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第3話「友達と、知らない思い出」

第2話まで読んでいただき、ありがとうございます!


不良5人との一件をきっかけに、これまで目立たなかった天野ハヤテの周囲が少しずつ変わり始めました。


助けたクラスメイト。


ハヤテの変化を見つめるミキとユキナ。


そして、「本当にハヤテなの?」と疑い始めた幼馴染のミナミ。


今回は少しだけ、そんな彼らの高校生活へ。


しかし――。


ハヤテ自身もまだ、本当の「天野ハヤテ」を知りません。


この身体は、17年間どんな人生を歩んできたのか。


そして、6年前に何があったのか。


少しずつ、物語の歯車が噛み合い始めます。


第3話、よろしくお願いします。

「……天野」


教室に入って自分の席へ向かうと、隣から声をかけられた。


「ん?」


横を見ると、昨日不良たちに連れていかれていた男子が立っていた。


頬にはまだ青い痣が残っている。


「お前、大丈夫だったのか?」


俺が聞くと、


「それ、俺が言うセリフだから」


男子は苦笑した。


「昨日……ありがとう」


そして深く頭を下げる。


「やめろって」


「でも」


「もう終わったことだろ」


「…………」


「それより座れよ。ホームルーム始まるぞ」


そう言って俺が席に座ると、そいつも隣に座った。


少し気まずそうにしている。


「……なあ」


「ん?」


「名前、覚えてる?」


「…………」


まずい。


覚えてない。


というか知らない。


天野ハヤテとして目覚めてから、クラスメイトの名前なんてほとんど把握できていない。


「……高橋?」


「高木」


「惜しい」


「一文字しか合ってねえよ」


思わず2人で笑った。


「高木ソウタ」


「悪い。覚えた」


「俺ら半年くらい隣の席なんだけど」


「マジ?」


「マジ」


ソウタが呆れた顔をする。


「天野って、こんな奴だったっけ?」


またそれか。


ここ数日で何回言われたんだ。


「じゃあ俺、どんな奴だった?」


何気なく聞いた。


だが、俺にとってはかなり重要な質問だった。


ソウタは少し考える。


「うーん……」


「なんだよ」


「暗い」


「おい」


「人と喋らない」


「おい」


「休み時間ずっと本読んでる」


「悪口しか出てこねえじゃねえか」


「いや、でも頭はいい」


「取って付けたな?」


ソウタが笑う。


俺も笑った。


不思議だった。


高校生とこんな会話をしている。


32歳だった俺が。


会社で同僚とくだらない話をしていた頃とは全然違う。


なのに、なんだか懐かしい。


「あとさ」


ソウタが言った。


「お前、前は俺とほとんど喋らなかった」


「そうなのか」


「俺も話しかけなかったけど」


少し間が空く。


「だから……」


ソウタは頭を掻いた。


「昨日助けに来たとき、本当にびっくりした」


「…………」


「怖くなかったの?」


俺は昨日の光景を思い出した。


5人。


金属バット。


正直に言う。


「めちゃくちゃ怖かった」


「え?」


「普通に逃げたかったぞ」


「じゃあなんで来たんだよ」


「お前がボコボコにされてたから」


「…………」


「見ちまった以上、しょうがねえだろ」


ソウタはしばらく俺を見ていた。


そして小さく笑った。


「変な奴」


「助けてもらった奴に言う?」


「でも……」


ソウタが前を向く。


「ありがとう」


今度は頭を下げなかった。


だから俺も、


「おう」


とだけ答えた。


たったそれだけだった。


でも、この日。


天野ハヤテには、たぶん初めてと言っていい、


『男友達』


ができた。



昼休み。


「天野君」


弁当を食べようとしていると声をかけられた。


佐藤ミキ。


「ん?」


「昨日の怪我、大丈夫?」


「ああ。これくらい平気」


「これくらいって……」


俺の頬にはまだ絆創膏が貼られている。


口の中も切れていて、朝飯の味噌汁が染みて死ぬほど痛かった。


「保健室、行った?」


「昨日行ったよ」


「ちゃんと病院は?」


「そこまでじゃないって」


ミキがため息をつく。


「そういうところなんだ……」


「何が?」


「藤田さんが怒る理由」


なんでミナミの話になる?


