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第二章『暴走族編』 第11話「俺は、橘タクミです」

第一章を最後まで読んでいただき、ありがとうございました!


ここから物語は第二章へ入ります。


橘タクミとしての記憶。


天野ハヤテとしての身体。


そして、6年前に繋がった一つの心臓。


第一章では「自分は何者なのか」という謎を追ってきたハヤテですが、第二章ではさらに別の問題へ巻き込まれていきます。


第1話で不良5人を倒したことで、少しずつ広がってしまった波紋。


黒川蓮司。


瀬尾カレン。


そして、そのさらに奥にいる危険な男――久世龍臣。


しかし今のハヤテは、決して喧嘩が強いわけではありません。


怖い。


痛い。


逃げたい。


それでも、誰かを守るためなら前に出てしまう。


そんなハヤテがこれから、「強さ」とは何なのかを知っていくことになります。


第二章――暴走族編。


第11話「俺は、橘タクミです」


よろしくお願いします。

月曜日。


教室へ向かう廊下を歩きながら、俺はずっと考えていた。


昨日、水野沙織から聞いた話。


橘タクミは死後、臓器提供をしていた。


心臓。


肝臓。


腎臓。


俺の身体の一部は、今も誰かの中で生きている。


そして、当時11歳だった天野ハヤテも、同じ日に事故に遭い、大きな手術を受けていた。


胸に残された傷。


記憶の中の、『ドナー』という言葉。


「…………」


俺は胸に手を当てる。


ドクン。


ドクン。


この心臓は、誰の心臓だ?


