第2話 「ねぇ、あんた本当にハヤテ?」
第1話を読んでいただき、ありがとうございます。
不良5人との喧嘩をきっかけに、学校中から注目されることになった天野ハヤテ。
しかし周囲が驚いているのは、喧嘩に勝ったことだけではありません。
昨日まで臆病で、目立つことを避けていた少年が――まるで「別人」のように変わってしまったこと。
そして、その変化に誰よりも早く気づいたのは、幼い頃からハヤテを知る幼馴染・藤田ミナミでした。
少しずつ動き始めた、二度目の人生。
第2話、よろしくお願いします。
翌朝。
教室に入った瞬間、俺は異変に気づいた。
「……なんだ?」
静かだ。
いや、教室そのものは静かじゃない。
いつも通り話し声は聞こえるし、笑い声もする。
なのに俺が扉を開けた瞬間だけ、一瞬、空気が止まった。
そして――
視線。
視線。
視線。
めちゃくちゃ見られている。
「…………」
なんだこれ。
俺は自分の席へ向かった。
すると、
「天野」
突然、男子に呼び止められた。
「ん?」
「昨日のあれ……マジ?」
「昨日?」
「裏庭だよ」
「ああ」
もう広まってんのか。
「5人倒したって?」
「倒したっていうか……」
俺は椅子を引いた。
「向こうが勝手に倒れただけだ」
「いやいやいやいや」
周囲から一斉にツッコミが飛んできた。
なんだ。
お前ら普通に俺と喋れるじゃねえか。
そう思った直後。
「お前、昨日までそんなキャラじゃなかっただろ」
別の男子が言った。
俺の手が止まる。
「……そうなの?」
「そうなのって……」
妙な空気になる。
しまった。
俺はまだ、この身体のことをほとんど知らない。
天野ハヤテ。
高校2年生。
成績はいい。
運動は苦手。
友達は少ない。
それくらいしか分かっていない。
「おはよう、天野君」
声をかけてきたのは、クラスメイトで優等生の佐藤ミキだった。
教室で友達と話しているのを見ているので、名前と顔は一致している。
「おう。おはよう」
「…………」
ミキが固まった。
「なんだよ」
「ううん……」
彼女は少しだけ首を傾げた。
「やっぱり、なんでもない」
なんだそれ。
俺は席に座り、隣を見る。
昨日、不良たちに連れていかれた男子の席。
まだ来ていない。
大丈夫だろうか。
昨日は先生たちが駆けつけて大騒ぎになった。
俺も職員室へ連れていかれ、事情を説明する羽目になった。
5対1。
しかも向こうは金属バット持ち。
さすがに俺だけが一方的に悪いという話にはならなかったが、当然注意はされた。
俺としては、
そんなことより――。
スマートフォンを取り出す。
検索画面には、昨夜調べた履歴が残っている。
6年前。
俺が住んでいた場所。
昔の勤務先。
そして――妻の名前。
何度検索しても、それらしい情報は出てこなかった。
当たり前か。
一般人の名前を検索したところで、現在地まで分かるわけがない。
SNSも探した。
だが、見つからない。
名前を変えている可能性だってある。
……再婚していたら。
そこまで考えて、検索する指が止まった。
「…………」
何考えてんだ、俺。
6年だぞ。
俺は死んだ。
妻からすれば、俺は6年前に死んだ夫だ。
ずっと俺を待っている方がおかしい。
頭では分かっている。
でも、胸の奥が妙に苦しくなった。
俺は無意識に胸へ手を当てた。
ドクン。
ドクン。
心臓の音。
「……?」
一瞬だけ、変な感覚がした。
この鼓動を、
俺は以前にも――。
「ハヤテ!」
「うおっ!?」
突然耳元で叫ばれた。
顔を上げる。
藤田ミナミ。
「お前……びっくりさせんなよ」
「こっちのセリフ!」
「は?」
「ちょっと来て!」
「いや、もうすぐホームルーム――」
「いいから!」
腕を掴まれた。
「痛い痛い痛い!」
そのまま教室の外へ引きずられる。
周囲から、
「修羅場だ」
「幼馴染怒ってるぞ」
「天野終わった」
好き勝手な声が聞こえた。
なんで俺が怒られんだよ。
◇
連れてこられたのは、校舎裏の階段だった。
「で?」
俺は壁にもたれた。
「何?」
「何じゃない!」
ミナミが俺を睨む。
改めて見ると、本当に整った顔をしている。
明るい茶色の髪。
大きな瞳。
活発そうな雰囲気。
学校で人気があるのも分かる。
「昨日のこと!」
「ああ」
「5人相手に喧嘩したんでしょ!?」
「した」
「バット持ってたんでしょ!?」
「持ってた」
「なんで行ったの!?」
「隣の席の奴がやられてたから」
「だからって!」
ミナミが言葉を詰まらせる。
「先生呼ぶとかあったでしょ!」
「まあ、それはそうだな」
「だったら――」
「でも間に合わなかったかもしれないだろ」
ミナミが黙った。
「あいつ、もう殴られてた。バット持ってる奴もいた。先生探してる間に何かあったら後悔する」
「だから自分が殴られてもいいって?」
「良くはねえよ。痛えし」
「じゃあ!」
「でもさ」
俺は言った。
「5人で1人囲んで土下座させるような奴ら見て、見なかったことにはできねえだろ」
しばらくの間、沈黙。
ミナミが俺を見ている。
何か変なこと言ったか?
