第69話
タケミナカタの放つ矢の雨が、ピタリと止んだ。
静寂が戻ったわけではない。それは、遠距離からの狙撃から、至近距離での「間引き」へと戦術が切り替わった合図だった。
「……、……。……くるぞ。……影の中に、……無数の『脚』が視える」
スイゼイが震える指で地面を指差した。
崖の亀裂、苔の裏、そして兵士たちの足元の影。そこから、関節を不自然に折り曲げた異形の集団が這い出てきた。
出雲暗殺部隊・土蜘蛛。
彼らは言葉を発せず、ただ粘り気のある毒糸を吐き出しながら、マカツ軍の首筋を狙って壁を駆ける。
「サクヤ、俺の後ろにッ!! ……ぐ、ぁああッ!?」
ニニギが盾を構えるが、土蜘蛛の糸が彼の腕を絡め取り、盾の隙間から猛毒の針が放たれる。防衛線が内側から崩されようとした、その時。
「……、……。……私の前で、……妹に触れるなと言ったはずよ」
イワナガヒメが、静かに前に出た。
彼女は腰に巻いていた二本の黒い鎖を引き抜く。その先には、幾何学的な岩石の節が連なった重厚な武器――双鞭が繋がれていた。
「……、……。……『不変』とは、……ただ耐えることではない。……不純物を、……一粒残らず叩き潰すことよッ!!」
イワナガが双鞭を水平に薙ぎ払った。
――ガォォォォォォォォンッ!!
風を切る音ではない。大気が「圧壊」する重低音が響き、迫り来る土蜘蛛三体を、壁ごと粉砕した。岩の節々が蛇のようにうごめき、回避不能のタイミングで敵の頭蓋を撃ち抜く。
「……、……。……逃がさない。……地の果てまで、……私の重さが追いかけるわ」
土蜘蛛たちが吐き出した粘着糸が、イワナガの身体を雁字搦めにしようとする。だが、彼女の「岩の肌」は糸に絡め取られるどころか、その重圧で糸を逆に引き千切り、土蜘蛛たちを自分の方へ引き寄せた。
「……、……。……この鞭の『一節』は、……千年の風雪の重みよ。……お前たちの細い脚で、……耐えられるかしら?」
イワナガは独楽のように回転し、双鞭を頭上で旋回させる。
――奥義・【万代の鉄槌】。
周囲の空間が、彼女を中心に陥没したかのように歪んだ。
双鞭が描く「黒い輪」に触れた土蜘蛛たちは、悲鳴を上げる暇もなく、肉と殻が混ざり合った「染み」となって岩壁に刻まれていく。
「……、……。……すげえ。……姉貴、……あんた、……そんな隠し持ってたのかよ……」
ニニギが呆然と呟く。
イワナガは返り血を拭うこともせず、ただ冷徹に、次の「影」を睨み据えていた。
「……王よ。……掃除は終わったわ。……あの上にいる『弓兵』、……引きずり下ろしてきなさい」
イワレビコは、左腕の小手を熱く燃え上がらせ、ニヤリと不敵に笑った。
「……、……。……ああ、……恩に着るぜ、……イワナガ」
出雲の守備隊、壊滅。
人間軍は、イワナガという「不沈の暴風」に守られ、ついに比婆の狭間を突破した。