いや。


答えなんて、もうほとんど分かっている。


認めるのが怖いだけだ。


「ハヤテ!」


「うおっ!?」


後ろから肩を叩かれた。


「朝から何ぼーっとしてんの?」


ミナミ。


「考え事」


「また?」


「俺だって色々あるんです」


「何その喋り方」


ミナミが俺の顔を覗き込む。


「…………」


「何?」


「昨日、名古屋行った?」


「え」


「行ったでしょ」


なんで分かる。


「顔」


「顔で分かんの?」


「分かる」


幼馴染怖え。


「……行った」


「また一人で?」


「ああ」


「危ない人いなかった?」


「いなかった」


そう言ってから一瞬、自分で止まった。


まただ。


都合が悪いことを、すぐ隠そうとする。


でも。


昨日は本当に、危ない人はいなかった。


嘘じゃない。


「何か分かった?」


「……少し」


「そっか」


ミナミは、それ以上聞かなかった。


「見つかるといいね」


「うん」


「その人」


「…………」


俺は少し笑った。


「ありがとう」



教室。


自分の席へ向かう。


ミキは、もう来ていた。


目が合う。


「…………」


「…………」


お互い、何も言わない。


でも分かる。


放課後。


昨日のメッセージ。


『明日、話したいことがある』


『私も、話したいことがある』


そして。


『多分、すごく大事なこと』


「おはよう」


俺が言う。


「おはよう」


それだけ。


なのに。


ミキの顔が、いつもより硬い。


「天野」


隣をから名前を呼ばれる。


ソウタだ。


「何?」


「佐藤と喧嘩した?」


「してない」


「なんか空気重くね?」


「気のせい」


「藤田とは?」


「なんで朝から俺の女性関係確認してんだよ」


「最近お前しか面白い奴いないから」


「人生を娯楽にすんな」


ソウタが笑う。


俺も笑った。


だけど。


ミキだけは、笑っていなかった。



放課後。


図書室。


俺とミキは、前と同じ席に座った。


机の上に、ミキのノート。


「…………」


「…………」


気まずい。


「佐藤」


「天野君」


同時。


「……どうぞ」


「天野君から」


「いや、佐藤から」


「…………」


「…………」


「じゃんけんする?」


「何で?」


少しだけ、ミキが笑った。


そのおかげで、緊張が解けた。


「俺から話す」


「うん」


俺は、昨日のことを話した。


名古屋駅で水野沙織に会った事。


橘メグミの事。


そして、橘タクミの臓器提供。


もちろん、メグミが俺の妻だということは、まだ言えない。


「橘タクミさんは」


ミキが言う。


「臓器提供をしていたんだね」


「ああ」


「心臓も?」


「……ああ」


「…………」


ミキが、俯いた。


「佐藤?」


「やっぱり」


「え?」


「これ」


ノートを俺の前へ置く。


ページを開く。


そこには。


『橘タクミ 32歳』


「…………」


自分の名前。


6年後。


高校生の姿で、自分の名前を見る。


不思議な感覚だった。


その下。


『2020年9月16日 名古屋市内で交通事故死』


矢印。


『臓器提供』


矢印。


『心臓』


矢印。


『東海地方在住 11歳男児』


さらに別の記事。


『2020年9月16日』


『岐阜市内』


『11歳男児』


『交通事故』


『胸部重傷』


「…………」


俺は言葉を失った。


「佐藤」


「うん」


「これ……」


「偶然だと思う?」


答えられない。


「天野君」


ミキが、俺を見る。


「あなた」


少し間。


「心臓移植を受けてるんじゃない?」


「…………」


...ドクン。


「多分」


俺は答えた。


「母親は話してくれない」


「病院の記録なら」


「簡単には見られない」


「そうだね」


「でも」


俺は胸を押さえる。


「もう」


一度、息を吐く。


「そうなんだろうなって思ってる」


ミキは、黙っていた。


「俺が死んだ日」


口から出た。


「…………!」


ミキの目が、大きく開く。


しまった。


俺が死んだ日。


「今...何て言った?」


「…………」


逃げる?


誤魔化す?


また嘘をつく?


