第70話
出雲の都、その入り口である「黄泉比良坂」。
そこには、これまで出会ったどの神よりも巨大で、静かな「殺意」が立っていた。
出雲の闘神、タケミナカタ。
彼は弓を捨て、腰に帯びた巨大な「十握剣」を抜いていた。その刃からは、大地の重圧が物理的な波動となって溢れ出している。
「……、……。……神殺しの王よ。……その折れかけた『枝』で、……私の剣を受けるつもりか」
イワレビコは、右手に握られた【天の沼矛】を見つめた。
度重なる激戦。タヂカラオの剛力を受け、ワタツミの水圧に耐え、アマテラスの熱に焼かれたその神器は、もはや穂先が欠け、柄には無数の亀裂が走っていた。
「……、……ッ! まだだ……、……まだ、動ける……」
イワレビコが踏み出そうとした瞬間、アメノヌボコの柄が「パキッ」と乾いた音を立てて砕け散った。
神の理の限界。神器としての寿命が、この最悪のタイミングで尽きたのだ。
「……はははッ! 終わりだな、泥の王。……その錆びた鉄屑と一緒に、……地の底へ消えるがいい!!」
タケミナカタが剣を振り上げる。大気を断ち割る一撃。
だが、その刃がイワレビコの首を撥ねる直前、背後から無骨な鉄の塊が飛来した。
――ガキィィィィィィィィィィンッ!!!
「……おい、小僧。いつまでそんな『古いおもちゃ』に縋ってやがる」
ヘパイストスだ。彼は煤にまみれた手で、巨大な布包みをイワレビコの前に放り出した。
「神の作った鉄は、神の理を超えられねえ。……だが、俺が海を渡って手に入れた『外の世界』の論理なら……、……その剣も、理も、全部貫き通せるぜ」
布の中から現れたのは、これまでの和弓や矛とは一線を画す、無骨で巨大な**「舶来槍」**だった。
円錐形の厚い装甲に覆われ、先端は一点の狂いもなく鋭利に研ぎ澄まされている。装飾など一切ない。ただ「貫く」ことだけを目的とした、鋼の暴力。
「……、……。……ランス、だと……?」
「……そうだ。アメノヌボコの破片を芯にして、俺が鍛え上げた『最終の牙』だ。……名前なんてねえ。……ただの鉄の塊だ」
イワレビコは、黒銀の左腕でその重厚な柄を掴んだ。
ズシリとした、理不尽なまでの重さ。だが、その重さこそが、今のイワレビコには心地よかった。
「……、……。……いいぜ、……ヘパイストス。……神様の道具は、……もう飽き飽きしてたところだ」
イワレビコが、ランスを水平に構える。
左腕の重力出力がランスの内部に充填され、円錐形の装甲が「ギチ、ギチ」と音を立てて回転し始めた。
「……タケミナカタ。……お前の剣が『不壊』なら……、……俺の槍は『不変の貫通』だ。……どちらが重いか、……試してみようぜ」
イワレビコが、大地を粉砕して突撃した。
神話の時代に終止符を打つ、鉄と肉の咆哮。
出雲戦争、第一章。
神殺しの王は、新たな「牙」を手に、黄泉の門を抉じ開けた。
(第2巻へ続く)




