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神を殺す王 ―神武東征ダークファンタジー―  作者: 水前寺鯉太郎
出雲遠征編

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68/75

第68話

 出雲の深奥へと続く「比婆ひばの狭間」。

 両側を切り立った断崖に囲まれたその道は、陽光を遮るほどに高く、湿った苔の匂いが鼻を突く。イワレビコ率いるマカツ軍は、この天然の回廊を慎重に進んでいた。

「……、……。……静かすぎる。……鳥の鳴き声一つしねえ」

 クマソタケルが鼻を鳴らし、巨大な棍棒を構え直す。

 先頭を行くイワレビコの左腕――「深淵の小手」は、何かに共鳴するように、時折「ドクン」と黒い脈動を刻んでいた。

「……、……。……くるぞ。……耳を塞げッ!!」

 イワレビコが叫ぶよりも早く、断崖の向こうから「音」が世界を置き去りにした。

 ――ドォォォォォォォンッ!!!

 落雷ではない。それは大気を音速で切り裂く、タケミナカタの放つ**「強弓」**だ。

 目視できないほどの速度で飛来した一本の矢は、先頭を歩いていた重装歩兵の盾を紙細工のように貫き、背後の岩盤に深々と突き刺さった。

「な……ッ!? どこからだ! 敵の姿が見えねえッ!!」

 混乱する兵士たち。そこへ、第二、第三の「大釘」が降り注ぐ。

 矢の一本一本が一本の大木のような質量を持ち、直撃すれば神の鎧さえも粉砕する。

「……、……。慌てるな! 敵は『風』を読んでいる。……ならば、こちらは『ことわり』を書き換えるまでだ」

 本陣から、**磐井造いわいのまつりごと**が静かに前に出た。

 彼は懐から数多の算木さんぎを取り出し、地面にばら撒くと、その配置を瞬時に読み解く。

「……ニニギ殿、左翼三歩。イワナガヒメ殿、その背後を固めよ。……**木花咲耶サクヤ**殿は、兵たちの視神経に『花の加護』を。……一瞬でいい、風の揺らぎを可視化しろッ!!」

 磐井の指揮により、即座に「鉄壁の陣」が組まれた。

 イワナガヒメが隆起させた岩壁を、ニニギの盾が補強し、そこへサクヤの放つ桃色の花弁が霧のように舞う。

 

 花弁が空中で不自然に「弾ける」場所――。

 そこが、不可視の矢の軌道だ。

「……視えたぜ。……磐井の旦那、……最高の的当て(マトあて)だッ!!」

 ニニギが、花弁が弾ける瞬間を狙って盾を突き出した。

 

 ――ガキィィィィィィィィィィンッ!!!

 激突。

 タケミナカタの放った剛矢が、ニニギの盾に弾き返され、火花を散らして崖下に落ちる。

「……、……。……ヘパイストス。……この小手で、……奴の『弦』を掴めるか?」

「……、……。……無茶を言うな小僧。だが、……『空間の歪み』を掴むなら、その腕が一番だ」

 ヘパイストスが、イワレビコの左肩にあるエネルギーの調整弁を強引に抉じ開けた。

 

 イワレビコは、黒銀の左腕を天へと掲げ、掌を大きく広げる。

 

「……タケミナカタ。……姿を隠して撃つのがお前の『武』なら……、……その風、まるごと俺のふちに沈めてやる」

 ――深淵出力・指向性吸引・【風断ち(かぜだち)】。

 イワレビコの左腕が、周囲の空気を猛烈な勢いで吸い込み始めた。

 飛来する矢の軌道が、重力の渦によって強引に曲げられ、王の掌の中へと一本残らず収束していく。

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