「天野君」


ミキが、俺を見る。


怖い。


でも。


この子はここまで、一緒に調べてくれた。


そして、俺より先に真実へ近づいていた。


「佐藤」


「うん」


「今から言うこと」


「…………」


「絶対に信じないと思う」


ミキは、何も言わない。


「俺自身も」


俺は笑った。


「未だに意味分かってない」


「……うん」


俺は、自分の手を見る。


17歳。


天野ハヤテの手。


そして、言った。


「俺は」


声が震える。


「天野ハヤテじゃない」


「…………」


「少なくとも」


ドクン。


「そう思ってる」


ミキは、俺から目を逸らさない。


「2020年9月16日」


「…………」


「俺は名古屋で仕事してた」


「仕事……」


「32歳だった」


ミキの指が、僅かに震える。


「結婚もしてた」


「…………」


「その日」


夜。


残業の帰り道。


ヘッドライト。


「歩道を歩いてた」


ブレーキ音。


「車が突っ込んできた」


身体が浮く。


「撥ねられた」


地面。


血。


「それで」


その日の朝。


キッチン。


妻の背中。


言えなかった言葉。


『行ってきます』


「……死んだ」


ミキは何も言わない。


「次に気づいたら」


俺は、教室を思い出す。


「6年経ってた」


「…………」


「授業中だった」


「…………」


「鏡見たら」


俺は笑う。


笑うしかない。


「知らない高校生になってた」


しばらくの沈黙。


遠くで、ページをめくる音がする。


「その高校生が」


ミキが言った。


「天野ハヤテ」


「ああ」


「…………」


俺はミキを見る。


「これが」


「俺が知ってる全部」


「…………」


「頭おかしいと思うだろ?」


ミキは答えない。


「俺もそう思う」


「橘タクミ」


ミキが言った。


「え?」


「あなたの名前」


ドクン。


「……そうだ」


初めて。


この世界で。


俺は、自分の名前を他人に認めた。


「橘タクミ」


「…………」


「32歳」


「…………」


「結婚してた」


「うん」


「奥さんは?」


一瞬、迷った。


でも。


もう、ここまで話した。


「橘メグミ」


ミキの表情が変わる。


「だから……」


「うん」


「名古屋で探してた人」


「ああ」


「…………」


ミキが、口元に手を当てる。


「嘘……」


「だよな」


「違う」


「え?」


「そうじゃなくて」


ミキは、ノートを見る。


「全部」


「…………」


「全部繋がる」


「佐藤?」


「天野君が変わった理由」


「…………」


「大人みたいな話し方」


「…………」


「名古屋」


「…………」


「橘タクミ」


「…………」


「心臓」


ミキが、俺の胸を見る。


「もし」


「うん」


「本当に」


声が震えている。


「橘タクミさんの心臓が」


「…………」


「天野君に移植されてたとしたら」


俺は頷く。


「俺も」


胸に手を当てる。


「そう考えてる」


「でも」


ミキが言う。


「記憶まで?」


「分からない」


「医学的には……」


「ありえない?」


「少なくとも」


ミキは、言葉を選ぶ。


「証明されてない」


「だよな」


「でも」


ミキが俺を見る。


「目の前にいる」


「…………」


「橘タクミさんの記憶を持った、天野君が」


その言葉が...少し。


嬉しかった。


信じてくれた。


いや。


完全に信じたわけじゃないだろう。


それでも、否定しなかった。


「怖くない?」


俺が聞いた。


「何が?」


「俺」


「…………」


「中身おっさんだぞ」


「そこ?」


ミキが、初めて笑った。


「いや、重要だろ」


「確かにちょっと嫌」


「おい」


「冗談」


俺も笑った。


そしてミキが、少しだけ真剣な顔に戻る。


「でも」


「?」


「一つだけ」


「何?」


「天野君は?」


「…………」


その質問。


胸に刺さった。


「本当の」


ミキが言う。


「天野ハヤテ君は」


「…………」


「どこにいるの?」


分からない。


それが、一番怖い。


「……分からない」


俺は答えた。


「俺が」


声が小さくなる。


「奪ったのかもしれない」


「…………」


「この身体」


手を見る。


「こいつの人生」


「…………」


「全部」


「それは違う」


即答だった。


顔を上げる。


「どうして分かる?」


「分からない」


「じゃあ」


「でも」


ミキが、俺を見る。


「あなたが望んでやったことじゃない」


「…………」


「だから」


少しだけ微笑む。


「一緒に探そう」


「え?」


「本当の天野君が」


「…………」


「どこにいるのか」


胸の奥。


何かが少しだけ、軽くなった。


「……ありがとう」


「うん」


その日。


