第66話
巨大化したスクナビコナの大ハンマーが、空気を圧縮しながらニニギの盾へと振り下ろされる。
ニニギは歯を食いしばり、盾を斜めに突いて衝撃を逸らそうとするが、膨張した神の質量は理不尽そのものだ。
「……死ねよ、泥の王の家来! ……君たちの『重さ』なんて、僕の槌一振りで……粉々だッ!!」
衝突の瞬間。だが、衝撃波が弾けるよりも早く、霧の向こうから「槌を打つ音」が響き渡った。
――カァァァァァァァァァンッ!!
戦場の喧騒を切り裂く、高く、澄んだ、不滅の響き。
陽炎と霧を割り、煤に汚れた巨躯が姿を現した。天界を捨て、泥に降りた鍛冶神、ヘパイストスだ。彼の背負った袋からは、かつてイワレビコがアマテラスを穿った際に砕け散った【天の沼矛】の欠片が、星屑のような黒い光を放っている。
「……おい、小僧。腕一本失くしたくらいで、情けないツラしてんじゃねえぞ」
「……、……。……ヘパイストス……。……生きて……いたのか……」
「死ぬわけねえだろ。俺は職人だ。……お前のために、最高の『仕事』を仕上げてきたぜ」
ヘパイストスが、袋の中から一本の**「黒銀の小手」**を取り出し、イワレビコの失われた左肩へと放り投げた。
それはただの防具ではない。アメノヌボコの破片を、ヘパイストスの神火で強引に繋ぎ合わせ、世界の「深淵」を一点に閉じ込めた、禁忌の武装。
小手がイワレビコの肩に触れた瞬間、神経が、血管が、そして「海の血」が、異物である神器と強引に結合した。
「……、……ッ!! あ、ああああああああああああッ!!!」
絶叫。
イワレビコの全身から、真っ黒な重力波が噴き出した。小手は彼の肉を喰らい、骨に食い込み、失われた腕の形を「黒い虚無の力」で補完していく。
「……、……。……これが……、……アメノヌボコの……重さか……」
スクナビコナの大ハンマーが、ついにイワレビコの頭上へと到達した。
だが、イワレビコはそれを避けない。新しく手に入れた「黒銀の左腕」を、ただ垂直に突き出した。
――ガキィィィィィィィィィィッ!!!
数千トンの質量を誇るスクナビコナの一撃が、イワレビコの掌一つで、完全に「静止」した。
足元の泥濘が、重圧の逃げ場を失って半径百メートルにわたり一瞬で結晶化し、クレーターを作る。
「な、……!? 僕のハンマーを、……素手で……!? 馬鹿な、そんな計算……っ!!」
「……、……。……オモイカネにも伝えておけ。……俺の腕は、……もう……、……お前たちの物差しじゃ……測れねえぞ」
イワレビコの左腕――【深淵の小手】から、吸い込まれるような黒い霧が漏れ出す。
スクナビコナの大ハンマーが、小手に触れている部分から「ミシミシ」と音を立て、逆に押し潰され始めた。




