は来なかった。
「?」
まあいいか。
俺はスマートフォンをポケットへ戻した。
電車は、岐阜へ向かって走り続ける。
◇
午後6時過ぎ。
岐阜駅。
改札を出る。
「さて……」
帰るか。
そう思って顔を上げた瞬間。
「遅い!」
「うおっ!?」
目の前に、藤田ミナミが立っていた。
「……何してんのお前」
「待ってた」
「なんで?」
「なんでって……」
ミナミが一瞬詰まる。
「暇だったから」
「暇だから駅で俺を待つの?」
「悪い!?」
「いや、悪くないけど」
私服だった。
白いトップス。
薄手のカーディガン。
スカート。
学校で見る制服姿とは、随分印象が違う。
普通に――
可愛い。
「…………」
「何?」
「いや」
「今見たでしょ」
「何を?」
「私の服」
「見てない」
「見た!」
「見てねえって」
「じゃあなんで一瞬黙ったの?」
鋭い。
「似合ってんなと思っただけ」
そう言ってから、
しまった
と思った。
ミナミが固まっている。
「…………」
「なんだよ」
「……そういうこと」
「は?」
「前のハヤテは絶対言わなかった」
またそれか。
「服似合ってるって言っただけだろ」
「それを言わないの!」
「面倒くせえな昔の俺」
「昔のハヤテを悪く言うな!」
「俺なんだけど」
「…………」
「…………」
危ない。
二人とも黙った。
ミナミが俺を見る。
俺は視線を逸らした。
「まあ……帰ろうぜ」
「うん」
二人で駅を出た。
◇
夕暮れの岐阜。
俺とミナミは並んで歩いていた。
何とも言えない。
高校生の女の子と二人で歩く。
身体は17歳。
でも中身は32歳。
これ、傍から見れば普通の高校生カップルなのか?
「…………」
いや。
何考えてんだ俺。
「ハヤテ」
「ん?」
「名古屋で何してたの?」
来た。
「言ったろ。人探し」
「誰?」
「昔の知り合い」
「昔って?」
「…………」
困る。
今の天野ハヤテは、17歳。
6年前なら11歳だ。
32歳だった頃の知り合いなんて...説明できない。
「小さい頃の」
俺は答えた。
嘘だ。
「どんな人?」
「……世話になった人」
また嘘。
胸が痛む。
妻なのに。
俺にとって、一番大切だった人なのに。
それを、
『世話になった人』
としか言えない。
「見つかった?」
「いや」
「そっか」
ミナミはそれ以上聞かなかった。
ありがたかった。
少し歩く。
「ねえ」
今度は俺から聞いた。
「何?」
「なんで待ってたの?」
「…………」
ミナミの歩く速度が、ほんの少し遅くなる。
「だから暇だったって」
「2時間くらい?」
「…………」
「暇すぎだろ」
「うるさい」
「家でアニメでも見てろよ」
「ハヤテがちゃんと帰ってくるか気になったの!」
突然。
ミナミが大きな声を出した。
俺は足を止めた。
「……なんで?」
ミナミも止まる。
夕日の中。
彼女の顔が、少し赤く見えた。
夕日のせいか。
それとも。
「3日前のこともあるし」
ミナミが言う。
「3日前?」
「不良」
「ああ」
「あんた、目を離したら何するか分かんないから」
「子供かよ」
「子供みたいなもんでしょ」
「同い年だろ」
「前はもっと安心できたの!」
また。
前のハヤテ。
「…………」
俺は歩き出した。
ミナミも隣を歩く。
「なあ」
「何?」
「前の俺ってさ」
ミナミを見る。
「そんなに違った?」
「…………」
彼女は、すぐには答えなかった。
「違う」
「どれくらい?」
「全部」
即答。
「全部!?」
「喋り方も」
「うん」
「歩き方も」
「そこまで?」
「人を見る目も」
「目?」
「前は、人と目合わせなかった」
「…………」
「でも今は」
ミナミが俺を見る。
目が合う。
「こうやって、ずっと見る」
「お前が見てるからだろ」
「そういうところ!」
「なんだよ」
「前なら絶対、先に逸らしてた」
そう言われて、俺が先に目を逸らした。
「……これでいい?」
「遅い」
ミナミが笑った。
その笑顔を見て、俺も少し笑う。
「でも」
ミナミが呟く。
「何?」
「嫌いじゃないよ」
「……何が?」
「今のハヤテ」
心臓が、ドクンと鳴った。
「…………」
なんだ、今の。
ミナミは前を向いている。
「昔のハヤテも好きだけど」
好き。
その言葉が、妙に引っかかった。
「好きって」
俺が言いかける。
「幼馴染として!」
ミナミが食い気味に言った。
「まだ何も聞いてねえよ」
「うるさい!」
顔が赤い。
今度は夕日のせいじゃない。
「……変な奴」
「ハヤテに言われたくない!」
また二人で歩き始めた。
俺は、胸の奥に残る妙な感覚を無視した。
俺には妻がいる。
正確には...「いた」
でも。
俺の中では、
まだ「いる」
6年前で、俺の時間だけが止まっている。
ミナミは、天野ハヤテの幼馴染だ。
俺の幼馴染じゃない。
勘違いするな。
俺は自分にそう言い聞かせた。
◇
しばらく歩いて。
俺はあることに気づいた。
「…………」
「どうしたの?」
「いや」
振り返る。
少し離れた場所。
黒い車。
さっきから、何度か見ている気がする。
気のせいか?