俺は、この世界で初めて。


自分の正体を、誰かに話した。



帰り道。


「今日は一人?」


ミキが言う。


「うん」


「藤田さんは?」


「部活」


「そっか」


並んで歩く。


「佐藤」


「何?」


「本当に」


「?」


「誰にも言わないで」


「言えると思う?」


「まあ」


『クラスメイトの中身が32歳の既婚男性でした』


誰が信じるんだ。


「精神科勧められるな」


「多分」


二人で笑う。


そのとき。


「天野ハヤテ」


誰に呼ばれて、足が止まる。


「…………」


またか。


最近。


この呼ばれ方、ろくなことがない。


振り返る。


男が一人。


制服ではない。


20歳くらい。


短い髪。


黒いパーカー。


「誰?」


俺が聞く。


男は答えない。


「佐藤」


「何?」


「先帰って」


「また?」


「頼む」


「…………」


ミキが男を見る。


「約束したよね」


「何を?」


「一人で危ないことしないって」


「…………」


忘れてた。


「大丈夫」


「それ」


ミキが言う。


「藤田さんにも言ってるでしょ」


「…………」


なぜバレる。


男が笑った。


「彼女?」


「「違います」」


俺とミキが同時に言う。


「息合ってんじゃん」


「何の用ですか?」


俺が聞く。


男が、ポケットに手を入れたまま近づいてくる。


「久世さんが」


「…………」


「お前に興味あるって」


来た。


久世。


昨日。


俺は、まだ名前すら知らなかった。


「誰です?」


「知らねえの?」


「有名人?」


男が笑う。


「まあ」


そして、俺の目の前で止まる。


「そのうち嫌でも知る」


「そうですか」


「今日」


「?」


「お前がどんな奴か」


男が俺を見る。


「見てこいって言われた」


「…………」


嫌な予感。


「見たでしょ」


俺は言った。


「普通の高校生です」


「普通?」


「はい」


「5人ボコって?」


「…………」


「黒川さんに目ぇ付けられて?」


「…………」


「カレンさんまで絡んでる?」


「人気者になったもんで」


男が笑った。


「面白えな、お前」


「よく言われます」


「じゃあ」


男の右肩が、僅かに動いた。


「――っ!」


反射的に顔を逸らす。


拳が頬を掠める。


「何すんだ!」


距離を取る。


ミキが、息を呑む。


「へえ」


男が言う。


「避けんなよ」


「いきなり殴る奴いる!?」


「喧嘩って普通いきなりだろ」


「知らねえよ!」


男が、また来る。


速い。


前回の5人とは、全然違う。


拳が顔にまた来る。


避けるが腹に反対の拳を、モロに喰らう。


「ぐっ!」


重い。


息が止まる。


「……っ」


膝が落ちそうになる。


だが踏ん張る。


「天野君!」


ミキが叫ぶ。


「来るな!」


男が笑う。


「一発でそれ?」


「…………」


痛い。


やばい。


こいつ、強い。


「5人倒したって聞いたから」


男が首を鳴らす。


「期待したんだけどな」


拳が飛んでくる。


腕で咄嗟にガードする。


痛い。


蹴りがすかさず来る。


「っ!」


太腿に命中し、姿勢が崩れる。


「天野君!」


「来んな!」


俺は、立ちあがる。


怖い。


さっきまで、ミキと笑ってた。


なのに...今。


目の前にいる男。


俺より明らかに強い。


「ほら」


男が手招きする。


「来いよ」


「…………」


あの時の5人。


俺は勝った。


だから...どこかで。


思ってた。


もしかして。


『俺、喧嘩強いんじゃね?』


馬鹿だった。


あいつらが...弱かっただけだ。


「…………」


拳を握る。


男へ殴りかかる。


だが避けられる。


「遅え」


腹にパンチを喰らう。


「ぐっ!」


肘で背中に一撃を喰らう。


地面に倒れ込む。


「……がっ」


痛い。


呼吸できない。


「天野君!」


ミキの声。


立て、俺。


手が震える。


足にも力が入らない。


でも。


「……まだ」


フラフラになりながらもなんとか立ちあがる。


男の顔が、少し変わった。


「へえ」


「…………」


「根性はあるんだ」


「うるせえ」


俺は、口元の血を拭う。


怖い。


逃げたい。


でも、ミキがいる。


俺が逃げたら。


こいつが、ミキに何かするかもしれない。


「佐藤」


「……何?」


「走れる?」


「え?」


「俺が合図したら」


「…………」


「学校戻れ」


「でも」


「先生呼んで」


ミキが俺を見る。


「分かった」


男が笑う。


「作戦会議終わった?」


「はい」


「じゃ」


男が構える。


「続き――」


俺は全力で、男とは逆方向へ走った。


「佐藤! 逃げろ!」


「え!?」


「は?」


男の声。


知らん。


勝てない。


なら逃げる。


