第14話「久世龍臣」
第13話まで読んでいただき、ありがとうございます!
黒川蓮司から教わり始めたのは、喧嘩に勝つための力ではありませんでした。
逃げること。
怖がること。
周囲を見ること。
そして――生き残ること。
少しずつ変わり始めたハヤテ。
しかしその成長を、遠くから楽しむように見ている男がいます。
久世龍臣。
ハヤテの周囲を監視し、ミナミたちにまで目を向け始めた危険な存在。
なぜ蓮司は、久世をそこまで警戒するのか。
二人の間には、過去に何があったのか。
そして今回――。
ついにハヤテは、久世龍臣本人と出会います。
第14話「久世龍臣」
よろしくお願いします。
「ちょっと、助けてほしい」
俺がそう言うと、ソウタとミキはしばらく何も言わなかった。
「…………」
何だよ。
恥ずかしいんだけど。
「天野」
ソウタが口を開く。
「何?」
「お前が?助けてほしい?」
「そう言っただろ」
「珍し」
「帰るぞ」
「待て待て!」
ソウタが俺の肩を掴む。
「冗談だって」
「…………」
「で?」
表情が変わる。
「何すりゃいい?」
「まず」
俺はスマートフォンを見る。
送られてきた写真。
俺、ミキ、ソウタ。
そしてミナミが写っている。
『自分だけ逃げても意味ないよな』
「黒川さんに連絡する」
ミキが頷く。
「私もそれがいいと思う」
「俺は?」
ソウタが言う。
「お前は」
「うん」
「何もするな」
「何でだよ!」
「お前まで巻き込まれたら意味ないだろ」
「もう写真撮られてんだけど?」
「…………」
確かに。
「じゃあ」
少し考える。
「一人にならない」
「は?」
「しばらく」
俺は言う。
「帰るときも、なるべく誰かと一緒にいろ」
ソウタが俺を見る。
「お前は?」
「俺も」
ミキが横から言う。
「本当に?」
「…………」
「藤田さんとの約束」
「分かってる」
もう、一人では動かない。
少なくとも今回は。
◇
10分後。
駅近く。
「見せろ」
俺は蓮司にスマートフォンを渡した。
蓮司が写真を見る。
表情は変わらない。
でも分かった。
怒ってる。
「これ、久世ですよね」
俺が言う。
「多分な」
「多分?」
「龍臣本人が撮るわけねえ」
スクロールするとミナミの写真。
蓮司の指が止まる。
「…………」
「黒川さん?」
「天野」
「はい」
「この女、ミナミ?幼馴染?」
「そうです」
「カレンと仲いい?」
「最近は多少」
蓮司は舌打ちする。
「最悪だな」
「何が?」
「繋がった」
「?」
蓮司が、スマートフォンを返す。
「場所変えるぞ」
「また?」
「今回は、ちゃんと話す」
蓮司が真顔になる。
◇
古い喫茶店。
俺、ミキ、ソウタ。
そして蓮司。
4人。
店員さんが何度もこっち見る。
そりゃそうだ。
高校生3人と。
見た目ちょっと怖い男。
「で」
俺はアイスコーヒーを飲む。
「久世って何者なんです?」
蓮司は黙る。
「前」
俺が続ける。
「関わっちゃいけない奴って言いましたよね」
「ああ」
「でも」
蓮司がスマートフォンを机に置く。
「向こうから関わってきてる」
「…………」
「なら知っときたい」
俺は蓮司を見る。
数秒置いて、蓮司が息を吐く。
「分かった」
そして、話し始めた。
「龍臣は」
少し間。
「俺の先輩だった」
「先輩?」
「ああ」
「暴走族の?」
蓮司が俺を見る。
「俺らのチーム」
「…………」
「皇牙っていう」
ソウタが小さく言う。
「聞いたことある」
「有名?」
俺が聞く。
「岐阜じゃ結構」
ミキも、僅かに顔を曇らせる。
「ニュースで見たことあるかも」
蓮司は続ける。
「元々は、そこまでデカくなかった」
十数人。
地元の連中。
バイクで夜の街を駆け、喧嘩の毎日。
「褒められたもんじゃねえけど」
蓮司が言う。
「最低限のルールはあった」
「ルール?」
