表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神を殺す王 ―神武東征ダークファンタジー―  作者: 水前寺鯉太郎
出雲遠征編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

64/74

第64話

因幡の白兎いなばのしろうさぎが案内する道は、道ではなかった。植物が互いに絡み合い、地面は黒く粘り気のある泥濘ぬかるみと化して、一歩進むたびに兵士たちの体力を吸い取っていく。

「……、……。……嫌な空気だ。……湿気が、……肌にまとわりついて離れねえ」

 ニニギが、サクヤを守りながら眉をひそめる。彼の大楯も、出雲の湿った空気に触れて僅かに錆び始めていた。

「……殿。……霧が、……出てきました。……ただの霧ではありません。……何かが、……混じっている」

 先鋒のツチグモが、影の中から声を潜めて警告した。

 突如として、周囲を濃紺の霧が包み込んだ。その霧には、甘く、しかし臓物を腐らせるような不気味な香りが混じっていた。

「……、……。……はははッ! なんだぁ、この霧は! ……面白れえじゃねえかッ!!」

 クマソタケルが棍棒を振り回すが、霧は晴れるどころか、さらに濃くなっていく。

 次の瞬間、悲鳴が上がった。

「うわああああッ!! て、敵だッ!! 横から、……神兵が襲ってきたぞッ!!」

「馬鹿野郎ッ!! そっちは磐井の部隊だッ!! 貴様、……何を視ているッ!!」

 マカツ軍の中で、同士討ちが始まった。

 霧を吸い込んだ兵士たちの瞳が、どす黒く濁っている。彼らの視界には、隣にいる戦友が、かつて自分たちを蹂躙した高天原の神兵や、飢えた妖怪に見えているのだ。

「……、……ッ! スイゼイ、……幻術を解けッ!!」

「……無駄だ、イワレビコ。……これは術ではない。……この土地そのものが放つ、……『瘴気しょうき』だ。……俺の鈴では、……払い切れん……ッ!!」

 スイゼイが血の混じった唾を吐き捨てる。彼女の心眼も、この濃密な悪意の前では曇り始めていた。

「……、……。……あーあ、……せっかくの綺麗な空気が、……泥の匂いで台無しだね」

 霧の中から、鈴を転がすような、しかし背筋が凍るほど冷徹な声が響いた。

 

 ――ガサッ。

 イワレビコの目の前、一本の巨大なしめ縄の上に、その男は座っていた。

 身の丈は、人間の子供ほどもない。だが、その背中には、毒々しい極彩色の羽が生え、その瞳は全ての生命を嘲笑うかのように歪んでいた。

 出雲の国津神、スクナビコナ。

 

「……君が、高天原の神を殺したっていう『神殺しの王』? ……ふーん、……もっと、……骨のある奴かと思ってたけど」

 スクナビコナが、小さな掌から一振りの粉末を撒き散らした。

 

 ――神権・【掌中の迷宮ミクロ・ラビリンス】。

 イワレビコの視界が、一瞬で歪んだ。

 周囲の木々が巨大な壁となり、地面が天井となり、重力の方向がバラバラに引き裂かれる。彼自身が、巨大な掌の上に置かれた「蟻」になったような、圧倒的な無力感。

「……、……ッ! が、は……ッ!!」

 重力が、イワレビコの肉体を内側から押し潰す。

 黄金の瞳が光を失い、彼は幻覚の中で、自らの肉体が泥へと還っていく恐怖に襲われた。

「殿ッ!! しっかりしろッ!! ……ちくしょう、……俺の盾じゃ、……この霧は防げねえッ!!」

「……、……。……白兎、……スクナビコナの本体は……どこだ……」

 ニニギの後方で、スイゼイが白兎に問いかけた。

「……、……。……上だ。……あのしめ縄の上、……一番小さな、……影の中だ……!」

 白兎が、震える声で指し示した。

 視力を失ったスイゼイが、鈴を鳴らし、スクナビコナの「生命の拍動」を捉えた。

「……ツチグモッ!! 中央、しめ縄の影ッ!! ……殺せッ!!」

「……、……。……承知」

 ツチグモが、影から影へと転移し、スクナビコナの死角へと迫った。黒曜石の斧が、小さな神の喉笛を、音もなく切り裂こうとした――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