「待てコラ!」


「誰が待つか!」


俺は走る。


ミキも走る。


「天野君!」


「学校!」


「分かってる!」


「お前!」


速い。


追いつかれる。


「待て!」


肩を掴まれる。


「っ!」


振り向きざまき放った俺の拳が、男の頬に当たった。


「……!」


初めてこの一発。


「この!」


男の拳が俺の顔に命中する。


衝撃。


視界が揺れる。


地面が近づく。


「天野君!」


「……走れ」


ミキが、止まっている。


「行け!」


「…………!」


ミキが走る。


よし。


それでいい。


俺は地面から、男を見る。


怒ってる。


そりゃ。


殴ったからな。


「てめえ」


男が、俺の胸ぐらを掴む。


「舐めてんの?」


「……舐めてない」


「じゃあ何だよ」


「怖いから」


「は?」


「逃げただけ」


「…………」


男が一瞬、固まった。


俺は笑った。


「俺」


「…………」


「喧嘩弱いんで」


次の瞬間。


腹を殴られる。


「ぐっ!」


地面を転がる。


蹴りが来る。


咄嗟に腕で守る。


痛い。


怖い。


でも、妙だった。


あの5人の時は俺はただ、頭に血が上ってた。


今は分かる。


俺は、怖がってる。


逃げたい。


痛い。


でも。


それでも。


ミキが逃げる時間くらいは。


「……稼ぐ」


「何?」


「何でもねえよ」


俺は立ちあがる。


足がガクガクと震えてる。


男が俺を見る。


「お前」


「何?」


「本当に弱えな」


「知ってる」


「なのに」


「?」


「なんで立つの?」


「…………」


そんなの決まってる。


「後ろに、守りたい奴がいるから」


俺は言った。


男の表情がはじめて、消えた。



「――そこまでだ」


男の後ろから声がした。


男が振り返る。


俺も見る。


道路脇。


一台のバイク。


男が、ヘルメットを脱ぐ。


「…………」


黒川蓮司。


「蓮司さん」


男の顔が、明らかに変わった。


「何してんだ」


蓮司が言う。


「いや……」


「聞こえなかった?」


「…………」


蓮司が、ゆっくり歩いてくる。


俺を見る。


「酷え顔」


「誰のせいだと思ってんすか」


「俺じゃねえよ」


「先輩の知り合いでしょ」


「先輩って呼ぶな」


男が、口を挟む。


「黒川さん」


「帰れ」


「でも久世さんが」


蓮司の目が変わった。


「…………」


空気が一瞬で冷える。


「久世?」


「はい」


蓮司が、男を見る。


「龍臣が」


「…………」


「こいつに何の用だ」


男は答えない。


「帰って伝えろ」


蓮司が言う。


「天野に手ぇ出すなら、俺通せって」


「…………」


男が俺を見る。


そして、蓮司を見る。


「分かりました」


男が去っていく。


俺は、その場に座り込んだ。


「……痛え」


蓮司が俺を見る。


「お前」


「はい」


「弱えな」


「それ言われるの、今日二回目なんですけど」


「5人倒したんじゃねえの?」


「俺もそう思ってました」


「何を?」


「俺、強いのかなって」


蓮司が鼻で笑った。


「勘違い」


「ですね」


「お前が倒した奴ら」


「はい」


「雑魚だぞ」


「...早く言ってくださいよ!」


蓮司が笑う。


そして俺へ、手を差し出す。


「立てる?」


「多分」


手を掴み立ちあがる。


身体中が痛い。


「黒川さん」


「何?」


「久世って」


蓮司の顔から、笑みが消える。


「誰です?」


「…………」


少し沈黙。


そして。


「お前が」


蓮司が言う。


「関わっちゃいけねえ奴」


「…………」


「俺より」


少し間を置いて。


「ずっとヤバい」


背筋が寒くなる。


「今日の奴は?」


「龍臣の下っ端」


「…………」


俺は、今日。


その下っ端に、何もできなかった。


「マジかよ……」


蓮司が、俺を見る。


「怖いか?」


「…………」


正直。


「怖いっす」


「なら逃げろ」


「はい」


即答。


蓮司が少し驚く。


「逃げんの?」


「勝てない相手に突っ込むほど馬鹿じゃないです」


「…………」


「今日学びました」


蓮司が笑った。


「お前」


「?」


「やっぱ面白えな」


遠くの方で声がする。


「天野君!」


ミキが先生数人と戻ってきた。


よかった。


「じゃ」


蓮司が、ヘルメットを被る。


「待ってください」


「何だ?」


「助けてくれて」


俺は言う。


「ありがとうございました」


蓮司は、少しだけ振り返る。


「礼はいい」


「?」


「次」


エンジン音。


「俺が間に合うとは限らねえぞ」


走り去る。


俺は、その背中を見ていた。



その夜。


風呂で鏡に映った自分を見る。


「…………」


ひでえ。


頬が腫れてる。


腹に青あざ。


腕に傷。


「あの時より酷くねえか」