「一般人には手ぇ出さない」
「…………」
「女、子供には手ぇ出さない」
「…………」
「カツアゲしない」
「…………」
「薬はやらない」
俺は思わず言う。
「暴走族にもコンプラあるんですね」
「お前ぶん殴るぞ」
「すみません」
ソウタは笑い堪えてる。
ミキは呆れてる。
「その頃の龍臣は」
少し遠い目をしながら蓮司が言う。
「強かった」
「どのくらい?」
「俺より」
「…………」
俺は黙る。
蓮司より強い。
嫌な情報。
「でも」
「問題はそこじゃねえ」
「?」
「龍臣は、喧嘩が終わっても」
「…………」
「やめなかった」
空気が変わる。
「相手が倒れて、もう抵抗できなくても」
「…………」
「殴る」
蓮司が淡々と話す。
「止めても」
「…………」
「笑ってた」
俺は久世の下っ端を思い出す。
『人が壊れていくのを見るのが好き』
「それで」
ミキが聞く。
「どうなったんですか?」
「追い出された」
「久世が?」
「ああ」
「じゃあ今は皇牙じゃない?」
蓮司は首を横に振る。
「逆」
「え?」
「追い出された後」
「…………」
「龍臣は別の連中を集めた」
他のチーム。
半グレに近い連中。
学校を辞めた奴。
喧嘩だけが目的の奴。
金。
暴力。
「それで」
蓮司が言う。
「元の皇牙の連中を」
「…………」
「一人ずつ潰した」
誰も喋らない。
「最後は、皇牙そのものを乗っ取った」
「…………」
ソウタは顔が引きつってる。
「今」
蓮司が続ける。
「皇牙って名前で動いてる連中の中には」
「…………」
「俺らの頃とは全然違う奴らもいる」
「どのくらいいるんです?」
俺が聞く。
蓮司は少し迷う。
「正確には知らねえ」
「…………」
「でも」
俺を見る。
「五人とか十人とか」
「…………」
「そういう話じゃねえ」
なるほど。
俺は椅子に、少し深く座る。
「…………」
勝てるわけない。
一人でも、まともに勝てないのに。
「じゃあ」
俺は聞く。
「黒川さんは?」
「何が」
「何で久世と敵対してるんです?」
蓮司は黙る。
その時。
「カレンさん?」
ミキが小さく言った。
蓮司の目が動く。
「…………」
図星。
「もしかして、カレン先輩が関係してる?」
「半分な」
蓮司は言う。
「龍臣は、昔...カレンに手ぇ出した」
俺の顔が変わる。
「手出したって...?」
蓮司が俺を見る。
「勘違いすんな」
「?」
「付き合おうとしたって意味」
「…………」
良かった。
いや、良くはない。
「カレンは断った」
「はい」
「でも龍臣は」
「…………」
「断られるってことが理解できない」
嫌な奴。
「しつこく追い回して」
「…………」
「俺が止めた」
「それで?」
「殴り合いになった」
「勝ったんですか?」
蓮司は俺を見る。
「負けた」
「…………」
初めて聞いた。
「ボロ負け」
蓮司が苦笑する。
「でも」
「?」
「カレンには、それ以降手ぇ出さなくなった」
「何で?」
「龍臣なりのルール」
「…………」
「俺を潰してから」
「…………」
「カレンを奪うって」
俺は思わず言う。
「面倒くせえ……」
「だろ?」
「恋愛を格闘ゲームにするなよ」
蓮司は少し笑った。
でも、すぐ真顔になる。
「だから」
ミナミの写真。
「これがヤバい」
「…………」
「龍臣は」
「?」
「俺とお前を」
「…………」
「重ね始めてるかもしれねえ」
嫌な予感がする。
「俺ですか?」
「カレンを守ろうとした俺」
「…………」
「周りの女を守ろうとするお前」
「…………」
「龍臣からすれば、遊び相手にはちょうどいい」
「…………」
冗談じゃない。
◇
店を出る。
もう夕方になっている。
「天野」
蓮司が呼び止める。
「何ですか?」
「今日から、一人で帰るな」
「分かってます」
「藤田にも言っとけ」
「…………」
ミナミには、何て説明する?