「……ハヤテ」
「ん?」
「昨日も思ったんだけど」
ミナミの表情が変わった。
怒っているわけじゃない。
悲しんでいるわけでもない。
俺を――観察している。
「何?」
「…………」
ミナミが一歩近づいた。
「ねえ」
その目が、真っ直ぐ俺を見る。
「――あんた、本当にハヤテ?」
心臓が跳ねた。
「……は?」
「ハヤテ、そんな喋り方しない」
「…………」
「人の目見て話すの苦手だったし」
ミナミが指を折る。
「喧嘩なんて絶対しない」
二本目。
「走るのも遅い」
三本目。
「女の子と喋るとすぐ顔赤くなる」
四本目。
「あと私に『お前』なんて言わない」
「……マジ?」
「マジ」
知らねえよ、本人じゃないんだから。
とは言えない。
「昨日からずっと変」
ミナミが俺の胸元を掴んだ。
「見た目はハヤテなのに……」
そして、小さな声で言った。
「中に、知らない人がいるみたい」
背筋が冷えた。
こいつ、鋭い。
「……漫画の読みすぎじゃね?」
俺は笑った。
「え?」
「俺は俺だよ」
「でも――」
「昨日、あいつが連れていかれてるの見てさ。なんか頭に来たんだよ」
「…………」
「人間、変わることくらいあるだろ」
苦しい。
我ながら苦しい。
だが他に説明しようがない。
「……事故でも遭った?」
「なんでだよ」
「頭打ったとか」
「お前、俺をなんだと思ってんだ」
思わず笑った。
ミナミも少しだけ笑う。
しかし、その目から疑いは消えていなかった。
「まあいいや」
ミナミが俺から離れる。
「でももう、昨日みたいなことしないで」
「それは約束できんな」
「なんで!?」
「同じこと見たら多分また行く」
「バカ!」
「知ってる」
「知らない!ハヤテはそんなバカじゃなかった!」
「じゃあ今日からバカになったんだろ」
「もう!」
ミナミが頬を膨らませる。
その顔を見て、ふと思った。
この子は、本当の天野ハヤテを知っている。
幼馴染。
ということは。
俺よりずっと、この身体の持ち主について知っている。
いつか聞かなきゃならない。
天野ハヤテが、どんな人間だったのか。
そのときだった。
「朝から随分楽しそうね」
上から声がした。
振り返る。
階段の上。
1人の女子生徒が立っていた。
長い黒髪をポニーテールにまとめている。
背が高い。
整った顔立ち。
そして何より――
妙に目力が強い。
制服のリボンの色を見る。
3年。
先輩だ。
「瀬尾先輩」
ミナミが言った。
瀬尾カレン。
昨日、窓から俺を見ていた女子生徒だ。
カレンは階段を下りてきた。
俺の前で止まる。
「あなたが天野ハヤテ?」
「そうですけど」
「へえ」
じっと見られる。
なんだよ。
「昨日の見てたわ」
「……どうも」
「褒めてない」
「ですよね」
カレンが僅かに笑った。
「思ってたのと違う」
またそれか。
「俺、有名人なんですか?」
「ある意味ね」
「どういう意味です?」
「目立たないことで有名」
「それ有名って言わないですよ」
カレンが笑う。
「面白いじゃない」
隣を見ると、ミナミがなぜか不満そうな顔をしていた。
「瀬尾先輩、俺に何か用ですか?」
「別に」
カレンは俺を見る。
「顔を見ておこうと思っただけ」
「俺の?」
「ええ」
そして俺とすれ違う。
その瞬間、
「気をつけた方がいいわよ」
小さな声。
「何をです?」
カレンが足を止めた。
だが振り返らない。