「ところでさ」


俺は聞いた。


「佐藤って俺と前から喋ってた?」


「え?」


「いや、なんとなく」


ミキは少し考えた。


「必要なときくらいかな」


「必要なとき?」


「プリント渡したり、委員会の連絡したり」


「なるほど」


やっぱり本物のハヤテは、人付き合いが少なかったらしい。


「どうして?」


「いや。ちょっと気になっただけ」


「…………」


ミキが俺を見る。


「天野君」


「ん?」


「最近、変わったよね」


また来た。


「それ昨日から死ぬほど言われてる」


「そうじゃなくて」


ミキは眼鏡の位置を直した。


「なんていうか……」


少し考えてから言う。


「前より、人間っぽくなった」


「前の俺はロボットかよ」


「そういう意味じゃない!」


珍しくミキが慌てる。


俺が笑うと、彼女も小さく笑った。


「天野君って、そんな風に笑うんだね」


その言葉に、俺は何も返せなかった。


だって。


たぶん。


天野ハヤテは...そんな風に笑わなかったのだろう。



少し離れた席。


鬼頭ユキナは、本を開いたままその様子を見ていた。


ページは、さっきから一度も進んでいない。


天野ハヤテ。


同じクラスになって半年。


ほとんど話したことはない。


でも。


ユキナは以前から彼を見ていた。


教室の隅。


1人で本を読む姿。


誰かと騒ぐこともない。


目立とうとすることもない。


少し頼りなくて。


少し寂しそうで。


だけど。


誰かが落とした消しゴムを、誰にも気づかれないよう拾って机に置いておく。


先生が大量のプリントを運んでいると、黙って手伝う。


そんな彼を、ユキナは知っていた。


だから――好きになった。


なのに。


「…………」


今のハヤテは違う。


明るく笑う。


人の目を見る。


冗談を言う。


そして昨日は、5人を相手に1で飛び込んでいった。


怖いくらいに別人だった。


でも。


佐藤ミキと笑っているハヤテを見て。


胸が、少しだけ痛んだ。


ユキナは視線を本へ戻す。


「……なんで」


自分でも分からなかった。


前のハヤテが好きだったはずなのに。


今のハヤテも、気になって仕方がなかった。



「…………」


そして。


教室の外から、その様子を見ている人物がもう1人いた。


藤田ミナミ。


本当はハヤテを昼飯に誘おうと思っていた。


だが。


ミキと楽しそうに話している。


「……ふーん」


なんだろう。


面白くない。


いや。


別にいい。


ハヤテが誰と話そうが自由だ。


昔のハヤテは友達が少なかった。


だからむしろ喜ぶべきだ。


そう、喜ぶべき。


なのに。


「……バカ」


小さく呟く。


ミナミは昔から、ハヤテが好きだった。


いつからなのかは覚えていない。


幼稚園。


小学校。


中学校。


気づいたらいつも隣にいた。


臆病で。


運動が苦手で。


人前に出るのが嫌いで。


でも、優しかった。


そんなハヤテが好きだった。


だから昨日、5人の不良へ向かっていくハヤテを見たとき...


怖かった。


ハヤテが殴られることも。


ハヤテが怪我することも。


でも――


それ以上に、知らない男を見ているようで...


怖かった。


「ねえ……ハヤテ」


昨日から何度も考えている。


あんた、何があったの?