『暴走族に監視されてます』
絶対怒る。
いや、怒るだけならいい。
泣く。
「あと、知らない番号出るな」
「はい」
「呼び出されても行くな」
「はい」
「挑発されても」
「行きません」
蓮司は少し驚く。
「素直だな」
「俺」
俺は答える。
「怖いんで」
「…………」
「久世」
正直、会ったこともない。
でも怖い。
「それでいい」
蓮司が頷く。
「怖がっとけ」
そしてバイクに向かう。
「明日、朝6時」
「…………」
忘れてた。
「休みません?」
「5時半にするか?」
蓮司がニヤリとする。
「6時でお願いします」
◇
帰り道。
俺、ミキ、ソウタで歩いている。
「皇牙」
ソウタが言う。
「ヤバくね?」
「ヤバいな」
「俺、帰っていい?」
「帰れ」
「いや」
「?」
「一人にならない方がいいんだろ?」
俺は少し笑う。
「じゃあ駅まで」
「了解」
ミキは隣で静かにしている。
「佐藤」
「何?」
「怖い?」
「…………」
「怖いよ」
「だよな」
「でも」
「?」
「天野君の方が」
ミキが俺を見る。
「怖がってそう」
「…………」
「顔に出てる」
「マジ?」
「うん」
俺は頬を触る。
「俺、前だったら...」
少し考える。
「多分、久世のところ行ってた」
ミキは顔が険しくなる。
「一人で?」
「ああ」
『周りに手出すな』
とか。
格好つけて、一人で。
「でも」
俺は言う。
「今は行かない」
「…………」
「怖いから?」
「それもある」
そして。
「俺が行ったら、余計みんな巻き込むかもしれない」
ミキは、少し微笑む。
「成長したね」
「17歳に言われると複雑」
「中身32歳なのにね」
「言うな」
二人で笑う。
前を歩くソウタが振り返る。
「何の話?」
「秘密」
「最近二人怪しいぞ!」
「「違う!」」
また、同時に被った。
◇
その夜。
俺は、ミナミに電話した。
『もしもし?』
「今いい?」
『いいけど』
「ちょっと話ある」
『何?』
言いづらい。
でも約束した。
隠さない。
「俺」
『うん』
「今」
息を吸う。
「ちょっとヤバい連中に目つけられてる」
沈黙。
『…………は?』
「落ち着いて」
『落ち着けるわけないでしょ!』
ですよね。
全部ではないけど、説明した。
写真のこと、監視されてる事。
久世のこと。
『…………』
「ミナミ?」
『ハヤテ』
声が震えてる。
『私の写真も?』
「ああ」
『怖い』
「…………」
その一言。
胸が痛い。
俺が始めた。
あの日ソウタを助けた。
後悔はしてない。
でも。
ミナミまで、怖がらせてる。
「ごめん」
『何で謝るの』
「俺のせいだから」
『違う』
「でも」
『違うよ』
ミナミが強く言う。
『悪いのは』
「…………」
『そんなことしてる奴らでしょ』
俺は黙る。
『ハヤテが人助けしたことまで』
「…………」
『悪いことにしないで』
胸が何だか、熱くなる。
「……ありがとう」
『でも、もう一人で何かしないで』
「分かってる」