いや。


誰に言ってんだ。


湯船に身体を沈める。


「いってぇ……」


天井を見る。


俺は弱い。


今日。


はっきり分かった。


あの時の5人に勝った事。


それだけで、勘違いしてた。


でも。


本当に怖い奴らは、あんなもんじゃない。


久世龍臣。


今日の男より、ずっとヤバい。


「…………」


関わるな。


蓮司は言った。


正しい。


逃げればいい。


俺には関係ない。


妻を探す。


自分の正体を調べる。


普通に高校生活を送る。


それでいい。


「…………」


なのに、嫌な予感がする。


こういう時。


昔から俺の嫌な予感は、よく当たる。


目を閉じて、心臓の鼓動を聞く。


ドクン。


ドクン。


「頼むから」


俺は、自分の心臓へ言った。


「もう面倒事、持ってくんなよ」


当然、返事はない。



同じ夜。


薄暗い部屋。


「で?」


ソファに座る久世龍臣。


目の前に今日、俺を殴った男。


「弱かったです」


「へえ」


「マジで」


「多分、あいつらが弱かっただけです」


久世が笑う。


「じゃあ」


「?」


「つまんなかった?」


男は、少し考えた。


「いや」


「…………」


「変な奴でした」


「何が?」


「怖いって」


「?」


「普通に言うんすよ」


久世の目が、僅かに動く。


「俺が怖いって」


「…………」


「逃げるし」


「…………」


「喧嘩も弱い」


「…………」


「でも」


男が言う。


「女逃がしたあと」


少し間。


「また立ち向かってきた」


久世が笑った。


「へえ」


「あと」


「何?」


「黒川さん来ました」


笑みが消える。


「蓮司?」


「はい」


「何て?」


「天野に手ぇ出すなら」


男が答える。


「俺を通せって」


沈黙。


そして、久世は笑った。


今までで一番、楽しそうに。


「最高じゃん」


立ち上がる。


「天野ハヤテ」


「…………」


「もう少し」


久世が言う。


「遊んでみようか」


窓の外。


夜。


岐阜の街。


その頃、俺はまだ知らなかった。


あの時たった一人の男子を助けるために、飛び出したこと。


そのたった一度の行動がこれから、俺だけじゃない。


ミナミ。


ミキ。


ユキナ。


カレン。


そして。


俺の周りにいる人間すべてを、巨大な渦の中へ。


巻き込んでいくことになるなんて。


そして、俺自身も。


まだ知らなかった。


強いということは、殴り合いに勝つことではない。


怖くなくなることでもない。


怖くても。


痛くても。


それでも。


立たなければならない時がある。


32年間。


俺が分かったつもりになっていた、「強さ」という言葉の意味を。


俺はこれから、17歳の身体で。


もう一度、知ることになる。


――第二章。


暴走族編、開幕。

第11話を最後まで読んでいただき、ありがとうございました!


第二章、暴走族編が始まりました。


今回まず大きく動いたのは、佐藤ミキとの関係です。


「俺は、天野ハヤテじゃない」


そしてついに明かされた、本当の名前。


――橘タクミ。


32歳。


既婚。


2020年9月16日に交通事故で死亡。


普通なら信じられるはずのない話。


それでもミキは、ここまで調べてきた6年前の事故や臓器移植の記録から、その言葉をただ否定することはできませんでした。


そして初めて現れた、


「本当の天野ハヤテは、今どこにいるのか」


という問い。


これは今後、物語の中でさらに大きな意味を持っていきます。


一方――。


今回ハヤテは、初めて「本当に喧嘩慣れした相手」と戦いました。


第1話では不良5人を倒した。


だから少しだけ、自分は強いのかもしれないと思っていた。


しかし現実は違いました。


久世龍臣の下にいる一人の男にさえ、ほとんど何もできない。


怖い。


痛い。


逃げる。


それでも、ミキを逃がすためにもう一度立つ。


ハヤテはまだ弱いです。


ですが、この「自分は弱い」と知ったところから、第二章の成長が始まります。


そして今回、黒川蓮司が初めてハヤテを守る側へ回りました。


『天野に手ぇ出すなら、俺を通せ』


敵なのか。


味方なのか。


まだ分からない蓮司。


そして、その蓮司さえ警戒する男――久世龍臣。


『もう少し、遊んでみようか』


ハヤテはまだ、自分がどれほど危険な世界へ踏み込んでしまったのか知りません。


第二章では暴力的な場面も増えていきますが、単純な強さだけではなく、


「怖くても立つこと」


「逃げることも一つの選択であること」


「守るとは何なのか」


そんなハヤテ自身の成長も描いていきたいと思っています。


次回、第12話。


傷だらけになったハヤテを見たミナミたち。


そして――黒川蓮司が、ハヤテにある提案を持ちかけます。


次話も読んでいただけたら嬉しいです。

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