でも。


それとは別に、もう1つ困ったことがある。


昨日から。


前よりずっと、ハヤテを目で追ってしまう。


「……なんなのよ、もう」


ミナミは結局、教室へ入らずに立ち去った。



放課後。


俺は真っ直ぐ家へ帰った。


制服を脱ぎ、ベッドへ寝転がる。


スマートフォンを開く。


今日、1つ気づいたことがある。


俺は天野ハヤテのことを知らなさすぎる。


この身体を使っているのに。


本人がどんな奴だったのか。


何が好きだったのか。


誰と仲が良かったのか。


何をして生きてきたのか。


ほとんど知らない。


俺は写真アプリを開いた。


大量の写真。


学校。


風景。


本。


食べ物。


そして家族。


「……これが親か」


天野ハヤテの両親。


俺にとっては知らない人だ。


だが今、この人たちは俺を息子だと思っている。


胸が痛む。


写真を遡っていく。


高校1年。


中学3年。


中学2年。


中学1年。


そして。


小学生。


幼いハヤテ。


「かわいい顔してんな」


思わず笑う。


その隣には、見覚えのある女の子。


ミナミだ。


「こいつら、本当にずっと一緒だったんだな」


公園。


夏祭り。


海。


運動会。


写真を遡るほど、ミナミが頻繁に出てくる。


そして。


11歳頃。


写真が、突然少なくなった。


「……ん?」


何か月も空白がある。


スクロールする。


そして次に出てきた写真。


俺の指が止まった。


病室。


ベッドに横たわる少年。


ハヤテだ。


顔色が悪い。


身体にはいくつもの管が繋がっている。


「なんだこれ……」


次の写真。


車椅子。


その次。


病院の廊下。


そして。


夏頃の写真。


上半身裸のハヤテ。


胸に、大きな手術痕があった。


「…………」


俺は自分の胸を見る。


制服を脱いでいる。


Tシャツをめくる。


ある。


同じ傷。


胸の中央を走る、大きな手術痕。


「こいつ……」


指で傷をなぞる。


「昔、大病でもしたのか?」


その瞬間だった。


――ドクン。


「っ……!」


心臓が強く鳴った。


一度。


――ドクン。


二度。


「なんだ……?」


胸が苦しい。


そして突然。


視界が白くなった。


白い天井。


眩しい照明。


知らない女の泣き声。


『ハヤテ……!』


誰だ...?


『先生……お願いします……!』


白衣。


マスク。


誰かが走っている。


ストレッチャー。


機械音。


そして。


遠くで、誰かが言った。


『――ドナー――』


「っ!」


俺は飛び起きた。


「はぁ……はぁ……」


部屋。


俺の――


いや。


ハヤテの部屋だ。


額に汗が滲んでいる。


「今の……なんだ?」


夢?


いや。


起きていた。


スマートフォンを見る。


画面には、病院にいる幼いハヤテ。


胸の奥で、心臓が鳴っている。


ドクン。


ドクン。


俺はしばらく、その音を聞いていた。


「……気持ち悪いな」


何なんだ。


俺は。


何なんだ、この身体は。


そして...


天野ハヤテ。


お前は一体――


何があったんだ?



しばらくして。


俺は考えるのをやめた。


今調べても、答えなんて出ない。


それより、俺にはやることがある。


スマートフォンで地図を開く。


岐阜市。


そこから南へ。


愛知県。


名古屋市。


指で地図を拡大する。


懐かしい地名。


懐かしい道。


6年前。


俺が生きていた街。


そして、妻と暮らしていた街。


胸が、今度は違う意味で痛くなる。


6年。


俺にとっては、一瞬だった。


車に撥ねられ。


目を閉じ。


次に開いたら高校生だった。


でも。


妻にとっては違う。


6年間。


俺のいない世界で、生きてきた。


「…………」


怖かった。


妻がどうなっているのかを知るのが。


もし。


再婚していたら。


もし。


子供がいたら。


もし。


俺のことなんて、もう忘れていたら。


「……それでも」


俺は呟いた。


会いたい。


一度だけでいい。


元気なのか、それだけでも知りたい。


そして。


できることなら。


あの日言えなかった言葉を――。


俺はカレンダーを見る。


明後日の土曜日。


予定はない。


「行ってみるか」


名古屋へ。


俺が死んだ街へ。


そして。


妻と暮らしていた...


あの家へ。


スマートフォンの画面に、俺の家までの経路が表示される。


俺はしばらくそれを見つめていた。


6年ぶり。


いや。


俺にとっては――


ほんの数日前まで暮らしていた場所。


明後日、俺は...


6年ぶりに家へ帰る。

第3話を最後まで読んでいただき、ありがとうございました!


高木ソウタという初めての男友達。


変わってしまったハヤテを、それぞれ違った気持ちで見つめるミキ、ユキナ、そしてミナミ。


天野ハヤテとしての「新しい日常」が、少しずつ始まりました。


しかし――。


11歳頃を境に途切れていた写真。


病室。


胸に残された大きな手術痕。


そして一瞬だけ頭の中に響いた、


「ドナー」


という言葉。


天野ハヤテは6年前、一体何を経験したのでしょうか。


そして奇しくもそれは、「俺」が死んだのと同じ6年前――。


次回。


ハヤテはついに岐阜を離れ、名古屋へ向かいます。


事故に遭った場所。


かつて妻と歩いた街。


そして、二人で暮らしていた家。


俺にとっては、ほんの数日前まで帰る場所だった。


でも世界では――もう6年が経っている。


次回、第4話「六年ぶりの帰宅」


次話も読んでいただけたら嬉しいです。

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