『絶対?』
「絶対」
『あと』
「何?」
『明日』
「?」
『私も朝行く』
「どこに?」
『河川敷』
「…………」
嫌な予感。
「何で?」
『黒川って人』
「…………」
『私も会う』
「いや」
『会う』
「ミナミ」
『ハヤテを危ないことに巻き込んでる人でしょ』
「どっちかっていうと助けてくれてる」
『自分で確認する』
「来なくていい!」
『行く!』
電話が切れた。
「…………」
俺はスマートフォンを見る。
「何で、俺の周りは強い女しかいねえんだよ……」
頭を抱えてガシガシと掻きむしる。
◇
翌朝。
午前5時58分。
河川敷。
俺と蓮司。
そして。
「おはようございます」
ミナミだ。
「…………」
蓮司が俺を見る。
「誰」
「藤田ミナミです」
「…………」
「例の?」
「はい」
蓮司は写真を思い出す。
「お前...連れてくんなって」
「俺じゃない!勝手に来ました」
ミナミは堂々として蓮司を見る。
「あなたが黒川さん?」
「ああ」
「ハヤテに喧嘩教えてるんですか?」
「違う」
蓮司が即答する。
ミナミが俺を見て、俺は頷く。
「本当に?」
「本当」
蓮司が言う。
「俺が教えてんのは、逃げ方」
「…………」
ミナミは少し、拍子抜けする。
「あと」
蓮司が俺を見る。
「こいつが、死なない方法」
ミナミの表情が変わる。
「……お願いします」
ミナミが頭を下げた。
俺は驚く。
「ミナミ?」
「ハヤテ、弱いから」
「おい」
蓮司は吹き出す。
「幼馴染公認」
「笑わないでください!」
少し空気が和らぐ。
その時。
「天野」
蓮司が突然、真顔になる。
「今日は実戦」
「…………」
俺は固まる。
「実戦?」
「俺と」
「…………」
「三分」
蓮司が手袋をはめる。
「殴り合う」
「...待ってください」
「逃げてもいい」
「え?」
「三分」
「…………」
「俺から...生き残れ」
蓮司が構える。
ミナミが声を荒げる。
「ちょっと!」
「大丈夫、本気ではやらねえ」
蓮司が言う。
俺は一歩、後ろに下がる。
怖い。
蓮司は強い。
それは知ってる。
勝てない。
でも、勝たなくていい。
三分。
逃げる。
避ける。
考える。
それだけ。
「…………」
俺も構える。
「お願いします」
蓮司は笑う。
「いい顔」
タイマーをセットするミナミ。
「始め!」
蓮司が来る。
速い。
「っ!」
避ける。
拳が頬を掠める。
次は膝が腹に来る。
ガードするが、重い。
「ぐっ!」
でも、倒れない。
後ろに下がる。
蓮司が追う。
逃げ道を確認する。
右は広い。
左は土手。
後ろにはミナミ。
...ダメだ。
俺は右に逃げる。
蓮司が追う。
拳がまた来る。
俺は頭を下げる。
空振り。
「…………!」
見えた。
初めて、ちゃんと見えた。
「成長したじゃん」
「喋ってる余裕あるんすね!」
「あるよ」
腹に蹴りを入れられる。
「ぐっ!」
やっぱり強い。
でも、立つ。
「一分!」
ミナミ。
まだ一分!?
