第71話
「十握剣」が描く白銀の円弧が、比良坂の空間を千々に切り裂いていた。
出雲の闘神、タケミナカタ。彼の振るう刃は、一本の剣でありながら、まるで百の牙が同時に襲いかかるような不可避の連撃。
「……、……ッ!! ぐ、あぁ……ッ!!」
イワレビコは、ヘパイストスから授かった「舶来槍」の厚い装甲を盾代わりにし、辛うじて致命傷を避けていた。だが、ランスはあまりにも重い。神器の理を捨て、純粋な「鋼の質量」で作られたその武器は、重力操作の補助があってもなお、王の体力を秒単位で削り取っていた。
「……どうした、泥の王よ! 防御だけでは、……この出雲の地を『一歩』も進むことはできんぞッ!!」
タケミナカタの剣が、ランスの円錐面を滑り、イワレビコの右肩を掠める。神の重圧を孕んだ刃が、彼の皮膚を「情報の断片」として削り飛ばした。
「……、……。……分かって……いるさ……、……だが……ッ!!」
イワレビコが反撃に転じようとした、その時。
マカツ軍の本陣、ニニギたちが固まる後方から、新たな「死の気配」が爆発した。
「……あらあら、……お兄様が遊んでいる間に、……泥のネズミたちがこんなに集まって」
霧を割り、優雅に、しかし圧倒的な不吉さを纏って現れたのは、長い黒髪を夜の帳のように引き摺る美女――シタテルヒメ。
そしてその隣には、黄金の装飾が施された大弓を構え、若々しくも残忍な笑みを浮かべる男、アメノワカヒコが立っていた。
「……、……ッ! スイゼイ、サクヤ、……下がれッ!!」
ニニギが、ボロボロの盾を構えて前に出る。だが、アメノワカヒコが放った一筋の矢――**【天の羽羽矢】**は、空気そのものを「腐食」させながら、ニニギの盾の表面を掠め、背後の兵士の一人を一瞬で「黒い泥」へと変えた。
「……無駄だよ。……僕の矢は、……君たちの『命の価値』を測る定規なんだ。……泥に塗れた君たちに、……僕の光は耐えられないだろ?」
アメノワカヒコが冷酷に次の矢を番える。
同時に、シタテルヒメが袖から「黒い言霊」を解き放った。
「……さあ、……地の底に沈みなさい。……『黄泉の歌』を聴きながらね」
――神権・【喪の宣告】。
スイゼイの心眼が、戦場全体が「葬儀場」へと塗り替えられていく光景を捉えた。
兵士たちの足元から、無数の死者の腕が這い出し、彼らの魂を強引に引き摺り込もうとする。
「……、……っ! が、は……ッ! ……鈴の音が……、……聞こえない……ッ!!」
スイゼイが血を吐き、膝をつく。
イワナガヒメが双鞭を振るって死者の腕を砕くが、湧き上がる「死」の物量は、彼女の岩の重ささえも飲み込もうとしていた。
「……、……ッ! サクヤ……、……逃げろ……!!」
ニニギの叫びが、タケミナカタの剣戟の音に掻き消される。
前線では王が釘付けにされ、後方では仲間たちが「死の王」と「光の処刑人」に追い詰められる。
出雲。
この地は、神々の遊び場ではなく、生者を拒絶する「巨大な墓標」だった。




