第65話
影が、最速の軌道を描いた。
先鋒ツチグモの黒曜石の斧が、しめ縄の上に座る小さな神、スクナビコナの首を正確に刈り取ろうとしたその瞬間。
「……、……。……甘いよ。……『小さい』のが、僕の全力だと思った?」
スクナビコナが、懐から古びた、しかし不気味な脈動を繰り返す木槌――**【打出の小槌】**を取り出した。
彼がその槌で自らの膝を叩いた瞬間、周囲の空間が「ミシミシ」と悲鳴を上げ、視界が歪んだ。
――神権・【質量の叛乱】。
爆発的な膨張。
子供ほどのサイズだったスクナビコナの肉体が、一瞬にして屈強な戦士の体躯へと膨れ上がった。それだけではない。彼の手中にあった小さな槌もまた、巨大な岩塊を繋ぎ合わせたような**「大ハンマー」**へと変貌していた。
――ガキィィィィィィィィィィンッ!!!
ツチグモの斧が、大ハンマーの鋼鉄の面に弾き返された。
火花が霧を焼き、衝撃波で周囲の泥濘が円形に吹き飛ぶ。
「……な、……ッ!? 質量が、……数千倍に……!?」
影へと逃れようとするツチグモを、巨大化したスクナビコナの瞳が逃さない。
「……逃がさないよ。……大きくなった分、……僕の『悪意』も……重くなってるんだからッ!!」
スクナビコナが巨大なハンマーを片手で振り回し、薙ぎ払う。
大気を圧縮する一撃。ツチグモは咄嗟に斧で受け止めるが、その圧力に耐えきれず、大木の幹へと叩きつけられた。
「……、……っ! が、は……ッ!!」
マカツ軍に戦慄が走る。
幻術を操る狡猾な小人だと思っていた敵が、今やタヂカラオにも劣らぬ「物理の化身」として立ち塞がっているのだ。
「……、……。……スクナビコナ……、……。……お前は、……『定義』を……弄んでいるのか……」
幻術の深淵、重力の檻の中でもがくイワレビコが、低く呻いた。
彼の視界はいまだ歪み、天地が逆転している。だが、失われた左腕の「断面」が、かつてないほど激しくズキズキと疼いていた。
幻肢痛。
存在しない腕が、実在する熱を感じている。
「……、……。……そうか。……お前が……空間を広げているなら……、……俺は……」
イワレビコは、あえて「右目」を閉じた。
正常な視界を捨て、左腕の「失われた神経」が叫ぶ、空間の歪み(ノイズ)だけを逆探知する。
見えた。
膨張したスクナビコナの足元。空間が最も引き伸ばされ、脆弱になっている「繋ぎ目」が。
「……ニニギッ!! 左三歩、……盾を斜めに突けッ!! ……そこが、……このデカブツの……『影』だッ!!」
「……殿ッ!? ……分かった、……やってやるぜッ!!」
ニニギが、サクヤを守りながら地を蹴った。
巨大化したスクナビコナの足元へ、不動の盾を楔のように叩き込む。