地獄だ...。
◇
二分。
息が上がる。
足が重い。
怖い。
でも、以前と違う。
拳だけを見てない。
足、肩、目、周り、逃げ道。
「…………」
蓮司は、少し笑う。
「天野」
「何ですか!」
「今、俺しか見えてねえぞ」
「…………!」
後ろを見ると、足元に大きな石。
危ない。
咄嗟に避ける。
「そういうこと」
くそ...まだまだ全然だ。
「二分三十秒!」
あと三十。
蓮司は止まる。
「ラストスパートだ」
空気が変わる。
怖い。
「...ちょっと待ってください」
俺が顔を引き攣りながら言う。
「何その顔」
蓮司が踏み込む。
速い。
今までより速い拳だ。
「――っ!」
避けられない。
俺はガードする。
腕に衝撃が走り、痺れる。
だが次が来る。
逃げる。
でも、足がもつれる。
「ハヤテ!」
ミナミが叫ぶ。
俺は転ぶ。
蓮司が目の前にいる。
終わった。
その瞬間。
「三分!」
蓮司の拳が、俺の顔数センチの所で止まる。
「…………」
俺は地面に仰向けになる。
息が荒い。
「はぁ……はぁ……」
蓮司は拳を下ろす。
「合格」
「…………」
俺は笑う。
「勝ってないけど」
「勝つ必要ねえ」
「…………」
「生き残った」
その言葉が嬉しかった。
ミナミが走ってくる。
「ハヤテ!」
「大丈夫」
「本当?」
「今回は本当」
手を差し出される。
その手を掴み、立つ。
その時、拍手が鳴る。
パチ。
パチ。
パチ。
「…………」
三人が拍手のする方を見る。
河川敷の少し離れた場所。
男が一人。
黒いジャケット。
ゆっくりこちらに歩いてくる。
蓮司の顔が、一瞬で変わった。
「…………龍臣」
ドクン。
俺は男を見る。
二十代前半。
整った顔。
笑ってる。
普通。
見た目だけなら。
どこにでもいそう。
でも。
目が笑ってない。
本能で身体が勝手に、警告する。
逃げろ、と。
「おはよう」
久世龍臣。
俺たちを見る。
そして、俺で視線が止まる。
「君が」
笑う。
「天野ハヤテだな?」
「…………」
初めて会った。
なのになぜか分かった。
こいつ、ヤバい。
今までの、誰よりも。
「そうです」
俺は答える。
声が少し震えた。
久世はそれに気づく。
「俺が怖いか?」
「…………」
俺は迷う。
でも、嘘をつく必要ない。
「怖いです」
久世は目を少し見開く。
そして笑った。
「いいね」
一歩近づく。
蓮司が俺たちの前に立つ。
「何しに来た」
「見学」
「帰れ」
「冷たいなあ」
久世の視線が、蓮司そして後ろのミナミで止まる。
「…………」
俺はすぐ、ミナミの前に立つ。
久世はそれを見る。
「へえ」
「見るな」
俺が言う。
蓮司が一瞬、俺を見る。
久世は笑い、両手を上げる。
「何もしないよ」
「信用できない」
「初対面なのに?」
「写真撮らせたのは、あんただろ?」
俺はスマートフォンを出し、言う。
「…………ククク」
久世は笑う。
否定しない。
「嫌だった?」
「当たり前だろ」
「悪いな」
軽い。
「消せよ!」
「いいよ」
「…………」
意外。
「その代わり」
久世は俺を見る。
「一個聞かせて」
「何」
「なんで」
少し首を傾ける。
「そこまでして」
視線がミナミに向く。
「人守りたいの?」
「…………」
答えは簡単。
「大切だから」
久世が聞く。
「自分より?」
「…………」
俺は考える。
昔なら、即答。
『当たり前だ』
でも、蓮司に教わった。
自分が潰れたら、誰も守れない。
「自分も含めて、守りたい」
俺がそう言うと、蓮司が僅かに笑う。
ミナミは俺を見る。
久世は沈黙する。
そして。
「面白い」
またその言葉。
「前より、もっと面白くなった」
「前?」
「話聞いてたから」
久世が俺の横を通り過ぎようとするのを、蓮司が止める。
「龍臣」
「何?」
「こいつらに」
「…………」
「手ぇ出すな」
久世が蓮司を見る。
笑顔が消える。
「それ...命令?」
空気が変わる。
俺は動けない。
蓮司も動かない。
数秒。
久世は笑う。