「昨日の5人」
「…………」
「あいつらだけで終わると思わない方がいい」
空気が変わった。
「どういう意味ですか?」
「そのうち分かる」
カレンはそのまま階段を上っていった。
「なんだ、あの人」
俺が呟く。
ミナミは何も答えなかった。
「ミナミ?」
「……ハヤテ」
「ん?」
「本当に気をつけて」
さっきまでとは違う。
ミナミの顔から笑顔が消えていた。
「昨日の人たち……あんまり良くない噂あるから」
「良くない噂?」
「暴走族と繋がってるって」
「暴走族?」
今時そんなのいるのか。
いや、いるか。
岐阜だし。
...岐阜に失礼だな。
「結構大きいグループらしいよ」
「ふーん」
「ふーんじゃない!」
「分かった分かった」
「絶対分かってない!」
そんなやり取りをしているうちに予鈴が鳴った。
「やべ」
「ほら! 早く!」
2人で教室へ戻る。
その途中俺はもう一度、胸へ手を当てた。
ドクン。
ドクン。
普通に動いている。
なのに、さっきの妙な感覚。
あれは何だったんだろう。
◇
同じ頃。
岐阜市内。
薄暗い倉庫の中に、十数台のバイクが並んでいた。
その奥で、ソファに座った男がスマートフォンを見ている。
画面には1枚の写真。
学校の裏庭。
血だらけの制服姿で立っている少年。
天野ハヤテ。
「こいつ?」
男が聞いた。
「はい」
目の前に立つ男が答える。
「昨日、うちの下の連中5人やった奴です」
「1人で?」
「……1人です」
「高校生だろ?」
「2年です」
男が笑った。
「面白えじゃん」
その隣で、別の男が写真を覗き込む。
「天野……ハヤテ?」
その男のスマートフォンが震えた。
画面に表示された名前。
――カレン。
男は数秒、その名前を見つめる。
そして再び、写真の中のハヤテを見る。
「…………」
「知ってるんすか?」
「いや」
男はスマートフォンを伏せた。
「知らねえよ」
だが、その目は笑っていなかった。
「一応、調べとけ」
「はい」
「どこの奴か。誰とつるんでるか」
そして少し間を置いて。
「――カレンと、どういう関係なのかもな」
6年前に残してきた妻を探したい。
ただ、それだけだった。
なのに俺はまだ知らなかった。
昨日のたった一度の喧嘩が、
俺の知らないところで、
いくつもの人間を動かし始めていることを。
そして――
天野ハヤテとして目覚めた俺自身にも、
まだ知らない秘密が眠っていることを。
第2話を最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
「ねえ、あんた本当にハヤテ?」
幼馴染だからこそ気づいてしまった、ミナミ。
そして、ハヤテに興味を持ち始めた瀬尾カレン。
第1話で助けたかったのは、たった一人のクラスメイトだけ。
しかし、その小さな行動がハヤテの知らないところで、さらに大きな存在を動かし始めました。
一方で、ハヤテ自身にもまだ説明できない「心臓の違和感」が――。
彼は本当に、死んでから6年後の世界へ「転生」したのでしょうか。
次回は少しだけ日常へ。
助けたクラスメイトとの関係、ミキやユキナ、そして幼馴染のミナミ。
今まで孤独だった天野ハヤテの高校生活が、少しずつ変わり始めます。
そしてハヤテは、6年前に残してきた妻を探すため――名古屋へ向かうことを考え始めます。
次話も読んでいただけたら嬉しいです。