「ハヤテ?」
「……なんでもない」
歩く。
角を曲がる。
ミナミが学校の話をしている。
俺は適当に相槌を打ちながら、後ろを気にしていた。
数分後。
また。
黒い車。
「…………」
間違いない。
ついてきてる。
誰だ?
あの時の不良?
いや。
あいつら高校生だ。
車なんて――
「ミナミ」
「ん?」
「今日、どこまで送ればいい?」
「え?」
「家」
「何急に」
「いいから」
ミナミが俺を見る。
「……なんかあった?」
「別に」
嘘。
今日、何回目だ。
「送るよ」
「でも――」
「いいから」
少し強めに言った。
ミナミは不思議そうにしながらも、
「……じゃあお願い」
と答えた。
俺は歩きながら、ガラスに映る後方を見る。
黒い車。
まだいる。
「…………」
嫌な予感がする。
◇
同じ頃。
黒い車の中。
「間違いないっす」
助手席の男が、スマートフォンを見ながら言った。
「天野ハヤテ」
運転席の男が、前を歩く二人を見る。
「隣の女は?」
「藤田ミナミ。同じ学校です」
「彼女?」
「そこまでは」
「ふーん」
運転席の男は煙草に火をつける。
「で?」
「例の連中に確認取りました」
「どうだった」
「マジで一人で5人やったみたいです」
運転席の男が笑う。
「面白えな」
「どうします?」
「まだ何もしなくていい」
「いいんすか?」
「上から話が来るまで待て」
「了解です」
少し間が空く。
助手席の男が、別の写真を表示する。
そこには、瀬尾カレン。
そして、隣に一人の男が写っている。
「ただ……」
「なんだ?」
「例の人、結構気にしてるみたいっすよ」
「カレンさんの彼氏?」
「ああ」
運転席の男の笑みが消える。
「それは面倒だな」
「天野とカレンさん、昨日学校で話してたらしいんで」
「…………」
「誰かが写真回したみたいです」
男は煙を吐いた。
「女絡みかよ」
そして、前を歩くハヤテを見る。
「かわいそうにな」
「何がです?」
「こいつ」
男は笑った。
「自分が何に首突っ込んだか、まだ何も分かってねえ」
◇
「じゃあ、ここでいいよ」
ミナミが立ち止まった。
「家、この先だから」
「分かった」
俺は後ろを見る。
黒い車は...
いない。
「…………」
「ハヤテ?」
「ん?」
「やっぱりなんか変」
「元からだろ」
「そういう意味じゃなくて」
ミナミが俺の顔を覗き込む。
「何か隠してる?」
「…………」
今日、妻のことを隠した。
名古屋へ行った本当の理由を隠した。
そして今、黒い車のことも隠している。
「何もねえよ」
また...嘘をついた。
「……そっか」
ミナミは少し寂しそうに笑った。
その顔を見て、胸が痛んだ。
昔、妻にもこんな顔をさせたことがあった気がする。
言わなくてもいい。
心配させたくない。
面倒だから。
そんな理由で、小さな嘘をついた。
そして。
その小さなものが積み重なって、いつの間にか。
俺たちは、何も話さない夫婦になった。
「……ミナミ」
「何?」
言うべきか。
車のこと。
でも。
まだ確証がない。
「いや」
結局、言えなかった。
「じゃあな」
「うん」
ミナミが手を振る。
「また月曜日」
「おう」
俺は歩き出す。
数歩進んで。
「ハヤテ!」
振り返る。
ミナミが立っている。
「今日は……」
少し迷ってから。
「送ってくれて、ありがと!」
「おう」
俺は手を上げた。
そして、再び歩き出した。
ドクン。
ドクン。
胸の中で、心臓が鳴っている。
6年前、俺は妻に言えなかったことがたくさんある。
言わなかったことも。
隠したことも。
そして、そのまま死んだ。
もし。
この人生に、何か意味があるのなら。
同じことを繰り返しちゃいけない。
そんなことを思いながら。
俺はまだ、ミナミに嘘をついていた。
そして――
俺たちの後ろにいた黒い車が、この先の高校生活を大きく変えることになるなんて。
この時の俺は、
まだ知らなかった。
第5話を最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
名古屋から戻ったハヤテを、岐阜駅で待っていたミナミ。
「嫌いじゃないよ。今のハヤテ」
昔からハヤテを知るミナミ自身も、少しずつ「今のハヤテ」に惹かれ始めています。
一方のハヤテも、そんなミナミを少しずつ異性として意識し始めました。
しかし彼の心には、今も6年前に残してきた妻がいる。
そして今回、もう一つ描いたのが「嘘」です。
妻との関係が冷え切るまでに重ねてしまった、小さな嘘。
もう同じことを繰り返したくないと思いながら、ハヤテはまたミナミに真実を隠してしまいました。
そして――。
二人を追っていた謎の黒い車。
第1話の喧嘩から始まった出来事は、ハヤテの知らないところでさらに大きくなっています。
瀬尾カレン。
その彼氏。
そして、彼らの背後にいる巨大な暴走族。
次回、ハヤテの「新しい日常」に、少しずつ危険が近づいてきます。
次話も読んでいただけたら嬉しいです。
また、1日3話ペースで投稿させていただく予定ですが、より良い作品にしていく為に修正含む編集等で少しお時間を頂くことがあるかもしれません。
温かい目で見守っていただけると幸いです。
今後ともよろしくお願いいたします。