「冗談」
そして、俺を見る。
「またね」
「できれば二度と」
「それは無理」
俺は眉を寄せる。
久世は背中を向け、歩き出す。
「だって...やっと、壊しがいありそうになってきたから」
「…………」
そう言いながら去っていく。
俺は何も言えない。
足が震える。
拳を握る手には汗が滲んでる。
「黒川さん」
「何」
「今の、本当に人間ですか?」
蓮司が答える。
「だから言っただろ」
「…………」
「関わっちゃいけねえ奴だって」
ミナミが俺の服を掴む。
震えてる。
「ハヤテ」
「大丈夫」
俺はミナミを見る。
今度は、簡単に言わない。
「……いや」
言い直す。
「俺も怖い」
「…………」
「だから」
ミナミの手を軽く握る。
「一緒に帰ろ」
ミナミは少し驚き、そして頷いた。
「うん」
◇
少し離れた場所。
久世は一人で歩いている。
スマートフォンを取り出し、電話をかける。
「俺」
『どうでした?』
「面白かった」
『天野ですか』
「ああ」
久世が振り返る。
遠くにハヤテ、蓮司、ミナミが見える。
「怖いって、ちゃんと言えるんだよ」
『は?』
「普通、格好つけるじゃん」
「…………」
「でもあいつ、怖いって認める」
「逃げる、助け求める。それでも」
久世の目が細くなる。
「守るときだけ前に出る」
『…………』
「だから」
久世が笑う。
「壊したくなる」
電話の向こうは沈黙している。
「まず」
久世が言う。
「蓮司から」
『黒川さん?』
「ああ」
「天野の前で、蓮司を潰す」
『…………』
「それでも、立てるのかな...ククク」
◇
俺はまだ、知らなかった。
久世龍臣が、俺自身を最初から狙っていたわけではないことを。
あいつが見たいのは、人間が何かを失った瞬間。
恐怖に負け、希望を失い、立てなくなる。
その瞬間だった。
そして。
久世が最初に選んだのは、俺ではない。
俺に、
「生き残り方」を教えてくれた男。
黒川蓮司。
俺が、少しずつ信頼し始めていた男だった。
本当の戦いは...
まだ、始まってすらいなかった。
第14話を最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
今回ついに、久世龍臣本人がハヤテの前に現れました。
そして明らかになった、黒川蓮司との過去。
かつて同じ暴走族にいた二人。
一般人には手を出さない。
弱い者から金を取らない。
最低限のルールを持っていた昔のチーム。
しかし久世は、倒れた相手をさらに殴り続けるような危険な人物だった。
追放された後、自分の周囲に新たな人間を集め――ついには元のチームさえ乗っ取ってしまった。
そしてカレンを巡る、蓮司との因縁。
今の二人の関係は、昔から続いていたものでした。
一方。
今回のハヤテは、久世の前でも強がりませんでした。
『怖いです』
逃げることも。
助けを求めることも。
恐怖を認めることも。
それでも、大切な人を守る時には前に出る。
その姿を見た久世は――ますますハヤテに興味を持ってしまいました。
『やっと、壊しがいありそうになってきたから』
そして今回、もう一つ大きく動いたのがハヤテ自身の考え方です。
『自分も含めて、守りたい』
以前なら、自分を犠牲にしてでも誰かを守ろうとしていたかもしれません。
でも今のハヤテは、自分自身も守るべき存在の一つだと少しずつ理解し始めています。
それは黒川蓮司から教わった、最初の「強さ」なのかもしれません。
しかし――。
久世が次に狙おうとしているのは、ハヤテではありません。
ハヤテの前で。
ハヤテが少しずつ信頼し始めている男――黒川蓮司を潰す。
それでもハヤテは立てるのか。
久世龍臣は、それを確かめようとしています。
次回。
蓮司と久世。
過去に一度決着がつかなかった二人の関係が、再び動き始めます。
そしてハヤテは初めて、
「自分が守られる側ではなく、蓮司を守る側に回る」
ことになります。
次話も読んでいただけたら嬉しいです。




